2 真琴劇場
学校が終わり、自宅に戻ろうとすると、家の隣で俯いている瑞希の姿があった。
いつもと様子が違う。
「どうしたの、瑞希。何かあったの?」
思わず声をかける。驚いた顔をして瑞希が振り返る。私がいる事に今、気が付いたようだ。
「ん、なんでもないよ」
とっさにスマイルを作って見せてくれたけれど、なんだかいつもの柔らかさを感じない。
こういう、ふんわりしていない笑顔って大抵、笑っていない時だ。
「なんかあったって顔してる」
じっと瑞希を凝視する。睨みつけてるとも言える。
私の視線にたじろいだのか、スマイルが崩れて戸惑いの表情を浮かべだした。
「あ…」
「…っとに、敵わないなぁ、真紗には」
瑞希がしぶしぶ続きを言おうとした時、塀の陰から人影がやってきた。
「瑞希、さっきの子、振っちゃったの?」
双子の妹が、にやにやしながら、私達の前へと現れた。
◆ ◇ ◇ ◇
「いつから見てたんだよ…真琴」
「そりゃあもう、彼女がもじもじしながら、瑞希んちのチャイムを押すか押さないか迷ってた辺りから、だけど?」
「……………っ!!」
頬にかかる一房の髪を指先でくるくると捻りながら、さらりと真琴は質問に答える。
それ一部始終って言うよね!
瑞希が顔を真っ赤にして真琴を見返している。
こんなに余裕のない瑞希を見るのは久し振りな気がする。瑞希スマイルはもう跡形もない。
「どんな子だったの?真琴」
瑞希の反応が面白くて思わず真琴に話を振る。
真琴もノリノリで答えてくれる。
「黒髪ロングの可愛い子だったよー、儚げ美少女ってかんじ?」
「え~、見てみたかった!」
「あの制服、瑞希と同じ学校の子だね」
「可愛くて頭もいい子かあ…勿体ないなあ、なんで振っちゃったの?」
にまにましながら瑞希を見る。ぼーっとしていた瑞希の顔が、はっと我に返る。
「なんでって…」
言葉を止めて軽く睨み付けてくる瑞希。少しからかい過ぎちゃったかな?
真琴がくすりと笑う。
「なんでもいいだろ…」
ぷいっと横を向き、瑞希はそのまま逃げるように家の中へと入って行った。
◇ ◆ ◇ ◇
瑞希はもてる。
今日みたいなことは日常茶飯事だ。
そして今日みたいに断っているのも日常茶飯事だ。
瑞希は誰とも付き合わない。
今日みたいに、可愛い子から告白されることも多いんだけれど。
やっぱり、誰とも付き合おうとしない。
誰かと付き合ってくれたら、私も、ホッと出来るんだけど。
瑞希の隣にいる時のもどかしい空気が、きっと、澄み渡った青空のようにすっきりするんだろうなと、期待しているんだけれど。
中学の時も、高校に入ってからも、やっぱり特定の彼女は作ろうとしない。
興味ないのかな。
興味持ってくれないかな。
家が隣じゃなければよかったのに。
そうしたらもう、ほとんど顔を合わせずに済んだのに。
こんな風に落ち着かなくて済んだのに。
◇ ◇ ◆ ◇
二階へと続く階段を上がり、左へ向かうと、私と真琴の部屋が見えた。
八畳の洋室。
勉強机が窓に向かって二つ並んでいる。敷地一杯に建てられた我が家は隣の家ととても近い。私達の部屋の窓のすぐそばに、向こう側の家の窓がある。瑞希の部屋の窓だ。
瑞希に用事がある時は、正直、玄関から回るよりも窓伝いの方が早い。私は今でも、瑞希に用がある時は窓に向かうのだけれど、瑞希はいつ頃からか、玄関越しにしか来てくれなくなった。
机と反対方向に、二段ベッドが置いてある。二段だけど、片方しか使っていない事も多い。真琴の布団に潜り込んでいくからだ。
今日も真琴のベッドに入り込む。お喋りがしたい夜はいつもこうしている。
「ねー、真琴。なんで瑞希振っちゃうんだろね~」
早速、夕方の出来事を話題にしてみる。
仰向けで寝ていた真琴は私の方に向き直り、なぜかまじまじと私の顔を見つめてきた。
「え、真紗分かんないの?」
私もまじまじと真琴の顔を見つめ返す。
双子なのでベースは同じ筈なんだけれど、私と真琴はなんだか似ていない。ぼんやりした顔の私と比べ、真琴はどこかキリリとしている。清涼感のある顔とでも言おうか。
普段は後ろで結っている髪も、寝る前なので降ろしている。ロングだけどサラサラで、毛先まで綺麗だ。私の髪とは全然違う。
「結局、瑞希黙ったまま家入っちゃったしさ。真琴と違ってなーんにも見てないんだもん」
じろりと真琴を睨み付ける。勿論、真琴に動じた様子はない。それどころか逆に吹き出している。
「聞いた感じだと、瑞希に似合いそうなのにね、惜しくないのかな?」
「うっそ、うっそ、ちょっと真紗面白いんだけどー」
ケラケラ笑いながらベッドのマットレスをバシバシ叩く真琴。なぜかウケているようだ。相変わらず真琴の考えている事は良く分からない。
「私さあ…一部始終を見てしまったのよね」
ニヤリと笑う真琴。不意に瑞希に同情してしまった。
「ピンポーン」
「ガチャ、どうしたの、ハナオカさん」
いきなり瑞希のモノマネを始めた真琴。全く似ていない。
「あの…あの突然お家まで押し掛けてしまってゴメンナサイ」
手を組んで可愛い声を作る真琴。それ全く似合わない。
「よく、うちの場所分かったね、何の用?」
キリリとした表情で瑞希役をやる真琴だが、瑞希はそんな顔しないと思う。
「中学が同じだっていう子に聞いて…あの、わたし」
目を伏せて熱演する真琴。この調子だと、この子のこの様子の是非も怪しそうだ。
「倉瀬センパイのことが…好きなんです…」
「ハナオカさん、オレーーー」
キリッと冷たい流し目をつくる真琴。くどいようだけど、それ絶対瑞希の表情じゃないと思う。
「てなわけで、続きは本人に聞いちゃって!」
「え~~!」
クライマックスで真琴劇場は終わった。
なんだそれ~~!
なんだか、もやもやしながら夜は終わるのだった。