18 決意
今朝もすんなり目が覚めた。
朝練へ向かう真琴と顔を合わせた朝は、これが初めてかもしれない。
今朝も鏡に向かい、丁寧に身支度をする。
普段よりもずっと早く家を出て、今日は、隣の家から瑞希が出てくるのを待つ。
自分の気持ちに向き合いたくて。
昨日の事を思い出すと、なんだか気まずいのだけれど、でも私は、今朝は瑞希の隣で歩いてみようと思った。
「おはよう、瑞希」
柔らかい笑顔で挨拶をしてみる。
こんな朝は一体、何年ぶりだろうか。
「…おはよう、真紗」
ぽかんとした顔で瑞希が私に挨拶をする。
すぐにいつもの、ふわりとした笑顔を見せてくれる。
私の、大好きな笑顔。
「あのさ、私、明日から毎日、1本早い電車に乗るね」
「……」
「瑞希には、ちょっと早すぎるかもね、時間」
「いつも部屋でゆっくりしてから家出てるし、1本早くても余裕だよ」
「それじゃあ瑞希も、同じ時間に家、出る?」
私達は駅へと向かう。
大通りを抜ける。私は地面を見ずに、瑞希の顔を見てお喋りをする。
こそこそとした声が聞こえてきた。じろじろとした目線も感じる。
私は頑張って前を見て歩く。
正直まだ自信なんてないのだけれど。
昨日込み上げてきた可笑しい気持ちが、私をなんだか強くさせてくれるような気がした。
スマホを取り出してラインを送る。
私はもっと強くなりたい。
“華岡さん、私と会って貰えませんか?”
翌日、私のスマホはピカピカと光り輝いた。
◆ ◇ ◇ ◇
目に前には重々しい空気の豪邸が聳え立っている。
「真紗ちゃん、こっちだよ」
私が正面の門だと思っていたものは、どうやら裏口のようだった。
なにこれどうなってんの………
華岡さんに案内されて連れられた玄関は、さっき私が見たものより数段、豪華な作りをしていた。
異世界へと迷い込んだような気分で足を運ぶ。
数日前、会いたいというと、さっくりとOKしてくれた。
お話したい事がある、というと、自宅へおいで、とお誘いを受けた。
これ、瑞希が知ったら、また怒るかな?
危ないよって言うかな?
でもきっと大丈夫。
この人は私の味方なんじゃないかな、って、不思議な安心感がある。
まあ、カンだけど。
この前の星空の時の態度もそうだけれど、私は最初から、華岡さんが悪い人ではないと、私の味方なんだとなぜか思えていた。
まあ、これもカンだけど。
大丈夫、女のカンはきっと当たるんだ………!!
なぜか謎の自信を持って、私は華岡さんの部屋へと案内されていった。
「で、話ってなんだい?」
テーブルの上に湯気の立った紅茶が置かれている。
何やら香ばしい香りがするけれど、私には勿論、名前は分からない。
でも大丈夫。分からなくても大丈夫。
それよりもですね。
ちらりと斜め前を見る。
「この方は………どなたで?」
華岡さんの部屋の中には、私たち2人の他にもう1人、中学生位の男の子が座っていた。
◇ ◆ ◇ ◇
「ああ、紹介が遅れたね。こいつは新。中条新、真紗ちゃんより一つ年下の高校1年生だよ」
「新、この子が真紗ちゃん。瑞希君の彼女予定の子だよ」
戸惑いを隠しきれない私を他所に、華岡さんは相変わらずの笑顔を浮かべ、紅茶に口を付ける。
新くんは、スポーツでもしているのか、短髪で日に焼けた肌をしている。
軽く膨らませた頬といい、拗ねたような目線といい、全体的に表情が幼く年よりずっと下に見える。華岡さんと並ぶと余計に子どもっぽく見えた。
私はふと思い出した。
「初めまして、あの、もしかして…この前、駅のホームでみちるさんを見ていませんでしたか…?」
学校帰りに華岡さんに連れられ、喫茶店と雑貨屋を巡ったあの日、ホームでみちるさんをチラチラ見つめていた一人の男の子の姿と、目の前の新くんの姿が、なんだか重なって見えた。
「真紗ちゃんに気付かれてるよ、新。みちるは気づいていないようだけどね」
「うっさいな………!!」
なんだか可愛い男の子だな。
顔を真っ赤にして華岡さんに噛みつく姿を見て、思わずくすくすと笑ってしまった。ごめんなさい。
「やっぱり、真紗ちゃんの話の前に、こちらが先に話すことにするよ」
私と同様、くすくすと笑いながら華岡さんが続ける。
「こいつね、みちるが好きなんだよ」
「いきなりそれ言うかっ」
「ところが最近、みちるに好きな人が出来てしまってね。瑞希君」
再び華岡さんが紅茶に口を付ける。
「振られておしまいと思っていたら、遊園地で出会ったあの日、想いが再燃してしまったらしくって」
新くんが目を伏せている。
「そこで、真紗ちゃんに頑張って貰おうと思ったんだ」
え?
「真紗ちゃんが瑞希君とくっついてくれたら、新的にはめでたしめでたしだからね」
「あのそれ………妹のみちるさんの味方はしないんでしょーか………」
「してるよ? みちるには新の方が向いてるんじゃないかなって思ってるよ?」
ええと……てことは………
「私に、その……可愛いって言ってくれたのは………」
「そりゃ思ったまんまだよ?」
「応援を口実にしてるだけだよな、諒兄は」
ふんっという顔をして新くんが突っ込んだ。
「真紗ちゃんにもっと可愛くなって貰って、瑞希君と付き合うようになってくれたら、めでたしめでたし…と思っていたんだけど、余計な事する必要なさそうだったね。君達2人、何もしなくても両思いなんだから」
私の笑いが止まった。
「次………私のお話良いですか………」
「ああごめん、どうぞ」
私はざっくりと、今までの経緯をお話した。
◇ ◇ ◆ ◇
「はあっ? なにそれおまっ、もう告っちゃえばおしまいの状況じゃねーかよ、何悩むことあるんだよ、馬鹿だろ」
新くんに思い切り罵倒されてしまった。
ううう、その通りと言えばその通りなんだけど…
「あのでもですね、これ、私も好きとか言うと、付き合うとかそういう話になっちゃいますよね」
「普通はそうだろうね。てか、そうなりたいから言うんだよね」
「ですよねえ………」
やっと、朝、駅まで一緒に歩く勇気が出たばかりなんです。
相変わらず周りの目線は痛くて、顔を上げるだけで精一杯なんです……。
「彼女とか、そんなものまだ無理だ…そこまでの自信ないよ…」
「なっさけねー事言ってんじゃねーよ、腹括れよ」
新くんの言葉が心に刺さる。ヘタレですみません…。
「とっとと言ったらおしまいだろ、さっさと言えよ」
「新も人の事全く言えないんだよ、みちるに可愛いって言えたのかい?」
「………っ」
「それにですね、中途半端な返事をしてしまった事だし、もう呆れて私を諦めて、他の子を見始めていてもおかしくない訳で……」
そうだ。
私は非常に半端な返事をしてしまっている。
自分の気持ちが分からない。
そんなの、言われた瑞希だって分からないよね…。
もう、気持ちがみちるさんに向かい始めているかも知れない。
「でも、どうにかしたいんだよね」
華岡さんが優しげに微笑んだ。
「だから、僕に会いたがってくれたんだよね」
私は縋るように華岡さんを見つめた。
「こうなったら、徹底的に頑張るしかないよね、真紗ちゃん。新もだよ」
華岡さんが手を差し出した。私と新くんの2人が恐る恐るその手を取ると、温かく大きな手はしっかりと握り返してくれた。
「明後日、また会おうか。連れて行きたい所があるんだ」
甘い眼差しは、この上なく優しく私達を包み込んでくれた。




