6 嵐の前触れ
学校につくと、ゆかりにじっと見つめられた。
「ね、真紗。こないだのカレ、紹介してくれるって言ってたよね」
そういえばそんな事言ったような気がする。
オススメ出来ないって忠告も同時にしたような気がする。
「誘ってほしいの」
「え?」
「新浜にテーマパークあるじゃない。そこに誘ってほしいの」
本気のようだ。デートのお誘いだ。って!
「いきなりデートする気なの?」
「ちがうわ、真紗、香奈。4人で行きましょう」
え?私も行くの?と香奈が微妙な表情をしている。
「えーと、まずは喫茶店辺りで紹介して、それから2人でって流れが普通じゃない?」
「喫茶店でお話しするより、遊びに行った方が仲良くなれそうじゃない?最初は4人の方が警戒されなさそうだし、人数多い方が楽しいじゃない」
確かにまあ、そうかも…
いつもの瑞希だと、即、お断りしちゃいそうだし。仲良く楽しんで好感度上げてからアタックってのは、いいかも知れない。
「分かった、誘ってみる」
「ありがと~、真紗!」
大喜びのゆかりにぎゅーされる。
胸が大きいので感触がすごい。
香奈がしょうがないなぁって顔をしている。
「ねぇ、放課後、みんなで駅前のモールに行かない?」
ウキウキ気分のゆかりに誘われる。
「お出かけに備えて、お買い物しましょ~」
まだ、OK貰ってないんだけどな。
苦笑しつつ、ゆかりの笑顔になんだか嬉しくなって、ぶらぶら寄り道して帰ることになるのだった。
◆ ◇ ◇ ◇
駅前のモールには沢山のショップが並んでいる。
同じ高校の生徒の姿がちらほら見える。金曜のせいか、普段よりも人が多い。週末に向けた開放感を感じているのかもしれない。
ファーストフード店でお喋りした後、服屋やアクセサリーショップを見て回る。
水着フェアをしているブースを見つけた。間もなく、暑い季節がやってくる。
本屋を覗いた後、化粧品コーナーへと足を踏み入れた。
私には縁のない場所だ。
している子の方が多いらしいのだが、学校では禁止されているので、自分が少数派である実感は薄い。
「ここのサマーキット欲しかったのよねー」
ゆかりが可愛いポーチを手にしている。どうやら、ポーチの中にメイク道具が色々入っていて、セットで売られているらしい。
パレットの色を見比べ、しばらく考え込んでいる。グリーン系かブラウン系かで悩んでいるようだ。
「付けてみますか?」
店員さんが声をかけてきた。平日の昼間は客が少ないようで、私達しかこのブースにはいない。
「お願いします」
ゆかりがウキウキした様子で椅子に座る。
「お時間ありますか?」
テノールの甘い声で店員さんがゆかりに尋ねる。男性だ。珍しいな…
よく見ると、二十代半ばくらいのイケメンさんだ。漆黒の髪に甘い目元、大人のたっぷりとした余裕と色気を感じる。ゆかりの目がハートになっている。
「ありますあります、この後喫茶店にだって行けちゃうくらい時間たっぷりあります!」
ゆかりの勢いにあははと笑い、じゃあフルメイクしてみますね、と言い、濡れたコットンでゆかりの顔を拭きだした。
私は、ちょっとワクワクしながらその様子を後ろで眺めていた。
溜め息がでた。
いつもと、逆の意味で。
次から次へと現れる可愛いパレット。
凝ったデザインの小さな小瓶。
大きなブラシで撫でられる度にゆかりの肌が輝くように見えて。
私はその様子にすっかり見とれてしまっていた。
魔法みたいで。
いつの間にか香奈も隣で一緒に見ていた。
「すごいね」
仕上がったゆかりはいつもよりずっと、大人っぽくて、綺麗に見えた。
グリーンの目元が涼しげで、とてもよく似合っている。
「真紗もやって貰ったら~」
ゆかりは上機嫌でやってきた。パレットの色はグリーンに決めたようだ。
「ちょっと気になるけど…私に似合うかなあ」
なんだか気後れする。確かにゆかりは綺麗になったけれど、元々大人っぽい顔立ちをしている。
ちらりと隣の香奈を見ると、私と同じ様子で固まっている。
興味はあるものの、別世界感がして、一歩踏み出す勇気が出ない。
「どうしますか?」
店員さんがにっこりと笑いかける。イケメンに笑顔を向けられると余計に固まってしまう。
「まだ高校生だし、お化粧しなくても可愛いですけどね、するともっと可愛くなれると思いますよ」
お上手な事を言って、私達に小さな包みを渡してくれた。
「これ、リップの試供品です。どうぞ」
可愛い包みをそっとスカートのポケットに入れた。
なんだかドキドキする。
私も可愛くなれるんだろうか。
瑞希の隣で笑えるくらい、綺麗になれるんだろうか。
さっきの光景が、私の脳裏に焼き付いて離れなかった。
◇ ◆ ◇ ◇
家に帰るともう薄暗くなっていた。部屋の向かい側からは明かりが見える。
屋根を渡り、瑞希の部屋の窓をノックする。
「真紗?」
窓が開いて瑞希が顔を出す。ノックしただけなのに私だと分かったようだ。
単刀直入に要件を切り出す。
「あのさあ、瑞希。遊園地行かない?」
瑞希が遊園地ではしゃいでいる姿は想像できない。美術館とかの方が似合いそうだ。
でもごめん、4人で美術館とか、正直盛り上がらないと思うんだ。
「え、遊園地?」
驚いた顔をする瑞希。やっぱりあんまり好きじゃないかな?
目を逸らして何やら考え込んでいる。
「んー、やっぱり嫌だった?」
どうしようかな。やっぱりスタンダードに喫茶店で顔合わせとかの方が無難だったかな?
「嫌じゃないっ」
慌ててこちらを向いて返事をする瑞希。
お、いけそう?
「行くよ」
無事おっけーが貰えたようです。褒めて、ゆかり!
「一応、ちゃんとテスト終わってからにするからね、安心して。いつまで?」
「木曜まで、来週の火曜から木曜まで」
「うちと一緒だね。んじゃ来週の日曜、9時に駅前で待ち合わせだからね!」
……
なんだか一瞬、間が開く。
なんかヘンなこと言ったかな?言ってないはず…
「待ち合わせとかしたいの?」
「? そりゃ、しないとダメなんじゃない?」
暫く微妙な空気が漂っていたものの、すぐに瑞希は微笑み出した。
「オーケー。来週日曜、9時だね」
ふわりとした瑞希の笑顔は、まるで、綿菓子のように柔らかだった。