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12 甘い誘惑


「はあ…」


ベッドに寝転がり、天井を眺めながら、本日もう何度目か分からない溜息をついた。

あの日からまだ、真紗(ますず)の返事は来ない。


「我ながらタイミング悪かったよなあ…」


意を決して告白をしてみたはいいものの、本題に入る前に時間をかけ過ぎたせいで、真紗の返事を聞く前に観覧車は地面へと到着してしまった。見知らぬ人が沢山いる前ではもう、何も聞けないし真紗も何も言ってこない。


しかもその後、なぜか華岡さんが出てくるし。ちょっと目を離した隙に真紗とはぐれてしまうし。


それに…。


「華岡さんのお兄さんなんて出てくるしな…」


パーク内を必死で探しまくり、やっと見つけた時、真紗の隣には知らない男が座っていた。あれはかなり焦った。


あの日の真紗は普段よりずっと可愛かった。最初は、オレに会うために可愛くしてくれたのかなと思い、少々浮かれていたけれど、すぐに気持ちが切り替わった。


一人にしてはいけない。


誰か知らない男に声をかけられるかも知れない、なんてずっと不安に思っていたから、最後の最後で目を離したことを凄く後悔した。


結局、ナンパではなくてホッとしたものの…なんだか2人の間に漂っていた妙な空気に嫌な予感がする。


「カッコいい人だったな」


大人の余裕を漂わせたあの人を思い出し、少々むっとする。

打ち消すように、真紗の事を考える。


あれから、朝、出会っても何も言ってこないのは、人目があるからだろうか。

夜、いつもみたいに窓越しで伝えに来てくれてもいいのに、何も言ってこないのは、真琴の目があるからだろうか。


…。


もしかして、真紗にちゃんと伝わっていないんだろうか。

真剣に言ったつもりだし、冗談ぽく聞こえていない筈だと思う…けれど。

話の流れ的に、『幼なじみとして好き』って言った様に思われてるかも…?


「ふう…」


こうして、まだまだ幾度となく部屋に溜息は漏れ続けるのだった。




     ◆ ◇ ◇ ◇




あの日から、早、1週間近くが過ぎていた。


あれから特に変わらず、今まで通りの毎日を過ごしている。

観覧車での出来事は、テストの結果と同様に、蓋をしたままだ。

瑞希は何も言わない。

それに甘えて、私も何も言わないでいる。


早く何か言わないと、いけないんだろうけれど…


「もう既に手遅れな気もする…」


2段ベッドの上段にごろりと転がり、溜息をついた。

真琴は部活がまた始まったようで、今日も帰りは遅いのだろう。


「はあ……」


待ち合わせの時の、絵画のように綺麗だった瑞希の姿と。女子に絡まれた中学時代の出来事と。日々ヒソヒソ聞こえてくる声と、真琴の言葉が混ざり合って。

マーブル模様のようにグルグル回って見える。


『可愛いね』


不意に華岡さんの姿が浮かんだ。


耳に手を当てる。あんな事言って貰ったのは初めてかも。

甘い声がまだ響いてくるようだ。


「ん~…なにやってんだろう、私」



瑞希の隣で微笑む綺麗な女の子の夢を見た。

彼女は私に、可憐な両手を広げてくれた。




     ◇ ◆ ◇ ◇




学校が終わり、駅へと向かうと、そこには見知った人が立っていた。

華岡諒さんだ。

ゆかりのテンションが明らかに上がる。

「あ、あの人よあの人、こないだのBAさん!今日はお休みなのかしら…」

ショップの制服姿ではなく、私服で改札の前に立っている。

挨拶をするべきか迷いながら彼の近くまで来た時、逆に声を掛けられてしまった。

「真紗ちゃん、こんにちは」

相変わらずの甘い笑顔、甘いテノールの声だ。

私に声を掛けてきた事に対して、何か突っ込まれるかな…と思い振り返ってゆかりを見たら、既に華岡さんを見つめて呆けていた。


「この後、暇だったらちょっと、付き合ってくれない?」


「私、とっても暇してます、いくらでも付き合えます!」


すかさず前に出るゆかり。感心するくらい行動的だなぁ。

華岡さんは、そんなゆかりににっこりと笑いかけ、やんわりと、しかし確固たる意志を感じさせる口調でさらりとあしらった。


「いや、今日は、真紗ちゃんに用事があるんだ。ゆかりちゃんごめんね」


断られたものの名前を呼んで貰えたせいか、ゆかりは満更でもない様子だ。空気を読んだ香奈に手を引かれ、改札を(くぐ)る。

てか、私に用事?


……


あああああ


「思い出しました!」


泣いてた私に貸してくれた、あのハンカチ…

そういえば持って帰ってしまっていた…


帰宅途中で気が付いて、カバンに入れて持って帰ってから。

今の今まですっかり忘れてたっ!


「すみません、ハンカチですよね、まだ洗えてないんです、まだカバンに入ったままで…」

「ハンカチ?ああそういや渡したままだったね」

「今日、帰ったら即洗いますので、明日にはきっと…」


焦ってアワアワしだす私を見て、華岡さんがくすりと笑い出す。


「いや、いいよ。ハンカチはあげるよ」

「え、でも…」

「今日の用事っていうのはハンカチじゃないんだ。僕の趣味なんだけどねこれ、君を…」



「君をもっと、可愛くしたいなって思ってさ」


甘く囁く華岡さんの言葉に、私は思わずぐらりとなった。





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