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19 可愛いんだから


「とはいえ、真紗(ますず)ちゃんは急いだ方が良さそうだね」


 カツカツカツ、と、雑居ビルの階段を華岡さんが上る。

(あらた)は、もう少し過程を踏んだ方が良さそうだけどね」

 ドタドタドタ、と、後ろから新くんが追いかける。

「みちるには俺…嫌われてんだろーな……」

 トントントン、と、最後に私が続く。

「大丈夫だよ、一緒に頑張りましょ!」


 3階まで上がった所で、事務所らしきものが見えてきた。

 看板がかかっている。

 アルファベットで書いてあるので、名称がよく分からない。

 サロン――――?

 華岡さんが、ためらいもなくドアを開けた。


涼香(すずか)、この2人よろしく頼むよ」

「はいはい、頼まれたわよ」


 ドアの向こうには、大人っぽい女性が立っていた。ショートヘアの涼しげ美人だ。華岡さんに涼香と呼ばれたこの綺麗な女性が、優雅に笑い私に向き直る。


「まずは貴女からいきましょうか」


 そう言って涼香さんは私を奥のテーブルに案内した。ドキドキしながら、引かれた椅子に座る。


「今、お化粧やカラコンはしてる?」

「いいえ…なにも」

「そう、普段はどんな色のお洋服を着ていることが多いかな?」

「なんだろう…一番よく着ているのって制服ですし…。あ、グレーとかかな」


 机の上には綺麗な布が何枚も並んでいた。

 なにこれ、何が始まるの…

 ドキドキしながら、私は涼香さんの質問に答え、説明を受けるのだった。




     ◆ ◇ ◇ ◇




 どうやらこれは、パーソナルカラー診断、というものらしい。

 春、夏、秋、冬と4タイプに分けられていて、それぞれのタイプによって似合う色があるとかなんとか。

 涼香さんが、私の顔のパーツを、1つ1つ細かくじっくりと見つめていく。


 なんか凄く緊張するんですけど…。


 見終わった後、机の上にあった綺麗な布を、涼香さんは私の首の下へと掛け出した。不思議と、かけられた色の布によって、私の顔色は、くすんだり、輝いたりしだす。


 なあに、これ。


 シルバーの布を当てると、暗い顔に見えた。

 ゴールドの布を当てると、ぱっと表情が輝いて見えた。

 色って、結構馬鹿に出来ないんだな…。

 私は感心して、鏡に映る自分の姿を見つめる。


 ずっと、コンプレックスだらけだった自分の姿。


 ずっと、可愛くもなくて、地味で、向き合いたくなかったこの姿。


 暗く埋もれさせるのも、輝かせるのも、自分次第ということ……?


「真紗さんはイエローベースのスプリングね。この色なんかとてもよく似合うわ」


 涼香さんが、そう言ってにこやかな顔をして、私の首の下に布を当ててくれる。

 その布の色は私の顔にとてもよく似合っていた。


「明るくて鮮やかな色がとてもよく似合うわよ」


 クローゼットの中にある服を思い出す。地味な色のものばかりで、こんな色のものは一枚も無かった。


 色々なアドバイスの後、涼香さんが私にメイクをしてくれた。

 涼香さんの手は魔法の手。

 魔法にかけられた私は、普段よりもずっと、輝いているように感じた。


「うわ、見違えたね。真紗ちゃん、今まで見た中で一番可愛いよ」

「どう? オレンジが良く似合うでしょ」


 華岡さんが、相変わらず惜しみなく私を褒めてくれる。その褒め言葉を聞くと、自分が本当に可愛くなれたように感じられて、とても嬉しかった。


「ありがとうございます」


 照れて少し視線をずらすと、ちょっとびっくりしたような表情の新くんと目があった。


「どうだい、新」

「………」

「ほら、練習だよ練習!真紗ちゃんに軽く言って練習しなよ」

「……まあ、さっきよりは可愛い……」

「新にしては上出来だね」


 照れている新くんを見て、なんだか嬉しくなってしまった。


「さあ次は新だよ、ついでに見てもらいなよ」

「俺はついでで連れてこられたのかよ」


 憎まれ口を叩きながらも、新くんは大人しく涼香さんに連れられて行った。



「真紗ちゃん、どう? 少しは自信もてた?」

「…なんだか、私、ずっと、何悩んでたんだろうって」


 華岡さんが優しく笑ってくれるので、なんだか私も、つられて柔らかい笑顔になっていく。


「私を可愛くない子にしていたのは、私だったのかなって…」

 華岡さんが私の頭をくしゃりと撫でた。

「これから、もっともっと、可愛くなるんだよ」



 華岡さんの言葉は魔法の言葉。

 私はシンデレラのように魔法を掛けて貰えた気がした。




     ◇ ◆ ◇ ◇




 新くんも私と同じ春だった。

 お仲間っ。

 流石にお化粧はしていない。

 でも、さっきのお礼に私も褒めることにした。


「新くんもカッコいいからね、頑張って!」

「とってつけたよーなお世辞とか言ってんじゃねーよ!!」


 怒鳴って誤魔化そうとしたのか、新くんは耳まで真っ赤にして照れていた。



 お昼を食べた後、映画館の近くまでやってきた。

 3人で、映画、見るの?

 頭の中でハテナを舞わせていると、そこに、黒髪の美少女がやってきた。


 みちるさんだ………。


「ああ、僕が呼んだんだ」


 新くんもびっくりしている。私もびっくりしている。みちるさんもびっくりしている。

 華岡さんだけがにこやかな顔をしている。


「お兄ちゃん、どうして、真紗さんが―――」

「それに、新も」


 みちるさんの声がオクターブ下がる。

 あらら…新くんこれは前途多難そうだ……。


「偶然ここで出会ってね、お話してたんだ」

「そう」


 つん、とした顔で新くんから顔を背ける。

 可愛い顔が台無しだ。


「お兄ちゃんが、映画に付き合ってくれるっていうから、来たのよ?」

「分かってるよ。見たい映画があったんだろ」

「ええ、本当は先輩と見に行きたかったんだけど、蹴られたわ」


 むくれるみちるさんを見、茶化すように新くんが笑い出す。それに気付いたみちるさんが、新くんを睨み付ける。


 この態度…本当に道のりが長そうだね……。


「それはそうと、みちる、お願いがあるんだけど」

「なあに?」

「この映画、新と見てきてくれないかな」

「えっ」

「僕、真紗ちゃんとデートしたくなってさ」


 ウインクをする華岡さんに、みちるさんが心底渋そうな表情を向けた。


「お兄ちゃんが真紗さんとデートするなら、一緒に見るのは諦めるわよ、一人で見るわ」

「それがもう、チケットを買ってしまっているんだ。勿体ないだろう」


 そう言って、笑顔で2枚のチケットをみちるさんに渡す。新くんが口をパクパクさせている。


『ホラ、少しは頑張りなよ、新』


 新くんの耳元で華岡さんが囁く。

 俯いたままの新くんの耳元に、私も一緒になって囁いた。


『カッコいいんだから、頑張って!』


 少し目を伏せた後、覚悟を決めたのか、新くんが勢いよく顔を上げた。ちょっぴり真面目な表情は、すこしどきりとさせられる。


「ちっ、しょーがねーなあ、一緒に行くか」

「いえ、私一人で結構ですから」


 ぶっきらぼうな様子で、新くんがみちるさんに手を差し出した。その手を払い除けるかのように、みちるさんはツンとした態度を取り続ける。


 頑張れ、新くん……!


「一人だと……変なやつに絡まれるかも知んねーだろ、おまえ…」

「可愛いんだから……」

「………」


 きょとんとしているみちるさん。大きな目をぱちくりとさせている。


「……わかったわよ、番犬代わりに連れて行ってあげるわよ」


 新くんの態度が意外だったのか、みちるさんも少し、照れた様子で。

 新くんも、後姿だったけれど、なんだか照れた様子で。



 2人は映画館の奥へと消えていった。









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