表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/24

17 出来心と出来心


 ノックをしようと思ったら、窓は開いたままだった。

 

 部屋に瑞希がいる様子はない。

 座布団とカバンが重くて思わず中へと放り投げる。続いて自分の体も放り投げる。

 我が家と同様、瑞希の部屋も窓沿いに勉強机がある。丁度いい足場だ。


「あれ、まだ帰ってきてないのかな」


 呟いて左を見たら、ベッドの上で気持ち良さそうに眠っている瑞希を発見した。

 窓の正面に2段ベッドがある私の部屋とは違い、瑞希の部屋は、窓から見て左横に一人用のベッドが置いてある。


 寝ている瑞希の横顔をまじまじと見つめる。普段も綺麗なのだけれど、寝顔はより一層綺麗に見える。


 私…完璧に負けてる……

 まあ、比べちゃダメよね。真琴もそう言っていた、ウン。


 さて、どうしようかな。

 

 お疲れの様子だし、このまま寝かせてあげた方が良さそうだ。でも、このままだと私の課題は進まない…。起こすべきか、そっとしておくべきか、瑞希の寝顔を見ながら暫く考える。


 長い睫毛が伏せられた目元をふんわりと彩り、ほのかに紅潮した頬が、白い肌にアクセントを与えている。なんだかまるで、眠れる森の美女のようだ。


 本当に綺麗だな………。


 ……………。


 ちょっとくらい、いいよね?


 なんだか急に、私の中に好奇心が芽生え、ドキドキしながらスカートのポケットに手を突っ込む。入れっぱなしになっていた、リップの試供品が指に触れる。


 だって綺麗なんだもの。ちょっと、お試ししてみたい…。


 って。


 これはやばいまじやばいって………




「………ん?」


 瑞希という名の美少女が目を覚ましたようだ。


「……オハヨー」

「真紗?」


 びっくりして瑞希が体を起こす。私はベッドに椅子代わりに腰掛ける。

 ちっ。口を開いて起き上がると、さすがに女の子っぽさ薄れるな。


「勝手に入ってくるなって言ってるだろ」

「ごめんごめん」

「悪いと思っていないなー。んで、何?数学?」

「数学っ」

「………」


 瑞希が変な表情をしている。


「なんだか、口元がべたべたする気が………」


 そう言って、唇を拭われた瑞希の手の甲が、ピンク色に染まっていく…。

 瑞希が、目を見開いて、まじまじと自分の手の甲を見つめている。


「なんだよこれっ!!!」

「うわごめんなさいっ!」


 だってあんまり綺麗だから、似合うかなー、なんて。つい出来心で……。

 思ったより速攻でばれてしまった。


 思わず謝ったのだけど、笑いを止められなかったせいか、瑞希が、リップを手にしたままの私の右手を掴んで怒り出す。


「なに持ってんだよ、ま~す~ず~!!」

「ごめんね~、でも結構似合ってたよ~」


 瑞希の勢いに押され、のけぞり過ぎたせいか、姿勢が崩れてベッドに倒れる。瑞希も引っ張られる形で私の上に倒れた。


 うわっ。


 目と目がまともにぶつかり合う。

 ど、どうしよう……

 焦る気持ちで動こうとしたものの、まるで時間が止まったかのように、固まって動けない。

 胸の鼓動がやけに早く、強く聞こえてくる。

 瑞希も驚いた様子で、白い頬を赤く染めている。私の頬も多分同じだ…。



「この前の返事、まだ貰ってないんだけど」



 沈黙を破るかのような瑞希の言葉を耳にし、顔の火照りも高鳴る胸の音も一瞬でどこかへ消えた。


『オレ、真紗が、好きだよ』


 観覧車の中で聞いた言葉が蘇る。止まっていた時が今、動き出してしまったようだ。


 思い違いをしていた。


 私は、自分の気持ちにずっと蓋をしていたからか、なぜか瑞希の気持ちにまで蓋がされていた気でいたんだ。

 それが間違いだったと今ようやく気づく。


「好きの意味、わかってる?」


 瑞希の左右の手のひらが私の頬を包み込むようにして触れ、そのまま、瑞希の顔がゆっくりと近づいてくる。

 お互いの前髪が優しく触れ合い出した。


 どうしよう。


 戸惑う気持ちは一瞬で、なぜか人ごとのような感覚のままで。


 瑞希の表情を冷静に眺めている自分がいる。

 私を見つめる真剣な眼差しとは裏腹に、口元は少しはにかんでいる。

 このまま瑞希が何をするつもりなのか、なんとなく分かっている筈なのに、なぜか私はじっとしたまま、ぼんやりと瑞希を見つめていた。


 瑞希の赤みのある綺麗な唇が、少しずつ、少しずつ近づき、躊躇いがちに私の唇に触れてきた。

 そのまま強く押し当てられる。勢いで頭がベッドに軽く沈む。


 これ、ファーストキスなんだけど、な。


 初めてのキスは何の味もしてこない。

 ただただ、瑞希の匂いがする。


 こんな状況にも関わらず、なぜか私の心は恐ろしく落ち着いていた。今朝はバームを塗っていたから唇は荒れてないよね、なんて事を呑気に考え、ふと嫌な事に気付く。


 私は、これが終わると答えを出さなくてはいけない。

 このキスは、私に与えられた執行猶予の時間だ。


「んっ…」


 瑞希の唇が少し離れた。


 僅かな間の後、再び私の唇は塞がれる。

 私の頬を包む手に力が入り、火傷した顎骨に当たって少し痛い。


 真剣な瑞希に、私も真剣に答えないといけない。

 蓋をしている場合では無かったと今更ながらに後悔する。

 考える時間が圧倒的に足りない……。


 答えは出ないまま、瑞希の顔は離れた。

 時間切れだ。


「オレの気持ち、分かってる?」

「わかってる…」


 ここまでされて、分からない訳がなかった。

 

 分からないのは、私の方だ。


 私は瑞希と、どうしたいの?

 あの日蓋をした質問の答えは、まだ見つからない。


 瑞希の隣で笑っていたくて。でも、瑞希の隣にいるのは辛くて。一緒に居たいけれど、一緒には居たくない…。


 ぐるぐる回るばかりだ。


「瑞希の気持ちはとてもよく分かる……のに…、どうして!…私の方がちっとも分かんないよっ……」


 思わず叫んでしまった。


 私の頬から手を離し、瑞希が気まずそうに俯く。

 伏せられた睫毛がとても悲しそうだ。


「……そっか」


 瑞希はそれだけ言うと、身体を起こし私から離れた。



 いつもふわりと柔らかく優しげに笑ってくれる瑞希が、今日はずっと悲しそうで苦しそうで、それが私のせいだと思うとなんだか切なくなって来て。


 自分でも分からないうちに自分の口が微かに動いて、はっとして私は目を見開いてしまった。


 慌てて瑞希から背けるように体を起こして下を向く。


 ああ、可笑しい。


 慌てて、声が漏れないよう緩む口元に手を当てる。

 身体が小刻みに震える。

 急に笑えてきて、止まらなくなってきた。


 ああ駄目だ。

 可笑しくて堪らない。


 ああ、今気付いた。


 私は、自分に自信がないだけで。


 私は―――





 瑞希の事、最初からずっと、好きだったんだ。








「勝手なことして、ごめん」


 瑞希がぽつりと呟いた。

 笑い出したくなるのをなんとか押さえて向き直る。


 悲しげに俯いたままの瑞希を見て、ふと、いつものふんわり笑顔が見たくなった。


 笑って欲しくて。


 瑞希の垂れ下がった柔らかな前髪をかきあげた。

 相変わらず端正な顔をしているのだけれど、ちっとも笑っていないのが残念で。


 こちらを向いた瑞希の唇に、今度は私の方からそっと唇をくっつけてみた。


 沈んだ瑞希の顔が、キョトンとしだして、それがまた可笑しくて私は笑いを堪えるのに必死だ。



「これでおあいこ!」



 表情がゆるむ。柔らかな笑顔になった私に釣られたのか、瑞希もいつしかふわりと微笑んでいた。








まだ終わりでは無いです…。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ