22 青空を見つめて
外を見ると雲一つない青空が広がっている。
窓を開けて深呼吸をし、清々しい空気を体内へと取り込む。
今日は、瑞希の学園の、体育祭に行く日だ。
今朝は気合を入れて身支度をする。
クローゼットの中に、大事にしまっておいたイエローのワンピ―ス。
真琴に借りたヘアアイロンで、髪に少しカールをつけて。
顔に薄くファンデを乗せる。その上からオレンジメイクを施してみる。
涼香さんと比べるとずっと、私のメイクは下手なのだけれど。
それでもこれが、今の私の精いっぱいだ。
鏡に映った自分を見る。
「なんだか……武装したって感じだなあ」
「そんなもんよ。着飾るのなんて、舐められない為にやるんだから」
物騒な事を言いながら、真琴が細部を整えてくれる。
「ね、メイク変じゃない?」
「まあまあの出来なんじゃない? 初めてにしては」
「これでも少しは練習したんだよー」
あれから、何度か涼香さんの所へ行き、指導をして貰った。
『大事なのは笑顔なのよ』
涼香さんの言葉が駆け巡る。
『俯いてちゃだめよ。上を向いていてね、にっこり笑いながらよ』
涼香さん、華岡さん、本当にありがとう…。
私には強い味方がいる。
鏡の前でにっこり笑ってみせる。
瑞希の近くには恐らくみちるさんがいる。
「武装しないと、きっと、心折れちゃうよね」
肩をすくめながら青空を見上げ、私は待ち合わせの場所へと向かうのだった。
◆ ◇ ◇ ◇
「あれ、華岡さんは?」
学園の最寄り駅で私を待っていたのは、新くん1人だけだった。
「諒兄は仕事が忙しいんだってさ。俺らだけで行っててくれって」
「そうなんだ。まあ、ショップ店員さんって、土日は忙しいよね」
「ん?諒兄ってショップ店員とかじゃねーぞ」
「え?」
私の動きが止まる。駅前のモールで何度か出会ってるんだけど…違うって、どういう事?
「名前は忘れたけど…どこぞかの化粧品メーカーの御曹司だぞ。諒兄のオヤジが社長やってるから、次期社長ってやつだな」
「はあっ?」
「おま、あのデカい家見ただろ。ショップは多分、視察でもしてたんじゃねーの?」
「な、みちると俺の格差、真紗以上にやべーだろ?」
そう言ってニヤリと笑う新くんは、どこか緊張したような表情をしていた。
「やべっ、俺、なんかキンチョーしてきたな…」
「うん、なんか、分かる…」
貴翔学園の門前にて、私達2人は、妙な緊張感を感じてしまい、立ち止まっていた。
この中に居る人たちは、私達とは違う、別世界に住むエリート達なんだと思うと、足が竦む…。
でも、こんな事ではいけない。気分を盛り上げていかないと…!
くるりと新くんに向き直る。
「新くん、今日、とってもかっこいいよ!」
「は?」
「褒め合って、テンション上げるのよ」
「…お、おう。真紗もかわいーぞ!」
「新くん、照れずに言えるようになってきたね」
「真紗相手なら余裕だぜ」
「わかるそれ」
お互い見つめ合ってニヤリと笑う。
「新くん、その服似合ってるよね。いつもより5割り増し位カッコよく見えるわ」
「真紗もその黄色ワンピ、可愛く見えるぜ。華やかで、化粧もバッチリ決まってんじゃん」
「ありがとう。相手が新くんでも、なんだかテンション上がるねこれ」
「そうか? よーし、もっと言ってやるぞ。真紗、お前は本当に可愛い、可愛いぞ!」
「新くんもカッコいい、カッコいいよ!」
「なにやってんの、真紗」
突如響く、瑞希の声。
振り返ると、冷ややかな目をした瑞希がすぐ後ろに立っていた。
きゃー―――! なんか恥ずいとこ見られた!!
「瑞希っ、なんでここにっ」
「なんでって…ここ、オレの学校の前なんだけど。真紗の方こそ何でここに」
周りをよく見れば、貴翔学園の生徒と思しき学生達が、こちらをちらちらと眺めている。
この状況を察したらしい新くんが、口元を手で覆い真っ赤な顔をしている。
ちょっとね、一歩踏み出す勇気の為に。
テンションあげあげしてたんです。
忘れて…。
「瑞希とみちるさんの応援しにきたのっ」
このままUターンしたくなる思いをぐっとこらえて、後戻り出来ないように、顔を上げて宣言する。
「あ、そうなんだ、ありがとう。来るなんて聞いて無かったから、姿見かけてびっくりしたよ」
戸惑いながら照れ笑いする様子がなぜか可愛くて、思わずキュンとしてしまった。
体操服姿の瑞希は、普段より少し幼い雰囲気がする。
「ところで、あいつ、誰なの?」
瑞希が、隣で真っ赤にしている新くんを、ちらりと見た。
「えっと、みちるさんの幼なじみであり、私の戦友ってやつかな」
「ふうん?」
訝しげな顔をして、瑞希はまた、学園の中へと消えていった。
◇ ◆ ◇ ◇
戦場の門をくぐり抜けた。
私達は一般席へと移動した。早めに着いたつもりだったのだけど、もう沢山の人で溢れている。
学生席を目で追うと、すぐに瑞希とみちるさんの姿を見つける事が出来た。やっぱりあの2人は目立つ。
同じテントにいるので、恐らく同じチームなのだろう。
競技が始まる。
選抜リレーは目玉のようで、昼休憩の直前だ。
暫くのんびりと、新くんと、体育祭の様子を眺めていた。
3年生のダンスが始まった頃、突然、新くんが歩き出した。
「どうしたの?」
私の質問に答えず、どんどん校舎の方へと向かっていく。
私も後を追いかける。
「いたっ」
今度は突然立ち止まる。新くんの背中にぶつかった。
急に止まらないでよー!と言いかけて止まる。
新くんの目線の先には、みちるさんがいた。
知らない男の子と向き合っている。
男の子が、頭を下げている。
みちるさんは、素っ気ない態度のままだ。
暫くして、俯いたまま、男の子は去って行った。
今のって…。
告白シーン?
新くんをちらりと見ると、静かに頷いた。
また、元の席へと戻っていく。
新くんは黙っている。
背中がなんだか、重苦しく見える。
暫くして、また、新くんが立ち止まった。
「決めたっ! 俺やっぱ今日、みちるに告る!」
そう言うと、新くんはその真っ直ぐな眼差しを青空へと向けた。
「初めてじゃないんだよね、さっきみたいな場面に出くわすのってさ」
少し大人びた凛々しい眼差しは、新くんを年相応の男の子に見せた。
「みちるはあんなだから、中学の時も人気あってさ、しょっちゅう告られてたんだ。でも、ずっと断ってばかりで…正直、安心しきってたんだよな。なんだかんだ言っても、俺が一番、近い所にいるんだって」
「いつまでも…そのままじゃいられないのに」
どきりとした。
新くんの言葉に、私まで心が痛む。
私も前へ進まないといけない。
見上げると、吸い込まれそうなブルースカイが、私を覆い尽くしてくるような錯覚を感じた。




