温泉へ行こう! その3
「で、どうすんだこれ?」
「え? 普通に一緒に入りたいんですけど……ダメなんですか?」
「いや、ダメだろ」
まさかのタオル厳禁に、途方にくれる俺……と、なんでダメなの? と、きょとんとする二菜。
おい、ちらちらとこっちを見てくるな、答えなんてわかってんだろ。
「二菜だけで入ってこいよ、楽しみにしてたんだろ?」
「ええー……でも、それだと先輩が……」
「いや、俺は外でマッサージチェアでも座って待ってるからさ」
最近、物凄い肩凝ってんだよね。
とくにこの春あたりから、肩が重くて重くて……ははっ、ストレスかな?
マッサージチェアを使うなんてなかなか出来ないし、ちょうどいい機会だ。
別に、誰かさんのせいで疲れてるとかないぞ? ほんとだぞ??
と、思っていたのだが。
「だ、ダメですダメです! 先輩と混浴、すっごい楽しみにしてたんですよ私!?」
「とは言ってもお前、流石にこれはダメだって」
「ま、まぁ、たしかにちょっと、恥ずかしいですけど……先輩ですし……」
ぽっと頬を桜色に染めた二菜が、視線をうろうろと彷徨わせながら、ちらちらとこちらを見上げる姿がなんていうかその。
ああもう、ほんと可愛いなぁこいつ!
その上目遣いとかお前、わかっててやってんだろ! お前……そうやって見上げられるの、俺が好きな仕草だって、わかっててやってんだろ!
あざとい! さすが天音二菜あざとい!!
「あ! そうです、背中あわせ! 背中あわせで入ればいいんですよ!」
いい事考えました! と言わんばかりに瞳を輝かせてこちらを見上げる連続コンボ!
……あまりのあざとさに頭がクラクラしているところに、さらにあざとさを積み重ねるのはやめてもらえません? マジで、マジで。
というか、背中あわせでも結局は二人とも裸なのには変わらないんだけど……。
「これなら、私は恥ずかしくないと思うんです……うん、恥ずかしくない! よし! 入りましょう先輩!!」
「えー……お前がいいって言うならいいけどさぁ……先に俺が入って、お前が後から入る、なら大丈夫か……?」
「うーん……私としては、先に入りたいんですけど」
「それだとお前がモロに目に入るだろ、ダメだダメだ」
「えーっ、なんでですかー?」
なんでですかも何も、どう考えてもダメだろ……。
「先輩はちょっとお固すぎると思うんです! もっと臨機応変に行きましょうよぉ!」
「俺はなんでそこまで必死に一緒に入りたがるのかがわからんよ」
「えー……先輩がついついムラっときて既成事実的な?」
「おしおきデコピン!」
「あいたー!? なんか最近、ほんと酷くないですか先輩!?」
「酷くない! いいか、俺が入ったらちょっと待てよ!」
「ぶー……はぁい……」
ほんと、ちょっと甘い顔見せるとすぐ調子に乗るんだからなぁ、こいつは。
* * *
脱衣場で浴衣を脱ぎ入ったそこは、なるほど家族風呂、といった感じの空間だった。
ただ、風景が物凄い絶景で……これは凄い!!
秋も深まり、赤く色づいた山を見ながらの温泉、これはとてもいいものだ。
「はあーっ……めっちゃ気持ちいい……!」
今日一日でかなり体の疲れが取れた気がする。
やっぱり温泉はいい……これから帰らないといけないのかと思うと、憂鬱になってくる。
あー、一泊くらいしたいなぁ、一人なら一泊して帰るのになぁ。
流石に二菜を連れて一泊はちょっと……なぁ?
……先に二菜を一人で帰らせるか?
いやいや、それはもっとダメだろ。
うーん、さすがに諦めるか……次は絶対一人で来よう、そうしよう。
そんな風に考えていると、背後でからから、と引き戸が開いた音がし……。
続いて、ぺたぺた、と足音が聞こえてきた。
……あ、ヤバイ、めっちゃ緊張してきた。
すぐ後ろに、何も着ていない二菜がいる、と思っただけで落ち着かない気分になるんだから、まだまだ修行が足りない。
そうだ、こんな時は素数……では心もとない、やはり般若心経だ、般若心経に限る。
観自在菩薩・行深般若波羅蜜多時……
うむ、やはり般若心経はいい、すーっと心が落ち着いていくのを感じる。
世の男子諸君も、般若心経を唱えるといいよ、マジで。
「ふぅ……先輩、お待たせしました」
「……なんでお前、俺の背中にくっついてんの?」
「くふふー! 背中合わせに入る、とはいいましたが、背中をくっつけないとは言ってませんしー♡」
こいつ……!
最初からこのつもりだったな!? おのれ二菜め!
俺が悟りを開いていなければ危ない所だった!
「はー……気持ちいいですねぇ先輩……」
「そうだなぁ……」
「足伸ばしてお風呂に入れるのがいいところですよね」
「わかるわかる、やっぱ部屋の風呂だとなかなかなー」
そうだったそうだった、元々は足を伸ばしてのんびり風呂に入りたくて、温泉に行きたかったんだ。
「もうちょっと、お風呂が広いといいんですけどねぇ」
「間取り的にも仕方ないだろそれは……もっと広い部屋でないと」
「1LDKですからねー」
「高校生の一人暮らしには広すぎる部屋なんだけどな」
「ですよねー」
LDKがついてる部屋なんて、下手したら大学生でもなかなか住めないんじゃないだろうか。
だいたいワンルームだよね、ワンルーム。
そしてIHつき! といいつつ置いてあるのは電熱コンロなやつ。
お湯もわかねーよ! っていう代物、いいよね……!
「先輩先輩、次借りる部屋は広いお風呂付で探しましょうね!」
「うんうん……うん?」
「くふふー! 一緒に不動産屋さんめぐりするの、楽しみですねー!」
「ちょっと待て、なんでお前と一緒に生活する前提なの?」
「え? しないんですか?」
「脳内で慎重な検討を重ねました結果、大変恐縮ですが、今回はお取引きを見送らせていただくこととなりました」
「もー! なんでですかー!!」
まぁ、将来的に一緒に生活……はすることになりそうな気はするんだけどなぁ……今は早い、あまりにも早すぎる。
せめて、二人とも高校を卒業するくらいまでは、我慢してもらいたいものである。
「おい二菜」
「はい、なんですか?」
「もたれかかりすぎ、重い」
「くふふ! それも愛の重さってやつなんですよ!」
「お前の愛が重すぎて潰れそうです」
「全校生徒の前で公開告白した先輩に言われたくないです」
「事あるごとにそれを持ち出すのやめてください……死んでしまいます……」
恥ずかしい……マジで恥ずかしい!
あれから、音琴を中心にあのネタで弄られるんで本当に勘弁して欲しい……。
「先輩、好きです、大好きです!」
「俺も好きだぞ」
「もー! 軽い! あまりにも軽いです愛の重みを感じません!」
「どうしろと……」
「こう、後ろから抱きしめるくらいしてもいいと思うんです!」
「遠慮させていただきます」
「じゃあ、私から……」
「絶対すんなよ!?」
お前、今裸なんだからな!?
「くふふー、照れちゃって……あれ?」
「ん、どした?」
「なんか……暗くなってきた気が……」
「ほんとだな、さっきまであんな明るかったのに……」
まさか雨とか……降らないだろうな。
まさかね?





