貴方が好きです
「ふふふ、今思うと、あの最初の日に一目惚れしたのかもしれませんね」
二菜が語った昔の話は、なるほど確かにドラマチックな展開は何一つなかった。
というか、話の中に出てきた奴は、ひたすらに寝てるだけだった。
なんだそいつ、ふざけてんのか……これが恋愛小説だったら、ブーイングの嵐だぞお前!
「結局、あの男の子は毎日毎日、何をしに図書館に来てたんでしょう?」
こてん、と首を倒し、心底不思議そうな顔をする二菜に、本当の事を言ってもいいものかどうか悩む。
これを聞いたらガッカリするんじゃないだろうか、と。
ただ、こちらを見る二菜の瞳が、キラキラと輝いていて……。
「……電気代」
「えっ?」
「電気代、浮かして小遣いにしようとして、昼間は図書館で寝てたんだよ……これなら金、かからないだろ?」
あ、二菜がぽかーんとしてる。
そりゃそうだよな、まさか本当に寝に来てるだけ、なんて思いもしかっただろう。
しかも電気代を浮かすため。
我ながらみみっちすぎる……!
「ぷっ……く、くふふ……! それだけのために……毎日……!」
「バカにすんなよ、夏の電気代はほんと跳ね上がるんだぞ?」
「わ、わかってますけど、だからって……!」
ああくそ、笑いたきゃ笑え。
あの時は必死に節約生活してたんだよ!
「あー、おっかしい! 私、そんな男の子を好きになって、必死に探してたんですね!」
「しかも、延々と寝てるだけの男に惚れたときたもんだ、趣味悪いぞ、お前」
「くふふ、本当ですよね! しかもそのために家族と離れて……」
本当に、二菜の行動力には呆れるばかりだ。
そして寝てるだけで美少女を釣った男、お前は一体なんなんだ……!
本当に何もしてないのに、二菜は一体そいつのどこがいいのか。
「あの男の子はやっぱり、私のこと覚えてなかったんですね」
「いや……微かに覚えてる気はするんだよ……」
そう、今ならわかる。
二菜の部屋にあったあの写真に、既視感を感じた理由。
去年の夏に一度、こいつに出会っているからだ。
そしてその時に思ったのは……確か……。
「ちっこい……小学生がなんか無茶してるなぁ、と……」
「小学生!?」
「いやな、ちっこいのが足をぷるぷるさせながら背伸びしてたら……な?」
そうだそうだ、思い出した!
体が痛くて目が覚めて、仕方なく筋肉をほぐしていたところにこいつを見かけたんだった。
小学生が手も届かないところに必死に手を伸ばしてるのを見て癒されていたら、本の雪崩がおこりそうだったから助けてやったんだ。
そうか、あれが二菜だったのか……。
「ふふふ……ま、まさか小学生と思われていたなんて……」
「顔まで見てなかったんだよ、悪いな」
「もー!なんでですかー!!」
羞恥にぷるぷると震える二菜には悪いが、そんな子供染みた事をしていた二菜が悪いと思う。
しかしなるほど、これまでの話で、俺とこいつが以前に知り合っていたのはわかった。
だけど、まだ肝心のところがわからない。
「結局のところ、お前って俺のどこがいいわけ?」
そう、肝心なのはそこだ。
二菜にとって、俺は本当にただ寝ていただけの男であって、好きになる要素なんてないようにしか見えない。
少なくとも、俺なら絶対惚れない。
「私、思うんですけどね」
「うん」
「誰かを好きになるのって、そんなに大げさな理由なんて必要ないんですよ、多分」
そうなんだろうか?
人を好きになるのって、外見がいいとか、話していて気があうとか、そういう要因が必要だと思うんだけど、正直俺はその最低限のきっかけすら作っていないと思う。
確かに、空から落ちてきたのを助けたとか、実はどこかの国のお姫様でたまたま助けた!
……なんて大きな事件が必要か、といわれればそれはどうだろうと思うけども。
「正直、私がその男の子を好きになったキッカケも、自分でもよくわかりません」
「そりゃそうだろうな、横で座って寝てただけだし」
「でも、好きになっちゃったんですもん」
そういいながら、二菜が俺の胸に、手のひらを当ててきた。
胸からじんわりと、二菜の体温が伝わってくる。
「くふふ、あの時は触るなんてこと、絶対できませんでした」
「まー、お前との会話も何もなかったみたいだしな」
「でも、今はもうこうやって、触れる事ができます」
そっと、二菜が俺に体を預けてくる。
「始まりはそんな形でしたけど、今は先輩の好きなところ、たくさん言えますよ」
「…………そか」
「先輩の声が好きです、先輩の笑顔が好き、さりげなく優しくしてくれる所も好き、美味しそうに私の料理を食べてくれる所も好き……」
「おい」
「まだまだあります、寝てる時の顔も好きですし、最近のちょっと甘えたな先輩も好きです……ヘタれなところは直してください」
「わ、わかった、わかったから……」
その後もあれも好き、これも好きと長々と教えてくれる……が……やめてくれ、わかった、もう十分だから!
くそ、めちゃくちゃ恥ずかしい! やっぱり聞くんじゃなかった!
「私が先輩のことちゃんと好きなの、伝わりましたか?」
「……よーくわかったよ……」
「くふふ、私はもう、絶対後悔しないようにするって決めてるんです!」
そういうと、二菜が俺の胸元から離れ、俺の目の前に立った。
「改めて言います、藤代 一雪先輩! 貴方が好きです! 私とお付き合いしてください!!」
それは、あの春の日の再現。
あの時と違うのは、俺たちの間には積み重ねた時間がある、ということ。
今までも毎日のように好きだ、付き合って、結婚してと言われてきた。
だが、今までのように、春のあの日のように、逃げることは許されないだろう。
でも……。
「……少しだけ、時間をくれ」
「先輩」
「頼む、今度はもう、逃げない」
「……わかりました」
明日。
今度は俺が、二菜に覚悟を見せる番だ。
二菜の隣に胸を張って立つために、俺は……。
「待ってます」





