4 瑞希の憂鬱、真琴の苛立ち
瑞希視点と真琴視点。
昔はいつもそばにいたのに。
毎日毎日、一緒に遊んで、一緒に笑って。
なのに、なぜ、突然真紗は離れていったのだろう。
あれは確か中学1年生の頃。登校時、いつもの時間に家を出てこなくなった。
一緒に行こうよ、と声をかけてみたけれど、一人で行きたいと言われた。
下校時も、一緒に帰ろうとしたら、逃げられた。
休み時間もいつも、なぜか教室から出てどこかで過ごしている。どこにいるかは全く分からなかった。探してみたけれど見つからなかった。
2年になり、クラスが別々になってからはもうずっと、真紗の隣には女友達がいた。
オレの居場所なんてどこにもなかった。
嫌われたのかと思ったけれど、思い当たることは何もなかった。
真紗が離れていったのと反比例して、他の女の子達がやたら寄ってくるようになった。
羨ましがられたけれど、全然嬉しくない。
高校が別になった時も、さして悲しそうな顔はせず、むしろホッとしたような表情をされた。
意味が分からない。
たまに勉強を教わりにやってくるので、嫌われてる訳ではなさそうだけれど、外では本当にそっけない。真紗の登校に合わせて駅まで一緒に行ってみたりするけれど、途中から段々気のない会話になっていくし、友達を見つけると逃げるように離れて行ってしまう。
同じ幼馴染でも、真琴は元々それほど一緒にいなかったけれど、真紗はいつも一緒だっただけに、余計に寂しく感じられる。
真紗はそうは思わないのだろうか―――
『いいなぁ、瑞希は』
真紗の呟きが耳に残る。昔の事を思い浮かべる。
小3の時、自分が父の弟夫婦に育てて貰っているという事を、叔父さんから直に聞いた。
薄々感づいていたことだったけれど、改めて聞かされるとやはりショックだった。急にこんな話をしだした理由に心当たりはあった。叔母と喧嘩した直後だったから。
その時は普段より派手な言い合いをしていた。叔母にやり込められて終わり、行き場のない怒りを思わずオレにぶつけてしまったのだろう。
後悔の色が、言い終えた後の瞳に滲み出ていた。
2人の仲はいつも悪かった。小さい頃から、目の前で言い合うことなんてザラだった。今思えば喧嘩の原因の半分はオレだったのだろうと思う。
叔母はオレをまともに見ようとしなかった。
『いいなぁ、瑞希は』
なにもいいことないよ、オレは。
家の中は冷え切っているし、本当に傍にいて欲しい人は離れていく。
不安で一杯だったあの小さな頃から、真紗と居た時が、一番、オレにとって安心できる大切な時間だったのに。
――ずっとそのままでいたかったのに。
だけどきっと真紗にとっては、そこまで大切では、無かったのだろう。
真紗の為に何かできたら、そしてそれで喜んでくれたら――その思いは途中から、叔父にも向けられることになるのだけれど。
勉強が出来たら、スポーツが出来たら、料理が出来たら、少しは喜んでもらえるかな、なんて、なんでも頑張ってみた。
今思えばなんて自分は子どもだったのだろう。
叔父はきっと、オレが何も出来なくても変わらない。
ううん、きっと今でもまだまだ子どもなのだろう。
変わらないと頭では解っているのだけれど、それでもガッカリさせたくなくて、頑張る事が止められないでいる――――
◆ ◇ ◇ ◇
真琴は腹を立てていた。
夕日は、真琴の心情を代弁するかのように赤く辺りを照らしている。
「なに、今の」
真紗に嫌な目線を送っていた、ツインテールの女の隣にいた黒髪ロングの子。昨日の子だ。
相変わらずだなと真琴は舌打ちをする。瑞希が、本当に頼りなくてイライラする。
中学の時、真紗が瑞希ファンの女の子達に絡まれていた事に、真琴はすぐに気が付いた。起きるべくして起きたからだ。
思えば子どもの頃から瑞希は真紗にべったりだった。
双子の私より、一緒に居たんじゃないかと思う。
なんだか邪魔するのが悪いような気がする半分、興味の方向性が違うのが半分なかんじで、たまにしか一緒には遊ばなかった。
幼い頃から瑞希は綺麗な顔をしていた。
小学4年の頃から、勉強も体育も得意な瑞希を見て、これはヤバいと思った。瑞希は女子の注目を浴びていた。
5年になり、瑞希と同じクラスになった。丁度いいと思った。
真紗は隣のクラスだ。残念がる瑞希をよそに、逆でなくて良かったと安心した。
登下校時はなるべく真紗と一緒にいるようにした。
休憩時間に瑞希が隣のクラスに行く回数を減らしてみた。
行くときのうち何度かは、自分もついて行った。
結構上手くやったと思っている。
真紗が、瑞希の隣に居たことが余り目立ってはいなかったようだ。あの頃は真紗に睨み付ける女の子なんて居なかった。
中学になって、逆なことが起きてしまった。
自分は別のクラスで、あの二人が同じクラスになった。
どうしようか、暫く考えたのだけど、もう放っておく事にした。
自分も運動部に入りたかったし、そうなると登下校に付き合うのも物理的に無理になる。
付き合い出して、交際宣言でもすれば、流石に周りも大人しくするでしょう、なんて楽観的な思いもあった。
しかし、2人は今までの立ち位置のままて、ずっと一緒に居続けた。
もうどうしようもない。
事が起きだして、やっと真紗は気付いたようで、瑞希と距離を取り出した。
瑞希は相変わらず何も分かっていない。
イライラして、瑞希と別れた2人の前に思わず立ちふさがった。
「私も、瑞希の幼なじみなんだけどな」
この上なく冷ややかに2人を見つめてやった。