おにいちゃんは独占欲が強いんです
「で、二菜ちゃんに膝枕させて、それで気持ちよく寝てましたと」
「はい、とても気持ちよかったです」
「死ねばいいのに」
「あまりにも辛辣すぎる……」
「ごめん、僕も擁護できないかな」
「五百里、お前まで裏切るのか……っ!」
汚物でも見るかのような目の音琴に睨まれ、流石の俺も言い返す事が出来なかった。
確かに昨日、二菜と話し合うように、といわれたにもかかわらず膝枕でぐっすり寝てしまったのは悪いと思っている。
でも仕方ないじゃないか、言ってみたらしてくれる、って言うんだからそりゃしてもらうだろうよ。
快眠だったよスッキリだよ。
「はぁ……あんた、本当に悠長ね……そんな事で、横から二菜ちゃん取られても知らないわよ」
その言葉に、背中に嫌な汗が流れたのがわかった。
脳裏に浮かぶのは祭りの日、二菜を連れて行こうと勝ち誇った顔をした、イケメンの姿だ。
胸の中に、ドス黒いものが生まれたのを感じ、思わず顔を歪めてしまう。
そしてそんな俺を、音琴がニヤニヤと見ているのが非常にウザい。
「……二菜に限って、そういうことはないって俺は信じてる……信じてると思う……」
「なんでそこでちょっと弱気になるのかな一雪は……」
「ま、二菜ちゃんは今も人気だしねー不安にもなるわよねー」
「今朝も、他の学校からわざわざ告白に来たんだって?」
「……来てたし、目の前で見てたよ」
正直、朝の光景を思い出すだけで、ちょっと嫌な気分になるんだよなぁ……。
何が嫌って、二菜のあの時の表情だ。
いつもなら知らない男に声を掛けられても、業務的な笑顔を見せる程度で基本的に塩対応な二菜が、今日に限って、今日に限ってっ!!
――――「好きだ」と言われただけで、顔を真っ赤にしていたのだ!
あれでは、相手の男に興味があると言っているようなものじゃないか、と!
まぁ、最終的には断っていたけど……。
あの顔を見た相手が、自分にも脈があると喜んでいたのは、本当にイラっとした。
……と、ここまで考えてしまう自分の独占欲の強さにも嫌気がさす。
俺と二菜はまだ恋人ってわけでもないし、二菜にだって相手を選ぶ自由があるんだから、好きにしてもいいとわかっているのに、これだ。
実際に二菜が俺から離れるようなことになったら……あれ、俺大丈夫か!?
「そこまで想ってて、どうして素直になれないかな一雪は」
「なれんならとっくに告白してるんだって……っと、そろそろ帰るわ、俺」
「一雪! あんた、今日こそはちゃんと二菜ちゃんと話しするのよ!」
「わ、わかってます……じゃあな、五百里、音琴」
さて、二菜はまだ教室かな?
「それにしても、あいつ、本当に変わったわね……」
「夏休み前とは別人のようになったよね?」
「気持ち悪い方向にね」
「ふふふ……否定出来ないのが悲しいところだなぁ」
「あとは、二菜ちゃんと上手くいけばいいんだけどねー」
「まぁ、見守ろうじゃないか、あの二人がどうなるのか……」
* * *
「え、天音さんですか? さっきカバン持って、出て行きましたけど……」
「そうか……悪い、ありがとうな」
あの後。
五百里と音琴と別れ、二菜の教室まで迎えに来たのはよかったのだが、待ち受けていたのは、「二菜は先に出て、もういない」という現実だった。
どうせ教室にいるだろうと、横着して先にLINEを飛ばさなかった結果がこれである。
まさか、うちの教室まで俺を迎えに行ったんだろうか?
「いやでも、こっちに来るなってあれだけ言ったんだし……流石に……ん?」
いるはずもないのに、中庭へと目をやった時。
ふと目の端に、体育館へ向かう二菜が見えた気がした。
……ふむ、あれは……二菜だったよな……多分。
その時、ピンと来た。
体育館、放課後、と来れば、これはもしかしなくても、呼び出しからの告白だろうか?
いや待て落ち着け、告白と決まったわけじゃない、もしかして何か片付けを頼まれたのかもしれない。
でも体育館裏といえば、どの学校でも無難な告白スポットになってるしなぁ……。
朝のこともあり、どうしても気になった俺の足は、自然と体育館へと向かっていた。
……すまん、二菜! 悪いんだけど、覗かせてもらうな……!
そして体育館裏で行われていたのは、予想通りの光景で……。
「天音さん、貴女のことが好きです! 俺と付き合ってください!!」
うん、やっぱり告白だったか……。
ネクタイの色からして、二菜の同級生だろう、好感の持てる、ストレートな告白ですね、大変結構です。
俺も彼を見習って、二菜に告白できるよう精進したいと思います!
そして、二菜の返答は……
「うあ……す、好き……好きって……」
……なんで顔を真っ赤にしてるんだよ、お前。
朝のときと同じだ、なぜか今日の二菜は、いつもの対応が出来ていない。
今も耳まで真っ赤にし、俯いてしまっている。
(おいおい、そんな顔見せたら、告白した方もいけると思うだろ……!)
相手の男子はそんな二菜の反応を見て、告白の成功を確信した表情になっていた。
おい待て、お前何二菜に近寄ってんだよ! そんでもって二菜! お前もさっさと気付け!
そして、その手が二菜に触れそうになったところで……。
「悪いんだけど、そいつに触らないでくれるか?」
「えっ?」
「あっ! せ、先輩!」
――――我慢できずに、飛び出してしまった……。
わかってる、これも俺以外に二菜に触れてほしくない、ってつまらない独占欲だ。
でも、あのまま二菜に別の男の手が触れる、と思うと、いても立ってもいられなくて……!
「教室まで迎えに行ったんだぞ、なんでメッセ飛ばして出て行かないんだよ」
「あ、す、すいません……そういえばそうでした……!」
「いやまぁ、俺もメッセ飛ばさなかったし、おあいこだな。結局こうやって見つかったし」
ぱたぱたとこちらに走り寄ってきた二菜の髪をなでてやると、くすぐったそうに目を細める二菜が愛おしい。
はぁ、可愛い……手のひらが幸せだ……。
「先輩は、なんだかナチュラルに私の髪に触るようになりましたね?」
「嫌だったか?」
「い、嫌じゃないです……ちょっと恥ずかしいですけど……」
ぼそっと、「もっと撫でてほしいです」と、二菜の小さな声が聞こえてきた。
あーダメダメ、ほんとダメだ、こういう反応がいちいち可愛過ぎて仕方がない。
このまま抱きしめたい……。
あ、でも妹を抱きしめるお兄ちゃんっているのかな? どうなんだろう?
「あ、天音さん! 俺との話がまだ終わってないんだけど……!」
……しまった……。
二菜が可愛過ぎて全部頭から抜けてたけど、そうだった。
今、二菜が告白されてたんだった……!
これ、見る人によっては物凄い嫌なやつだな、俺。
告白現場に乱入した上、相手の想い人の頭撫でてるとか、殴られても仕方ない所業だ。
そう考えると、この男子は物凄い大人だと、本気で思う。
「悪い二……天音、話の途中に邪魔したな」
「いえ、大丈夫です、ちょっと待っててくださいね?」
そう言って俺から離れた二菜の表情は先ほどとは違い、いつもの二菜の塩の表情で……。
「すいません、お話の途中で……ええと、それで……」
「天音さんが好きです、俺と付き合ってください!!」
おお、何事もなかったように仕切りなおした!
さっきとは違って俺がいて、さらにさっきの光景を見せられてよくもう一回告白できたな……!
俺だったら絶対、泣いて逃げると思う……心折れるわ。
「……申し訳ありません、私は、貴方とはお付き合いできません」
「どうしてですか!? さっきはいい返事をくれそうだったのに……!」
「あれは……すいません、貴方の告白で、ちょっと別の人を思い出したといいますか……」
チラリ、と俺に目線をくれるが、それはなんの意思表示だ?
なぜ俺を思い出した? 俺、なんかやったっけ?
「どちらにせよ、私には今、とても好きな人がいるんです、すいません」
「……噂には聞いてはいますけど……その人とは付き合ってるんですか?」
「どうなんでしょう? ……どう思いますか、先輩?」
おう、そこで俺に話振るんかい。
やめろよ、俺の事を射殺さんばかりに睨んでるぞ、そいつ。
「わかりました……でも! 俺は諦めませんから!」
「あ、はい……ありがとうございます?」
こうして、彼は去っていった。
体育館裏に、俺と二菜だけを残して。
「……なぁ二菜、今日のお前、ちょっと変だったぞ」
「そうですか?」
「朝もさっきも、なんで告白されてあんなに顔赤くしてたんだよ? 勘違いしてくれって言ってるようなもんだったぞ」
「あれは……!」
「あれは?」
俺と目線があうと、何故か途端に顔を真っ赤にし、俯いてしまった。
……なんだ、この反応……?
「も、もー! 全部先輩が悪いんです! 先輩のあほー!」
「えっ!? なんで今貶されたの!?」
「先輩のおばか! でも好きです! 罰として私とお付き合いしてください!」
「えっ、いきなりそんな事言われても……まだ無理?」
「もー! なんでですかー!!」
結局、なぜ二菜があんなに顔を赤くしていたのかは教えてくれなかった。
一体、何があったんだろうなぁ……。





