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21 ブランコに揺られて


 紙袋を両手に持ち、浮かれた足取りで私は駅へと向かった。


 服に合わせてサンダルも買ってみた。勿論、(あらた)くんの合格付きだ。

 私の服を見た後、新くんの分も一緒に見に行った。

 メンズコーナーは売り場の面積が狭くて、不安だったけれど、新くんにとてもよく似合うものが見つかりホッとした。


 角を曲がってもうすぐ駅、という頃にようやく異変に気付く。

 後に居るはずの新くんが見当たらない。


 あれ?


 慌てて来た道を戻る。新くんは私がいた所よりもずっと、後ろで立ち止まっていた。


「どうしたの?」


 浮かれた私とは対照的に、沈んだ顔をした新くんの姿が目に入った。

 マンホールの蓋を、虚ろな瞳でじっと見つめている。


「…俺、やっぱ、行くのやめよっかなあ…」

「ええ、なんでえ? さっき服も買ったじゃん」

「ん―――」


 言葉を濁し押し黙っている。急にどうしたんだろう…。

 辺りを見まわすと、路地の向こうの小さな公園が目に入る。

 道路の真ん中に居るよりは良さそうに思えて、新くんの手を引くと、意外と抵抗もせず大人しく私について来てくれた。


「俺の高校、みちるの高校と駅、同じなんだよね」


 歩きながら、ぽつぽつと新くんが語りだした。

「んで、普段から感じるわけだ。ああ、あっちのやつか――って馬鹿にしたような視線をね」


 新くんの声が私の胸の奥を刺す。

 ああ、私と同じだ。


「みちると違いすぎるんだよな、俺………」


 顔、あげてよ。


 俯いた新くんの姿が、まるで自分の姿のように見え、なんだか悲しくなってくる。

 沈んだ気分を少しでも前に向けたくて、(かたわ)らのブランコに腰を下ろす。


 ブランコは、大好き。私を、シンデレラにしてくれる。


 瑞希と一緒に遊園地へ出掛けた時の事を思い出す。

 空中ブランコでの高揚感を思い出す。


 そのままゆっくりと漕ぎ始めた。


「私と瑞希もだよ」


 懐かしいブランコ。瑞希とこうしてよく遊んだブランコ。

 あの頃は、ただ一緒にいて楽しいと感じる事が出来た…。


「瑞希は、何でも出来てさ。あんなに綺麗でさ。いつもいつも、私には似合わないって言われ続けてきたんだ」


 ブランコはいつの間にかスピードが増している。

 新くんは柵の向こうで突っ立ったまま、私の言葉をじっと聞いている。


「一緒に居るとなんだか辛くて…自分が嫌になって、逃げだしたくなって……こうして逃げている最中なんだけど」


 大空に溶け込みそうなほどブランコは舞う。

 私はいつか感じた、空に放り投げられるような錯覚を起こす。



「でも本当は……………そばに居たい…………」




 シンデレラは空へと浮かぶ。



 チェーンを掴む手が緩んだのか、ふわりと体が浮いた。


 周りの景色はとても綺麗で。

 何故だか私は、目を開いたままで。

 驚いた新くんの顔がちらりと視界の端に映る。



 体に衝撃が走る―――



「ってえ……」


 予想していたよりずっと、衝撃は軽かった。

 よく見ると、新くんを下敷きにしてしまっている。


「…ごめん」

「何やってんだよ……気ぃつけろよな!!」

「ありがとう、新くんが受け止めてくれたんだね…」

「そんな大袈裟なもんじゃねーよ、俺は、たまたまここに居ただけだっ!」

「大丈夫? 怪我してない…?」

「なんともねーから早くどけっ!」

「はいっ」


 慌てて新くんの体の上から地面へ降りる。

 思わずにやけてしまった私を、新くんがじろりと睨む。


「反省してねーだろ」

「し、してます! 本当にごめんなさい! もうしません!」

「二度とすんなよ!」


 そう言って、怒鳴るし態度は荒いけれど、これは照れ隠しなんだと私にはもう分かっていた。

 逸らした瞳に怒りはない。どことなく安堵の色が見て取れる。


 なあんだ、新くんて、素敵な人じゃない。

 不器用なだけで、優しいし、真っ直ぐな人じゃない。

 みちるさんに似合わないなんて事、ないよ、とそっと心の中で呟いた。



 ……口に出してあげなよ、って?



 華岡さんの声が何処からか聞こえた気がする。

 ああ、そうかも―――


「新くんって、かっこいいね」

「はあっ? 何言ってんだよ」

「みちるさんとお似合いだと思うよ!」

「………………っ!」


 耳まで真っ赤になった新くんに、なんて反撃されるのか半分びくびく、半分わくわくしながら待っていたら。

 新くんは、私の肩を掴んで自分に引き寄せ、耳元でそっと囁いた。


「みちるがいなけりゃ惚れてたぜ」


 うわ!


 なんだか、新くんがレベルアップしている……。

 思わず赤面してしまった私をみてニヤリと笑った。


「俺も真紗に負けてらんねーからな、俺も………」



「みちるの隣に、居たいからな――――――」



 空を見上げた新くんはもう、虚ろな瞳をしてはいなかった。




     ◆ ◇ ◇ ◇




「華岡さん、涼香さん、ありがとうございます!」


 雑居ビルの3階に私はいる。

 華岡さんにお願いして連れてきて貰った。


 私は、涼香さんにメイクを教えて貰うことにした。

 以前来た時にも、軽く教えては貰ったのだけど、全く身についていないからだ。


「体育祭の時に見せようと思っているのかい?」

 相変わらず甘い微笑みを浮かべながら華岡さんが問う。私は無言で頷く。

「僕でも涼香でも、当日のメイクくらい幾らでもしてあげるんだけどね」


 いつか見た遠い目。

 あの目を、今度は私に向けていた。


「――でも真紗ちゃんは、自分でしたいんだね」


「そうです、私、自分で綺麗になりたいんです」


 にっこり笑って私は答えた。

 窓から光が差し込み、ブラインドの隙間から漏れている。


「真紗ちゃん、もう既に自分で綺麗になっているわよ」

「えっ?」


 キョトンとして振り返る。そこには優しそうに私を見る涼香さんがいた。


「お化粧を上手にするのも大切だけどね、それよりもっと大事なのは笑顔なのよ」


 くすくすと上品に笑いながら、私の瞳をじっと見つめる涼香さんの柔らかい眼差しに、どきりとして私は立ち尽くす。


「一番大事なのは、表情よ。にこやかにしているのと、ムスッとしているのでは、全然違うんだから。俯いてちゃだめよ。上を向いていてね、にっこり笑いながらよ」


 そう言って、極上のスマイルを見せてくれた涼香さんの顔を見て、ああ本当に綺麗だなと思うのだった。




     ◇ ◆ ◇ ◇




 クローゼットには買ったばかりのワンピースとサンダルが入っている。


 部屋では、鏡に向かい、メイクの練習をする私。


 普段と全然違う私の事について、真琴は何も言わなかった。

 気のせいか、いつもよりずっと真琴の目が優しい気がして。

 馬鹿にされる事もなく。邪魔される事もなく。手が差し伸べられる事もなく。

 なんでもない風景のような扱いで、淡々と時が過ぎていく。


 時折、部屋の窓から向かいの部屋の明かりをちらりと目で追って。

 少しドキドキしながら鏡に視線を戻す。

 口角を上げる。

 にっこり笑って見せて、それがまた、不気味だと双子の妹に茶化される事もなく。


 こうして穏やかに日々が過ぎて行く。



 明日は約束の日。



 瑞希の部屋から漏れる明かりを目に焼き付け。



 私は早々にベッドに入り眠りにつくのだった。







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