あんた本当にバカね!
「じゃあ、行くか二菜」
「はいっ!」
9月。
ついに、夏休みが終わってしまったが、俺の気分は晴れやかだ。
自分の気持ち一つで、2学期の始業式という憂鬱なイベントも、そう悪いものではないと思えるのだから不思議だ。
「ほら、手」
「あ、ええと……え、えへへ……」
うーん。
やっぱりこいつ、自分から手を握ってくるのはいいけど、こっちからいくと反応が悪いというか……。
なーんか、一歩引いたような感じがするんだよなぁ。
「が、学校いくのに、手、繋いでもいいんですか?」
「ん? ああー、まぁなんか今更って感じもするし……二菜は妹みたいなもん、だからな」
「! そ、そうですよね、妹なら、手を繋いで学校行ってもおかしくないですよね!」
そう言いながら、俺の手に手を重ねてくる二菜が可愛くて仕方がない。
ダメダメ、こいつは妹、こいつは妹……。
そう何度も自分に言い聞かせながら、二菜の細い指に、自分の指を絡めた。
「くふふ……先輩、好きです……!」
「そ、そうか……兄として、兄として嬉しいよ……」
「くふー! もう、なんでですかー♡」
ああ、もう9月だというのに、顔が熱い……。
***
いやぁ凄かった。
学校に近づけば近づくほど増える視線、ひそひそと話題のネタにされる頻度。
改めて、二菜は凄く人気のある女の子なんだな、というのを実感した。
正直今のままではまずい、こんなに人気のある子を本当に俺に振り向かせるには、一体どれだけの努力が必要なんだろう……。
「はぁ……」
「おはよう一雪、朝から辛気臭い顔して、どうしたの?」
「1年生で今一番人気のある女の子と、見せ付けるように手を繋いで来た男の顔とは思えないわねー」
「……別に、見せ付けてたわけじゃねーし……」
そうか、他人から見ると見せ付けているように見えるのか……これはいい事を聞いた。
明日からもまずは外堀から埋める様に……。
「ところで、天音さんとやっと付き合うようになったんだね、おめでとう」
「外から見てるとほんとにイライラしたんだから、やめて欲しかったわまったく」
「……ん? 俺とあいつは付き合ってないぞ?」
その瞬間、二人の表情が固まった。
おい、なんだその変な顔。
五百里は変な顔しててもなんかサマになってるな、むかつくやつだ。
「付き合ってない……ですって……?」
「ああ、付き合ってない」
「二人で、噂になるほど仲睦まじく登校して来たのに……?」
「付き合ってないな」
「一雪……それはちょっと嘘くさいと思うんだけど……」
とは言われても、本当に付き合ってなどいないのだ。
「……あんたちょっと、放課後ツラ貸しなさい」
「こわっ! いつの時代の不良だよお前」
「いや……これは詳しく話を聞かせてもらう必要がありそうだからね……」
「お、おう……」
なんだこの雰囲気は。
怖い。
あれっ、俺またなんかやっちゃいましたか?
「お、おはよう藤代くん……なんだかあの二人、怖い顔してたけどどうしたの?」
「おはよう宮藤さん……さ、さぁ、なんだったんだろう……」
「あ、それはそうと、天音さんとお付き合い始めたんだね! おめでとう!」
「いや、付き合ってないよ?」
「えぇ……?」
なにその顔。
一ヶ月ぶりに見たけど、相変わらず可愛い人である。
それにしても……付き合ってるように見えるのか? 俺たち。
うーん……わからん……。
* * *
「それでは第一回、お前は一体何を言っているんだ会議をここに開催いたします」
「わー!」
「俺がお前らに言ってやりたいセリフだな」
始業式を終え、一度帰宅した俺たちは近くのファミレスへと集まっていた。
本当ならそのまま学校で話を、と言っていたのだが、どうしても俺が一度、二菜を家へと送って行きたいと強く希望したため、改めて集まることになったのだ。
だってなぁ……あの夏祭り以降、あいつを一人にするのが心配で仕方ないんだよもう。
俺の見てないところで何かあったら、って考えるだけで胸が苦しくなるんだから、仕方ない。
「で、付き合ってない……って言うけど」
「ああ、付き合ってないな」
これは本当のことだし、否定する理由もない。
「そういう割に、あんた雰囲気変わったわよ」
「え? そうか? ……具体的にどこが?」
「まず一つ、物理的な距離が物凄く近くなったよね、一雪と天音さん」
「そうね、夏休み前までなら、一雪が離れろって嫌がるような距離よ」
「そ、そうだったかな……?」
といわれても、俺にはよく分からない。
いつも二菜が隣にいたから、今更遠い近いといわれてもさっぱりだ。
「あと、一雪が妙に過保護」
「今日も送っていく、って言って聞かなかったからね」
「いやまぁ、それは色々あったんだよ……」
「色々ねぇ……」
流石に夏祭りで、いけ……いけなんだっけ……イケメンに、二菜が無理矢理連れて行かれそうになった、なんていえない。
それを言うとこいつは絶対怒り狂って大変なことになるのを、俺たちはよくわかっているのだ。
……主に俺が。
「そしてこれ! 目がめちゃくちゃ甘い!!」
「目」
「夏休み前までは半分死んだ魚の目みたいだったあんたがどうしたのよ!?」
「ちょっと待って、俺どんな目をして生活してたの……?」
「一雪、お前生きてない、死んでないだけ」
「めちゃくちゃな言われようだ……!」
ここまで言われると流石の俺も凹む。
なんだよ死んだ魚の目って、俺どう思われてたの!?
「なんていうか、天音さんを見る目が優しくなったよね」
「その前髪切って明日から来なさい、みんな口から砂糖吐くわよ」
「そいつ、糖尿とか疑った方がいいんじゃない?」
目が甘いってなんだ。
俺の目はそんな変な能力はないぞ……!
他人の口から砂糖を吐かせる能力なんて、かっこわるいじゃないか。
「あのあんたが、ここまで変わってまだ付き合ってないってのはどういうことなのよ?」
「多分、誰も信じないと思うよ一雪……」
「うーん、そうだなぁ……お前らになら言ってもいいか……」
こうして俺は、夏休みにあった事を二人に話した。
普段の生活、なぜか両家両親に挨拶するハメになったこと、夏祭りでの出来事。
そしてなぜ、こんな状況になっているのか。
「つまり、一雪は天音さんが好きで好きで仕方がないけど、自分に自信がないと」
「両親公認の仲と言ってもいいくらいなのに、自分が前に進むのにはここぞというとこでビビったと」
「ま、まぁ、簡単に言うと、そういうこと……かな?」
くそ、友人とはいえ、自分の恋心を語るのは恥ずかしい。
今、めちゃくちゃ顔赤いぞ絶対……!
「ヘタレだね」
「ヘタレね」
「わ、わかってるわそんなもん!」
俺も話してて、自分のことながら「あれっ、こいつ物凄いヘタレじゃね?」って思ったわ!
「しかも妹みたいに思ってるって、これどう思う六花?」
「私が二菜ちゃんの立場だったら……『こいつ死ねばいいのに』って思うわねってかその場で言うわね」
「ぐぅ……」
それを言われると辛い。
でも、そうでもしないと俺はいつまでも同じような態度を取ってたと思うし、意識の改革手段としてぱっと思いつくのがこれしかなかったんだよ……!
「ていうか、さっさと告りなさいよあんた」
「……できてるならもうしてる……毎日一緒にいるんだぞ……」
「それがわからないんだよね……なんで一雪はそんなに不安がってるんだい?」
「はっきり言うわよ! 100%成功するからさっさと告りなさい!」
「そうは言われてもなぁ……」
どうするんだよ、ここで告って「えっ……私そんなまじめな好きなんて思ってませんでした……」
とか「実はこれ、春から続く罰ゲームだったんです!」なんて言われたら!!
いや、ないとは思ってる! ないとは思ってるんだよ!?
「でもさー……俺がこれまで好きになった子、みーんな他に彼氏ができちゃってさー……」
「あー……一雪は……うん、そうだねぇ……」
小学校のとき好きだった、水泳を教えてくれたお姉さんも。
小学校高学年のときに好きになった、隣の席の女の子も。
中学に入ってすぐに好きになった、隣のクラスの女の子も。
……そして目の前に座る音琴 六花も。
俺が好きになった女の子は、みんな俺の前から離れていくのだ、二菜もそうならないと、誰が言えるだろう。
あんなに可愛くてなんでも出来る女の子なんて、みんなが好きになるに決まっているし、実際あいつは凄く人気がある。
むしろ俺が二菜を好きだ、って気付いたら離れていく可能性だってある。
「だから、こう最初は妹みたいなところから、ちょっとずつ俺に絆されてくれないかなぁと……」
「――――あんた、本当にバカね!!」





