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11 風に吹かれて



観覧車から出て、園の出口へ向かおうとすると、人の波が襲ってきた。

パレードを見るために場所取りに向かう人がぞろぞろ、歩き回っているようだ。

瑞希とはぐれそうで、思わず後ろを振り返って手を握りたくなったけれど、さっきの言葉が木霊して、後ろを向くことが出来なかった。

俯いたまま先を歩く。


突然、強い風が吹いた。

真琴に借りたラフィアハットが宙を舞う。


やばいっ。


『ちょっと、無くさないでよ!!』


怖い顔をして睨み付ける真琴の姿がぱっと浮かび上がり、慌てて人の群れの中へと飛び込んでいった。


帽子、帽子!


また風が吹く。先程まで穏やかだった空の様子が急に変わる。

雲が出てきたようだ。


追いついたと思った所で風がまた吹いたせいか、掴みかけた帽子はするりと私の手を離れて行った。

焦る心で私は、夢中で帽子を追いかける。


真紗(ますず)!」


瑞希の声が遠くで聞こえたような気がしたけれど、私の意識は完全に、真琴に借りた帽子へと向かっていた。


人混みをかき分ける。背の低い私は高い所にある帽子まで手が届かない。

周囲の沢山の人達に、阻まれたように、手が届かない。


ふと瑞希を思い出し振り返ったけれど、人に囲まれて何も見えない。再び前方を向くと、今度は帽子も見失っていた。


「あーーーやっちゃったぁ………」


ぼーっと空を見上げると、私の手を引く誰かの腕があった。




     ◆ ◇ ◇ ◇




私は華岡みちる。高校一年生。

名門校と呼ばれる貴翔学園に通っている。

私はどうやら見た目が良いらしく、中学の頃から沢山の男の子に告白された。

でも、誰にもときめく事が出来ず、誰に対してもお断りをし続けた。


そんな私が高校に入学して、一人の先輩を好きになってしまった。

倉瀬瑞希先輩。

先輩は、こんな私がすっかり霞んでしまうような綺麗な顔をしているのだけれど、最初は特に興味はなかった。でも、ある日ふと見たふわりとした笑顔に、一発で恋に落ちてしまった。

学校だと騒がれるかと思い、中学が同じだという子に家を聞いて、勇気を出して告白しに行ってみた。


結果は惨敗。

好きな子がいるからって言われちゃった。


先輩と同じ中学の子が言うには、仲の良い幼なじみがいるようで、でも今は疎遠らしいという話だったのだけれど。

どんな子だろう。

堀浦真紗。名前も聞いて知っている。

可愛い子なのかな。

気になって気になって、気づいたら友達を連れてまた、家の近くまで行ってみた。

先輩と、知らない女の子が立っていた。

ぱっとしない子。

特別可愛いわけではなく、どこにでもいるような、普通の子。

友達が詰め寄ったら、すぐにどこかへ行った。


あの子なの?


先輩もすぐに帰ってしまい、ぼんやりしていると、また別の女の子がやってきた。

この子も先輩の幼なじみだと言う。


真紗はこの子なの?


分からないけれど、一つだけ解るのは、先輩の事が諦めきれないという事。


家で毎日、ぼんやりとしていたら、兄に声を掛けられた。

10離れている兄は、私の保護者みたいに思っている節がある。

先輩の事を打ち明けた。

私の頭を子どもみたいに撫で、わざわざお仕事をお休みして遊園地へ連れて行ってくれた。

そうして、ここ数日のモヤモヤを吹き飛ばすように楽しんでいたら。


いた。


先輩が目の前に。


女の子を連れて。


帽子に隠れて顔がよく見えない。この間見かけた、どちらの子なのかよく分からない。


女の子の帽子が飛び、先輩から離れた瞬間、思わず私は先輩の腕を掴んでいた。


「――――?華岡さん?」

「先輩―――偶然ですね、こんなところで会うなんて」



掴んだこの手を、放したくない、そう強く思ってしまった。




     ◇ ◆ ◇ ◇




どこか見覚えのある男の人が立っていた。

掴まれた腕が痛い。

「ごめんごめん、痛かった?」

テノールの甘い声を響かせ、その人が私の腕から手を離す。

そしてもう片方の手を私の方へと差し出した。

「呼びかけたんだけど、聞こえていないみたいだったから…これ、君の帽子かな?」

麦わら色に、黒のリボンが付いたラフィアハット。

見失ったはずの帽子がそこにあった。

「あ…これ、私のです!ありがとうございます…」

お礼を言って見上げると、その人は、甘やかな目元を細めて訝しげに私を見下ろす。


「どうしたの…泣いてるよ」


え………


頬に手を当てると、ぬるりとした感触が指先を伝う。

自分でも気付かないうちに、涙がぼろぼろ、零れてしまっていたようだ。


「ちょっと落ち着こうか」


瑞希を探さないといけない。


でも今は顔を見せる事が出来ない。

ベンチへと誘導され、そのまま私はついていった。



「これ、使ってね」

男性が私にそっとハンカチを差し出してくれた。

甘い香りが微かに漂ってくる。

「すみません、あの…」

よく考えると名前も知らない。全くの他人に、何して貰ってるんだろう私は。

焦っているうちに何時しか、涙は止まっていた。

「君、もしかしてこの間の子?」

「え?」

「僕、駅前のモールでBAやってる、華岡諒(はなおかりょう)です」

余裕たっぷりの笑顔で私の目の前にいたのは、ゆかりの目をハートにさせた、化粧品ショップのイケメン店員さんだった。



「最初、分からなかったよ、僕としたことが」

風はすっかり勢いがなくなり、雲もまた何処かへと消えた。

「メイクして貰った訳でもないし、数居る客の一人なんて、覚えてるわけないですよ」

「これでも仕事柄、人の顔や名前は、一発で覚えるようにしてるんだ」

そう言いながら華岡さんは、にこやかに笑い私を見つめる。

肩が竦む。見られてなんだか居心地が悪い。


「真紗ちゃんだっけ、友達がそう呼んでいたね」

「そうです…」

「この前と雰囲気がだいぶ違うから、すぐに気付けなかったのかな」


そう言って華岡さんは、漆黒の髪をさらりと掻き上げた。

本日の装い、真琴プロデュースは意外とちゃんと変身出来ていたのだろうか。

なぜか、じろじろと私を見回している。


「今日は可愛いね、彼氏とデートだから?」


思わずどきん、とした。

「か、彼氏じゃないです…幼なじみと遊びに来ただけで…」

胸が高鳴る。

「それに私…可愛くも無いんです……」

待ち合わせの時の瑞希の姿を思い出す。今日の私なんて本当にたいした事がない…。

今朝の沈んだ気持ちがぶり返してきた。


「そんな事ないよ、今の君は十分、可愛いと思うよ」

華岡さんの甘やかな笑みを受け、ちょっとドキドキしてしまう。

瑞希ほどではないけれど、この人、本当にカッコいいな…

ゆかりが落ちたのも分かる気がする。

こんな人に可愛いと言われて、お世辞だと分かっていても、なんだか嬉しくなってしまった。

「……ありがとうございます……」


そういえば瑞希は、私の格好を見ても何も言わなかったなぁ…


「幼なじみ君と何かあったの?…泣いていたのは」

華岡さんが核心を突く。自然と表情が固まり、その様子が肯定に見えたのだろう、更に問いてくる。


「失恋でもしたの…?」


意外な言葉を聞いて、固まった表情が少し緩む。

よくよく考えてみると、男の子と一緒に歩いていた泣いている女の子というものは、一般的にはそう見えるのかも知れない。


失恋か。


その方が余程すっきりした気分でいられたかも知れない。自分の気持ちが中途半端で(たま)らなくもどかしい。


「いえ…ちょっと自分が嫌になっちゃって、私…」


瑞希と、どうしたいのか、答えが見つからないままで。まるで迷路に迷い込んでしまったようだ。



はっ


「そういえば瑞希、どこだろ…探してるかな」

「幼なじみ君?」

「すみません、もう大丈夫なので行きますね。ありがとうございました、では!」


華岡さんに感謝して、その場を去ろうとした丁度その時。


「真紗…」


探すまでもなく、目の前に、探し人が立っていた。





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