24 光の中へ
私は何時になく高揚していた。
「何言ってんの? 真紗。その格好で走るの?」
瑞希が慌てて近寄ってくる。
「おま、足サンダルだろ! そんなんじゃ走れねーぞ」
新くんの言うとおりだ。私は無造作にサンダルを脱いだ。
「裸足で走ればだいじょーぶだよ!」
みちるさんが無表情で私を見る。
「やる気なの…? 私、速いわよ」
「知ってるよ…見てたよ」
「まあ私は別にいいけど。絶対に勝てるから」
みちるさんの自信は正解だ。
私はみちるさんよりずっと足が遅い。
でも、ここで走らない方が負けるような気がして。
私は負けたくない。
ゴールには新くんがいる。
瑞希は呆れた様子で佇んでいる。
仕方がないので私は自分でスタートを切る。
「行くよっ! 位置について、…よーい」
「ドン!!」
こんなに真剣に走ったのはいつの頃だっただろう。
普段、走る機会が無いせいか、足がもつれそうだ。
みちるさんが目の前を走る。
太陽の光を浴びて輝く背中。なんて素敵な背中。
あの後ろ姿に、少しでも追いつきたい。追い越したい―――
気持ちはみちるさんよりずっと、前にいたのだけれど。
どうやら足が全く追いついていなかったようで。
「きゃっ!!」
半分まで走った所で、体が宙を舞った。ふわりと浮いて、そのまま地面へと叩きつけられる。
「真紗!」
瑞希が駆け寄ってくる。
衝撃が落ち着きゴールの方に目を遣ると、みちるさんが既にそこに立っていた。
やっぱり私は勝てなかった…。
軽く息を吐く。
ううん、まだ負けたくない。
ここで下を向いていては本当に私は負けだ。
軽く息を吸う。
空を見上げるように、ごろんとその場で仰向けに寝転がる。
背中に感じる温もりが、まだまだ私にパワーを与えてくれるようだ。
黄色のワンピースはすっかり土色に汚れて。
髪もくしゃくしゃ、足も砂まみれ、なんてひどい私。
でも不思議と嫌いじゃない。
「真紗、大丈夫?」
瑞希が私の傍へとやってきた。
「私…負けたくなくて…」
青空を見つめる。
みちるさんに勝ちたかった。
瑞希にも勝ちたかった。
何一つ敵う所のない自分が嫌だった。
自信が欲しくて。
瑞希の隣に居るだけの自信が欲しくて。
新くんの姿を見て、私も何か頑張りたかった。
下を向いて俯いている自分はもう、嫌だった。
私は――――――――
なにもしないままで終わりたくなくて―――――
『上を向いていてね、にっこり笑いながらよ』
涼香さんの言葉が駆け巡る。
私はもう、下を向かない。
見上げたままの私に瑞希の顔が映る。
私は目を逸らさない。
「私、自信持って言いたくて…」
今の私に出来る精一杯。
今の私に出来る、満点の笑顔で――――
「私………瑞希が大好きって、言いたくて…!」
ふわりと花が舞うように瑞希が微笑んだ。
私も、今度は柔らかい笑顔になっていった。
やっと答えが見つかったの。
「ごめんね、こんなに遅くなって」
◆ ◇ ◇ ◇
「さ、次は新くんの番だよ!」
上半身を起こして、きっと新くんの方を見る。
いつの間にか隣にはみちるさんがいた。
「先…越されちまったな」
照れくさそうに、鼻先を指でいじっている。
「…もう、しょうがねーなっ。真紗にまで負けたぜ」
みちるさんはキョトンとしている。
新くんがみちるさんの方を向いた。
「みちる、好きだ」
「へっ?」
突然の告白に驚いたのか、みちるさんが顔を真っ赤にして、へなへなとしゃがみ込んだ。
「なにがどうなっているのか、さっぱりわからないわ…」
両手をその可愛い頬に当てている。
新くんも照れた様子で、みちるさんを見つめている。
「みちるは…俺の事、嫌いか? ずっとひどい態度だったしな、悪かったよ」
相変わらずみちるさんは呆然としたままだ。
「こっ…答えがすぐ出る訳無いじゃないよ! 追いつかないわよ! ちょっとは待ちなさいよ!」
赤い顔をしてむくれだしたみちるさんを見て、新くんがやっと笑顔をみせた。
「真紗」
瑞希の声が耳元で聞こえた。
「みず…」
振り返ると同時に言葉が途切れた。
そっと目を閉じる。
ふんわりと漂ってくる心地よい匂い。
温かい光にくるまれたような感覚がしてきて、なんだか、急に肩の力が抜けた。
――はっ。
ほっとしたらなんだか冷静になってしまって…
周りを見渡せば…いつの間にか、沢山の人が見てるし…!!
いやこれ…さっきからわりと私達、見世物状態?
「倉瀬君、彼女居たの――?」
「華岡さんの隣にいるあの男誰だよっ」
「なんか愛の告白してたぞ――」
「誰よあの子」
改めて真っ赤になる私だけど、ぐっと唇を噛み締める
大丈夫、負けない。私はもう負けない。
堂々と、瑞希の傍にいてやるんだ。
瑞希の隣で微笑む綺麗な少女はもう消えたわ。
◇ ◆ ◇ ◇
「瑞希、あれから学校で、大丈夫?」
あの日から数日が経った。
沢山の人達から注目を浴びてしまって。
私は違う学校なので、そこまで被害はないのだけれど、瑞希は全校生徒にあの場面を見られちゃった訳で…
「ああ、あれから言い寄られる事がなくなって、快適だよ」
瑞希は相変わらずふんわりとした笑顔を私に向けてくれる。
気にしている様子はなさそうだ。
「華岡さんも似たような事言ってたな」
あの日から、みちるさんと新くんは急速に距離が近づいているようだ。返事はまだ保留のようだが、夏休みに一緒に出掛ける予定があるらしい。
私もなんだか嬉しくなってくる。
「ねえ、もうすぐ期末テストがあるでしょ」
駅へ向かう足取りは軽やかだ。
「勉強、教えて貰えないかな?」
瑞希を見上げてお願いをする。にこやかに笑って、いいよ、と声が返ってくる。
「もう一つ、お願いがあるんだけど」
「何?」
瑞希の目を見て私は言う。瑞希も私の目を見て話す。
「テスト終わっても、勉強、教えて欲しいなって」
「ん? いいけど、どうしたの? 珍しくやる気だね」
きつい日差しが私の目を襲う。眩しくて少し瞼を閉じる。
「将来の事、ちょっと真面目に考えようかなと思って」
以前、瑞希とした将来の夢の話を思い出す。まだ、あの時と同じく特別なりたいものは見つかっていない。
でも――――
「これから先、なりたいものが出てきても、諦めずに済むように――取り敢えず今は、勉強、頑張っておこうかなと思って」
細めた目を再び開けた。
何もしないで俯いている自分は嫌いだから。
隣に居たいから。
自分に自信を持って、瑞希の傍に笑顔で居続けたいから―――
「今出来る事、少しでも、頑張っていたいなって」
瑞希の手を握る。
温かな手は私の手をしっかりと握り返してくれる。
にっこりと笑いながら。
眩みそうになる太陽の光に向かい、私達は歩き続けた。
完結です。
ここまでお付き合い頂き、ありがとうございました!
拙い内容ですが、これが今の私の精一杯。
楽しんで最後まで書ききれたので、自分にしては上出来だと思う事にします。
あと、「幼なじみと素敵な番外編」にて、2人の中学時代とか、ハッピーエンドその後などを書いてます。
よろしければ覗いてやって下さい。
では!




