天音二菜は過去を語る
これは去年の夏……私が中学三年生の頃の話になります。
当時の私は、軽く人間不信気味でした。
周りからの「天音さんはすごい」という期待も重荷でしたし、それよりも私を悩ませていたのは、中学二年生あたりから急に増えだした、男子からの視線……。
それまでも男子から声を掛けられることはありましたが、三年生に上がった頃から、露骨に増えてたんです。
笑っちゃいますよね? 中学生の子供に、高校生から大学生まで声をかけてくるんですから。
街を歩いてたら、おじさんに声を掛けられた事もありました。
ふふふ、そこまでくると、もう立派な男性不信・人間不信の出来上がりです。
自意識過剰だと思うんですけど、周りの男性がみんな、私をそういう風に見てるように思えたんですよね……。
先輩が塩対応、って言ってる私って、その時出来た仮面なんです。
そんな感じで、せっかくの夏休みなのに遊びに行くのも億劫で、家でずっと勉強してたんですけど、その日はどうしても夏休みの課題に必要な本があって……。
嫌だったけど、中央図書館まで足を運びました。
今でもはっきり覚えてます、あの日のことは。
だって……ふふっ、図書館に入ってすぐのソファーで、本も読まないで熟睡してる人がいたんですよ?
うわぁ、昼間からとんでもないダメな人を見ちゃった……ってもうドン引きですよ。
ちらちらと見てても起きる気配一切なしで、私が帰る夕方まで、その人はずっと寝てました。
翌日、なんとなくその人の事が気になって、また図書館に行ってみたんです。
そうしたら、次の日もまた同じところで同じ姿勢で寝てるんですよ、その人!
もうそれ見ておかしくておかしくて……。
この人は一体、図書館に何しに来てるんだろう、って。
その翌日から、私の図書館通いが始まりました。
いつ見ても寝てるその人……男の子を見て、この人はどんな声で喋るのかな、とか、どんな目の色なんだろうな、とか考えて……。
あ、これ今思うと、半分ストーカー入ってますよね。
大丈夫です、本当にただ見てただけですから。
ほ、本当ですって! 信じてくださいよ!!
……もー!な、なんでですかー!!
……ま、まぁ、そんな風に日々を過ごしていた、ある日の事です。
その日も寝てる男の子を見て、よしよし、今日もいるな! 今日は起きるかな?
と思いつつ、その日に読む本を探していました。
「むぅ……読みたい本に手が届かない……」
これは私の身長が低いせいではありません。
この本棚を導入した図書館側が悪いんです。
もうちょっとで手が届くのに!っていう、中途半端な大きさの本棚を作る方も悪いんです!!
周りを見渡しても、近くに脚立はありません。
というか、なんとなく脚立を使うと負けた気がします。
「絶対……自分で取ってやるぅぅぅ……!」
思いっきり背伸びをして、人差し指が本の背の下のところを引っ張って……
取れる!
そう思った時でした。
「あっ……」
抜こうとした本に巻き込まれる形で、周りの本が降ってきて……。
あー、失敗したなぁ、横着しないで脚立持って来ればよかった……。
そう後悔しつつ、襲いくる痛みに身構えました。
でも、いくら待っても痛みが来ません。
あれ、おかしいな、と思うと、誰かが私に覆いかぶさるようにして、本の雪崩から守ってくれていたんです!
「大丈夫か? 怪我は?」
……私を助けてくれたのは、いつも私が見ていた、あの男の子でした。
うわ、なんかすごい機嫌が悪そうな顔してる……!
「あ、ありません……」
「ん、そっか」
その男の子はそれだけ言うと、散らかった本を一緒に片付けてくれました。
でも、実はこの時、物凄く警戒していたんです。
この人も、よくいる男の子みたいな人じゃないか、って。
これをきっかけにして、私と仲良くしよう、あわよくば……みたいな。
でも、実際はそんなことはありませんでした。
本を片付け終わると、「じゃあ、気をつけろよ」とだけ言って、何事もなかったかのように、また例の場所で寝だしたんですよその人。
こっちはもう、何を言われるのかと身構えていたのに拍子抜けですよ!
なんなら、それを利用して「貴方は何をしにここに来てるんですか?」とだけ聞いて、走って逃げようと思ってたのに!
はっ! も、もしかして寝たふり!?
「かと思ったけど、本当に寝てるし……」
熟睡も熟睡、もうぐっすりです。
えっ、私に興味なんてないってことですか!?
今までの男の子なら、こんな機会絶対見逃さず、私に声を掛けてきていたのに!!
なんだか、不思議な人だなぁ……。
……と言うかこの人、なんでこんな所で寝てるんでしょう?
家がない……ってことはないですよね? 毎日服違いますし。
わからないことだらけですが、その男の子は寝ているので、何も答えてはくれません。
「し、失礼しまーす……」
その日、私は初めて、その男の子の隣に座りました。
心臓が煩いほどにドキドキと、自己主張しています。
隣から聞こえてくる男の子の寝息が、なんだかくすぐったい気がして、顔が赤くなっていくのがわかりました。
「気持ちよさそうに寝てるなぁ……」
さっきはあんなに眉間に皺を寄せてたのに、今はすやすやと気持ち良さそうな顔です。
すやすやです。
そんなに、ここで寝るのは気持ちいいのでしょうか?
じーっとその男の子を見ていると、私も眠くなって来て……。
気がついたら、その男の子の肩に頭を預けて、私もぐっすりでした。
男の子なんて信用出来ない、と思っていた私がですよ、笑っちゃいますよね。
……ええ、とても気持ちよかったのを、今でも覚えています。
幸い、男の子は気付かずに寝ていましたので、セーフです。
せ、セーフなんですっ!!
それからと言うもの、私は何も話さないその男の子の隣に腰掛け、本を読むようになりました。
いつか目を覚まして、私に話しかけてくれないかな……と思いながら。
……たまに肩を借りて、眠ったり。
結局、夏休みが終わるまで、一回も目を覚ましませんでしたけどねっ!
どんだけぐっすりなんですか! もー!!
とまぁ、そうして日々は過ぎていき、夏休みが終わり、学校が始まるわけですが……。
……夏休みが終わると、図書館から男の子の姿は消えました。
いつ行っても、もうその男の子はどこにもいません。
その男の子がいないだけで、凄く寂しくて、悲しくて……。
その時に気が付いたんです。
「あ、私、あの男の子に恋をしてたんだ」
って。
あの男の子とは特に会話があったわけでもないですし、二人に何かがあったとすれば、あの本の雪崩から庇ってもらった一回だけ。
なのに好きになったなんて、おかしいと思いますか?
大丈夫です、私もなんでだろう? ってずっと不思議でした。
でも、好きになっちゃったんですから、仕方ないですよね?
それに気付いた時、それまで色あせて見えていた世界が、ぱっと色づいた気がしました。
ふふふ、単純ですよね、私って。
でも、ここで重要なことに気がついたんです。
「あれ……あの人、名前はなんていう言うんだろう……」
……その後の事は、まぁ想像通り。
必死になって男の子の事を思い出そうとしましたが、寝ているところしか思い出せません。
見ているだけだった私が、その男の子について知っていることなんて、あるわけないんですよね。
どうして私は見ているだけだったんだろう、どうして私は、あの人に話しかけなかったんだろう。
……物凄く、後悔しました……。
図書館の司書さんに聞いて見ても、いつも寝てる子、としか認識していません。
ただ一つだけ……一度、その男の子が制服を着ていた事があったんです。
そこから通っている学校を調べて……ここで足取りは途絶えました。
でも、学校がわかれば、きっとまた会える!
もう一度、あの男の子に会いたい。
今度こそ、お話をしたい。
私を見て欲しい。
……私の想いを、あの人に伝えたい!!
「だから私は、お父さんの転勤について行かず、この学園を受験したんです」
「あなたにもう一度、会いたかったから」





