14 素敵な魔法
目が覚めた。
時計を見ると6時過ぎ。真琴はもう家にはいない。
普段より30分以上早い朝。2度寝しようかと思ったけれど、なんだか眠れなかった。
洗面所に向かう。
『君は、自分で思っているよりずっと、可愛い子だよ』
華岡さんの言葉が脳内で何度も繰り返される。
鏡に映る自分の姿を何度も眺めてみる。
……
うーん。自分で思っている通りの子にしか見えません…
ぼさぼさの髪。相変わらずのぼーっとした顔。
顔をバシャバシャ洗いながら、華岡さんの言葉もバシャバシャ洗い流してみる。
『可愛い子だよ』
甘い笑顔と声が強すぎて、全然流れてくれない…。
あなた位だよ、そんなこと言ってくれる人は。逆は散々言われたけどさあ。
お世辞なんだろうけれど。本気にしたらダメなんだろうけれど、余りに魅惑的な言葉過ぎて、頭から全然離れてくれない…。
ふと、ラックが目に留まる。
…勝手に使ったら怒るかな?
そっと、上から三段目の引き出しに手をかけた。
◆ ◇ ◇ ◇
普段よりも30分以上早く起きた私は、普段よりもずっと早く家を出る事が出来た。
瑞希の姿はない。
カバンの中には、華岡さんに貰ったハンカチが入っている。
可愛いハンカチ。
なんとなく口元に笑みが浮かぶ。不思議と、可愛いものを手にしているだけで、心が浮かれてしまうようだ。
ゆとりを持って歩く駅までの道のりは、なぜだか空気が爽やかに感じる。光を感じる。
そのままにこやかな顔をして、足取り軽く教室に入ると、ゆかりと香奈の姿が見えた。
「おっはよー、真紗!」
「今日早いねー、どうしたの?」
いつも遅刻ギリギリの私が、余裕で教室に入る姿が珍しいようだ。2人が驚いた顔をしている。
「ん?」
ゆかりが目ざとく私の髪に目線を配る。
「……真紗、アイロン当てたの?その髪」
どきりとする。試しに頑張ってみたんだけど、綺麗になってるかな…
普段の膨らんだ髪と比べると、まるでストレートパーマを当てたみたいにさらりとしていて、自分でも上手く行ったかなーと思っているんだけど…
ゆかりが私の髪を一房、つまみ上げて溜め息をついた。
「オーケイ、真紗。今日の放課後は駅前のモールね。初心者向きのを買いに行きましょう」
ゆかりに髪を上げられて露わになった顎骨には、軽い火傷の跡が出来ていた…。
「あんた、不器用なんだから欲張らず、ストレート専用のやつ買いなさい!」
モール内にある電気屋で、ゆかりが真剣な目をしている。
香奈は、いつの間にかパソコンコーナーへと消えて行った。
「あはは…」
どうやら真琴が持っているヘアアイロンは、カールとストレートの両方作れる2Wayタイプの物で、これは外側も含め全体が熱くなるのだが、ストレート専用の物だと髪に当たる部分だけ熱が入るので、外側は熱くならないようだ。
こちらの方が断然お肌に優しそうです…。
お手頃なお値段のヘアアイロンを手に取る。
真琴にいつまでも借り続ける訳にもいかないしね。
バレたらコワい。
「ゆかり、ありがとう」
「なに言ってんの、後で化粧品コーナーも付き合って貰うわよ」
ああそちらが本命か。
手早くお会計を済ませると、渋る香奈を引きずり、華岡さんのいる所まで私たちは向かうのだった。
◇ ◆ ◇ ◇
「いらっしゃいませ」
華岡さんが、相変わらずの甘い笑顔で私達を出迎えてくれた。
どきりとして思わず髪に手を当てる。
「真紗ちゃん、その髪、綺麗だね」
細かい所に気がつくのも、すかさず褒めてくれるのも、相変わらずだ。この人は本当に口がお上手だ。
でも悪い気はしない。
「華岡さんって…さらりと言いますよね…そういう事」
感心してちらりと目を遣ると苦笑された。
「魔法の言葉だからね」
「え?」
「可愛い、って、女の子を可愛くする魔法の言葉だからね、惜しまない事にしてる」
そう言いながら、甘い流し目で私達をちらりと見つめてくる。
華岡さん、ほんと、あなたのその目反則だから…
ゆかりが今にも倒れそう。
「ほら、花を育てる時ってさ、沢山褒めると良いっていうだろ。あれと同じだと僕は思うんだ。可愛い、って沢山言えば、可愛くなってくれるんだよ」
ヘアアイロンを当てた髪を、軽く触る。
むう、私、踊らされてるみたい?
まあ…悪くはないけど…
「あ、これ、お借りしていたハンカチです。ありがとうございました!」
「ああ、ありがとう」
私が返したハンカチを受け取ると同時に、一枚のメモを手のひらに差し込んできた。
軽くウインクする華岡さん。2人には内緒のようだ。
ちらりとメモに目をやると、携帯のアドレスが書かれていた。
◇ ◇ ◆ ◇
「真紗」
振り返ると瑞希がいた。
渋い顔をしている。
玄関のドアを開けようとした手が止まる。
「どうしたの?」
カバンの中のハンカチが効いているのか、笑顔のまま瑞希に返事をする。
あのハンカチは魔法のハンカチなのかも知れない。
可愛いのはハンカチなのだけど、それをこっそり持っている自分も可愛いような錯覚を起こせる。
「嬉しそうだね」
浮かれた私とは対照的に、瑞希は不機嫌な様子だ。
冷水を浴びせられたような気がして、私の顔から笑顔が消えた。
「昨日のデート、そんなに楽しかったの?」
「え?デートなんてしてないよ?」
「華岡の兄さんとずっと…一緒に居たじゃないか」
「あれ、見てたの?」
私が瑞希に気付いたのは駅のホームだったけれど、街を歩いていた時、瑞希達も近くにいたの…?
「あれはデートじゃないよ。一緒に喫茶店でお話して、雑貨屋さん見て回っただけだし」
って、あれ?他人からしたらデートに見えるの?
なにか違うと思うんだけど。
「華岡さんは大人だし…兄と妹みたいな感覚じゃない?」
「どうだろね」
相変わらず憮然とした表情のままの瑞希。
今日はモールで寄り道をしたのに、なぜこの時間に瑞希がいるのだろう、とふと気になった。
「かっこいい人だよね」
ぽつりと瑞希が呟く。
「うん、素敵な人だね。かっこいいね」
自分で話題を振ったにも関わらず、そう言ったきり、瑞希は不機嫌なまま黙り出した。
不意に、昨日の瑞希とみちるさんの姿を思い出す。
素敵なカップルに見えた2人…。
「瑞希だって昨日みちるさんと一緒にいたじゃない」
「……っ!あ、あれは…」
急に動揺しだす瑞希。なにか、もにょもにょ言っているけれど、無視して家の中に入った。
ふん、瑞希だって人の事言えない癖に!
私、別になーんにも、やましい事してないんだからねっ!
部屋に入ると、私はスマホと、華岡さんに貰ったメモをそっと取り出した。




