10 観覧車の中で、君と
観覧車は線香花火となんだか似ている。
最後の締めくくり的存在。
遊園地に行く時はいつも、観覧車は一番最後に乗ると私は決めている。
楽しかった一日を振り返るように。
「高いところは大丈夫?」
乗り込んでから聞いてみた。もう遅いのだけど、一応。
「今更っ。コースター散々連れまわしといてそれ言う?」
「あは、確かにっ」
観覧車はゆっくりと回る。頂上へと少しづつ上がっていく。
少し横長の座席が左右に配置され、私と瑞希は向かい合わせになって座る。
一日の終わりのしんみりとした空気と、朝から少しずつ貯まり続けていた疲労が同時にやってきて、なんだかお互い、そのまま黙り込んでしまう。
真正面に座った瑞希の目が、不意に真剣味を帯びたものに変わった。
ついさっきまで私に見せていたふんわり笑顔は、いつの間にか跡形もなく消えていた。
目を逸らしたくて立ち上がる。
もうすぐ頂上。外の景色を眺めようとしても不自然ではない筈。パーク内が一望出来る素晴らしい眺めに夕日が覆うように彩り、誤魔化して眺め始めた事を思わず忘れ見惚れる程、素敵な光景が広がっている。
「綺麗……」
背後にそっと瑞希が近づく。素敵な光景だった筈の景色が急に色褪せ、私の目には観覧車の曇った窓がくっきりと映りだす。
「綺麗だね…」
私の耳元で囁く瑞希の声が頭にガンガンと響く。瑞希の右の手のひらが観覧車の窓にかけられている。
もう私は後ろを向く事が出来ない。
瑞希の吐息の余韻が耳に残る。
「真紗」
再び吐きかけられる息。思わず、髪を触る振りをして右の耳に手を添える。
「今日は楽しかったよ」
私もとても楽しかった。最初は気が重かったけれど、途中からすっかり忘れて、幼い頃のように笑うことが出来た。
「オレ、今日は嬉しかったんだ、真紗がここに誘ってくれて」
窓に写る瑞希の顔は笑っていない。いつもなら、ふわりとした笑顔を浮かべている筈なのに、まるで笑っていない。
「ずっと一緒にいたのに、中学の頃から急に真紗に避けられるようになっただろ。嫌われるような事何かしたかなって、ずっと気になってたんだ」
「瑞希を嫌ってた訳じゃない…」
思わず口から言葉が零れ出た。はっきりと言える、私は瑞希が嫌いなんかじゃなかった。
ずっと、一緒に居たくなかったのは、瑞希が嫌いだからではなかった。
嫌っていたのは瑞希じゃなかったんだ。
私はずっと、ずっと。
瑞希にコンプレックスを感じている、自分が嫌で。
こんな自分が大嫌いで。
だから一緒に居たくなくて…。
濁った窓の向こうに笑顔は戻らない。
「オレさ、真紗に誘って貰えてさ、小さな頃…一緒に居たあの頃に戻れたようで、嬉しかったんだ」
私だって戻りたい。
瑞希の隣に自然に居られた幼いあの頃に戻りたい。
でも戻り方が今の私には見つからない。
間が開く。
地面まで後、恐らく4分の1以下の距離。
瑞希の眼差しはまだ、真っ直ぐなままだ。
「真紗」
私はどうしたいんだろう。
答えが見つからない。
瑞希と一緒に居たくて。
でも瑞希と一緒には、居たくなくて。
反対の答えが同時に浮かんでくる。
答えを見つけたくなって、思わず振り返る。
真剣な瑞希の瞳がダイレクトに目に映る。いつものふんわり笑顔はどこにも見当たらない。
形の良い口元が再び開く。気のせいか微かに震えて見える。
「オレ、真紗が……好きだよ」
瑞希の強い眼差しに射抜かれたように目が逸らせない。
いつものふんわりとした優しげな声とは全然違う、力強い声が耳に残る。
恐らく数秒程度の微妙な間。
その時、ガチャリ、と音がした。係員が側へとやってくる。
ようやく、観覧車のドアが開き、外の空気が私達の間へと流れ込んできたのだった。




