23 疾走
もうすぐ午前の部が終わる。
最後の種目はクラス対抗選抜リレーだ。
瑞希とみちるさんが走る。
出場選手たちがトラックへと集合している。
じっとその様子を見つめていると、不意にみちるさんと目があった。
私に挑戦的な視線を向けたかと思うと、すぐにぷいと顔を背ける。
「みちるさん…私に気づいてる」
瑞希に聞いたのかな? 新くんと来ているって事。
「その服の色、結構目立つからな」
みちるさんの視線と入れ替わりに、今度は瑞希の視線を受け取る。
軽く手を振りながら、いつものふんわりした笑顔を見せてくれると期待していたら、違った。
口元を一文字に引き、真剣な目をしたまま、笑わない。
「2人とも…気合入ってるのかな?」
「かねえ?」
グラウンドの中にピリリとした緊張感が張り詰める。
第一走者がスタートを切った。
観客席から歓声が沸き起こる。
「次…みちるさんだよ」
新くんは無言で顔をあげる。
綺麗な姿勢でバトンを受け取る。
艶やかな黒髪が激しく舞う。可憐な見た目にそぐわない力強さで疾走して行く。
この子も――瑞希と同じだな、と思った。
可愛いだけではない子。
頭もいいし、運動神経もいいし、きっと何でも出来るのだろうと思わせられる。
「相変わらずやべえなみちるは…眩しすぎて」
そう呟きながら、でも真っ直ぐにみちるさんを見つめる新くんの瞳に迷いはなかった。
◆ ◇ ◇ ◇
「次…あいつだぜ」
今度は私が顔をあげる。
久し振りに見た瑞希の走る姿は、相変わらずとても素敵で、輝いていて。
思わず目を逸らしたくなったけれど。
新くんに負けてはいけないような気がして、私も真っ直ぐに見つめ続けていた。
「はー、あんなやつがライバルかぁ」
苦笑する新くんの側で、私も同じく苦笑をする。
「ねー、あんな子がライバルなんだよねえ」
リレーが終わり、昼休憩の時間になった。
皆が散り散りになる。
学生は教室で昼食のようで、瑞希とみちるさんも立ちあがり、移動をしかけていた。
「勝てっかな、て、やるしかないか」
新くんが小さく呟く。
息を軽く吸い込み、大きな声をあげた。
「おいっ、みずきぃ!ちょっと来いよ!!」
新くん―――――?
校舎へ向かおうとしていた瑞希とみちるさんが立ち止まる。
「何――――?」
「俺と、勝負しようぜ」
訝しげな顔をする瑞希と、不敵に笑う新くん。お互いの瞳が交差する。
新くんの足が瑞希の方へと向かった。
「何言ってるの? 新」
みちるさんが不安そうな顔をしている。
瑞希も新くんの側へ向かった。
2人が、目線を合わせたまま、正面に向かいあう。
みちるさんが、瑞希と新くんの2人を少し遠巻きに眺めるように、私の側へとやってきた。
「俺と、走ろーぜ、瑞希。俺が勝ったら……もうあいつに近づくなよ」
しなやかに腕を上げ、新くんが私の隣にいるみちるさんを指さす。
瑞希が目を見開いている。
みちるさんが益々不安そうな表情をする。
新くんの瞳に迷いはない。
「いいよ、やろうか」
瑞希が厳かに答えた。
「その代わりオレが勝ったら―――お前の方こそ、近づくなよ」
「………上等だ」
新くんが唇を噛みしめる。
なんだか私の方がドキドキしてきた。
「どうしてこんなことをするの? 新が…」
青い顔をして、ぼそぼそとみちるさんが呟いている。
「どうして新が…真紗さんを……」
2人がトラックに立つ。
私がスタート地点で合図を送る。みちるさんがゴールに立つ。
私にはもう分かっていた。
新くんはきっと、瑞希に勝ってみちるさんに告白する気なんだ。
頑張って…。
瑞希は速い。新くんは勝てないかもしれない。でもどうか…上手くいって下さい…。
私に…勇気をください…
震える思いでちらりと瑞希の方を見ると。
今まで見た事の無いような真剣な顔をしていた。
思わずどきりとして視線を逸らす。
「それじゃ行くよ…位置について、よーい……」
「ドン!!」
掛け声と共に、2人が勢い良く駆け抜けて行く。
新くんは私が想像していたよりもずっと速かった。瑞希の方が遥かに上だと予想していたのだけれど、意外に僅差で後ろ姿だけではどちらが速いかまるで分からない。
新くんは、瑞希に勝ってしまうかも知れない。
そんな言葉がふと浮かび上がり、私は自分自身に驚く。
新くんに勝って、みちるさんと上手く行って欲しいと私は願っていた筈なのに。私は…。
新くんが勝つ姿を見て、私も勇気が貰えたらと思っていた筈なのに、それなのに私は…。
スタートを前にした真剣な眼差しの瑞希の姿が頭から離れない。
あの顔を曇らせたくないと思ってしまっている。
目を見開いて2人の走る姿を見つめる。
祈るように願いを込めて。
ほぼ同時に、2人がみちるさんの側を走り抜けた。
「………」
みちるさんが変な顔をしている。
「………先輩の勝ちだわ」
息を切らして座り込み、両手を地面につけ、新くんは空を仰ぐ。
「ふ―――負けちまったかあ」
新くんは、意外とさっぱりした表情をして、でもどこか悲しそうな目をしていた。
心の底から応援してあげられなかった私は、それを見てとても申し訳ない気持ちになる。
「俺もう、みちるに近づけなくなっちゃったな」
新くんが瑞希を見上げる。
「新……?」
みちるさんが眉根を顰めている。
瑞希が戸惑いを浮かべた表情をして新くんを見下ろす。
「真紗に近づくなって言ったつもりなんだけど、オレ」
「へっ?」
キョトンとした後、肩を震わせて新くんは笑い出した。
「ああそーか。諒兄の言った通りだな。ほんとーに相手にされてねーんだなあ…みちるも可哀想に」
「でもやっぱ、負けは負けだなー…」
そう言って俯いた新くんを見ているのが、なんだか辛くて。
下を向いた新くんの姿が、自分の姿と重なって見えて。
諦めて欲しくなくて。
私に決意を語ってくれた時の、真っ直ぐに青空を見つめたあの凛々しい眼差しに戻って欲しくて。
私は思わず、みちるさんの腕を引っ張った。
「私たちも勝負―――しよ!」
ぱちくりと目を見開いて、みちるさんがその、可愛い顔を私へと向けた。




