俺の一番大切な人だ
司会の女子生徒の軽妙なトークを交えつつ、タイムスケジュールは粛々と進行していく。
すでに、俺の前の5人のアピールタイムが終わり、現在は6人目。
いよいよ俺の出番が近づいていた……にも関わらず、未だに俺はガッチガチに緊張していた。
先程、あんなに自信満々に出て来たくせにこれだ。
腕を組み、問題ありませんよーという態度をしているが、もう心臓が物凄いバクバク言っているわけで。
そもそも、俺はこんな人前に立つような人間ではない。
そこを無理して参加したせいで、もう、俺の頭は真っ白である。
(ヤバイどうしようどうする? 何を話す? 何を話せばウケるんだ? えっ、俺誰だっけ?)
「――はい、ありがとうございました! それでは次に行きましょう!」
き、来た、俺の出番だ……!
「誰も予想していなかった予選順位まさかの第三位! はい、彼については、気になっている方も多いのではないでしょうか!」
おお、俺なんて気にしてくれてる人いんの?
どっちかっていうと、俺モブよりのキャラよ? 背景で机に突っ伏してるキャラよ?
休み時間はいつも寝てますーみたいなキャラよ? まぁほんとに寝てること多いけどな!
司会の子がやたらと俺を持ち上げてくれるのは嬉しいね……。
「昨日、突如として学園に現れたイケメンとして話題! 2年! 藤代一雪さんどうぞー!! って怖っ! 顔怖いですよ!? これは人の一人や二人、殺ってますね!」
「殺ってねぇよ!?」
え、俺今そんな凄い表情してんの? 鏡ないからわかんないけど……。
焦ってついあたりを見渡すと、二菜の姿が目に入った。
じっと見てみると、眉間の辺りを押さえながらぴょんぴょん飛び跳ねて……何やってんだあいつ?
口パクでええと……え、が、お、えがお?
そして最後ににへらと笑って、俺を見た。
笑顔、笑顔か。
それにしてもあいつ……くくっ、なんだよあのジェスチャー。
その飛び跳ねる仕草になんの意味があったんだ?
「ぷっ……くくっ」
「お、どうしました藤代さん?」
「いえ、なんでもないです……2年、藤代一雪です、よろしくお願いします」
「お……おお?」
二菜のおかげで、すっと体が軽くなった気がした。
全く、あいつのあの見慣れた、へらっとした笑顔は何か、変な癒し効果でもあるのかね?
ん? なんだ、司会の子が顔を赤くして……。
「おー! なんですかその笑顔! さっきまで人を何人か殺してそうな凶悪な顔だったのに!」
「ちょっと待ってください、さっきまでの俺、どんな顔してたんです?」
「藤代さん、その笑顔に一目で惚れました、私と付き合ってください」
「何言ってんのあんた!?」
突然の告白に、ステージの熱気が一段上がった気がした。
そしてステージ脇からは、二菜の無言のプレッシャーが飛んでくる。
おいおい、俺のせいじゃないだろ、俺に怒られても困るぞ。
そしてステージ上の大画面には現在、俺の顔がアップで映っており……。
「お、お、藤代さん、顔真っ赤じゃないですか! あらやだ、初心な感じがお姉さん、キュンときちゃいました! やっぱり付き合ってください!」
「か、からかわないでください……!」
「えへへへへ大丈夫大丈夫お姉さんが優しく教えてあげますからねえへへへへへへ」
「俺の周りはこんなやつばっかりか……っ!」
「ハイ! そんな藤代さんですが、つい先日までは地味な見た目だったとか!」
そこで、ぱっと画面に先日までの俺が映し出され……って何その写真!?
そこに映し出されたのは、どう見ても隠し撮りされた俺の……えっ、いつの間にそんな写真撮ったの!?
「おー、これはまた地味な……本当に同一人物ですよね? 髪切ったらイケメンに変身って、君どこの少女漫画のキャラ?」
「プロの美容師さんってマジで凄いですよね、地味な俺もこんなに変われました! って宣伝打たないと……」
「それがいまやこのルックスですからねー、これには歯噛みした女性陣も多いのではないでしょうか!」
「いやー、ははは……どうなんでしょうね?」
そしてその後も、根掘り葉掘りと……本当にあれこれと聞かれ、俺の出番は終わった。
どうも話す必要のないようなことも話すハメになった気がするのは、気のせいだろうか……?
俺の女性遍歴とか、話す必要あったんですかいやない。
懸念していた、二菜とのことを一言も聞かれなかったのは温情だろうか?
どちらにせよ、俺のやるべきことは終わった。
あとは天に全てを任せるだけ……俺はすでにステージを降り、今は残り二人が、舞台上でアピールしているところでだった。
「先輩、お疲れ様でした!」
「さんきゅーな二菜、お前のおかげで、緊張ほぐれたよ……あのジェスチャーの意味は分からなかったけど」
「くふふー、お役に立てたみたいでよかったです! ……ただ……」
「? な、なんか変なところあったか!?」
最後の方はもう自分でも何を話してるのかよくわかってなかったけど、変な事を口走っていただろうか?
「司会の人に付き合ってって言われて、嬉しそうな顔してました! 浮気です!」
「いや待て待て、あれはどう考えてもトークを盛り上げようって演出だろ」
「しかもその後! 彼女はいるのかって質問で、今はいませんって答えてました! 私がいるのに!」
「だってお前、彼女じゃないし……」
「もー! なんでですかー!」
私だけの先輩なのに……と小さな声で何度も呟いているのが、非常に怖い。
大切に思う人はいる、と回答はしておいたが、流石に二菜には伝わらなかったか。
俺にはお前だけだよ、と一言言ってやりたいが、まだ我慢だ我慢……。
「次は二菜の番だな」
「ああ、そうですね……舞台上で、ばっちり先輩の彼女だってアピールしてきてやりますよ!」
「いや、それはやめような?」
こいつなら、本当にやりかねない凄みがある。
というか、本気でやるつもりじゃないだろうな!?
「くふふ……流石にしませんよー、安心してください!」
「うん、まぁ……うん、信用シテマス……」
「ふふっ、それじゃあ私、ちょっと最後の見直ししてきますね」
「ステージの下から、応援してるな」
「くふふー、はいっ! 見ててくださいね、先輩!」
そういい残し、二菜が歩いて行くのを見送った。
ああ、見ててやるから頑張れ、二菜。
男子の部が終わり、この後10分間の休憩後、コンテストはミスのほうへと移っていく。
その間、運営がかき集めてくる男子側の投票を大急ぎで集計するのだとか。
当日開催・当日結果発表は、本当に大変そうで頭が下がる思いだ。
今頃走り回って票を集めているだろう実行委員には悪いが、頑張って欲しいものである。
さて、俺には無事、票は入るんだろうか?
「上手く化けたもんだな」
「はぁ?」
そうやって色々と考えている俺に声を掛けて来たのは……なんだ、夏祭り以降一度も話すことのなかった、イケメンくんじゃないか。
なんだこいつ、ここに来て話しかけてくるとか、どういう風の吹き回しだ?
「だが、どれだけ上手く化けたとしても、お前は天音さんとは釣り合わない」
「俺は、お前が何を言いたいのかさっぱりわからん、何が言いたいんだ?」
「天音さんに相応しいのは俺だって言ってるんだ、君は身の程を知るべきだ」
「そうかよ」
「そうだ、そしてあれほど俺に相応しい女性はいない!」
あー、ダメだ、こいつと話してると本当にイライラする。
言っとくが夏祭りのあの一件、俺は許してないからな……!
「それはこっちのセリフだ、あいつ……二菜を自分のものみたいにいうのはやめろ」
「お前……また天音さんを名前で……っ!」
イケメンくんが顔を歪めて睨んでくるが、知ったことか。
人を殺してそうとまで言われた俺の顔よりは怖くないだろう。
……自分で言ってて凹みそうになる。
「二菜は、お前のものじゃない……二菜は、俺の一番大切な人だ」
「……!」
「わかったら、二度と二菜に近づくな、往面」
「……ふん、まぁいい、天音さんも今後は、俺と二人で忙しくなるんだ、今だけは夢を見ていればいいさ」
「言ってろ、ばーか」
* * *
「二菜は、俺の一番大切な人だ」
心臓が早鐘を打つ。
先輩が、私を大切な人、って言ってくれた……!
先輩があの人に絡まれてるのを見た時は不快感しかなかったけど、その一言だけで私はとても嬉しくなってしまう。
我ながら現金なものだ。
えへへ、大切な人ですって……。
これ、もうほとんど告白みたいなものですよね? 好きって言ってくれてますよね?
しかも、こんな人がいっぱいいるところで堂々と!
えへへへへ顔がにやけて不味い、えへへへへ。
……でも。
どうして昨日、私の告白を受け入れてくれなかったんだろう?
うーん……。
先輩、何を考えているのかな……?





