特別な一日?(後)
「天音、重いからそろそろ降りてくれ」
「えー、もうちょっと先輩の背中を楽しみたいんですけどー!」
「このまま落としてやろうか?」
「すいません、降ります」
ちぇーっ、と残念そうな顔をしているが、ここまでおんぶされて来た事に何か思うことはないのだろうか?
思うこと、ないんだろうなぁ……結構な人に見られたのに、今もまだちょっと拗ねた顔してるし。
「はぁー……ほら、行くぞ天音、今日は買い物あるのか?」
「あっ、ありますあります! 冷蔵庫におかずになるものが何もありません!」
「米はこの前買ったんだっけか?」
「お米はまだまだ大丈夫ですけど、牛乳を買っておかないと、明日の朝の分がありません」
「了解、そんじゃあスーパー寄って帰るか」
「はーい」
そこまで話して、ふと気付く。
あれっ、何今の物凄い所帯じみた会話!?
「くふふー♡ 今の会話、なんだか新婚さんみたいでしたねっ!」
「俺、まだ結婚どころか彼女が出来たことすらないんだけど……」
一足飛びどころの騒ぎではない話の流れに戦慄するわ……。
忘れてはならないのは、まだ天音と知り合って1ヶ月だということだ。
あれっ、もしかして俺、ちょっと絆されだしてます?
「先輩、私思うんです……そろそろ先輩と私は、恋人って次のステップに進んでもいいんじゃないかなって!」
「大変心苦しいのですが、一身上の都合により辞退させていただきたく存じます」
「もー! なんでですかー!!」
そういやすっかり抜け落ちてたけど、1ヶ月記念とか言ってたんだった。
うーん、何かしてやろうかと思ってたんだけど、どうしようか……。
もういっそ、聞いてみるか。
うん、もうそうした方がいい気がしてきた、一人で考えても思いつかないわ!
「なぁ、天音、お前なんか欲しいもんとかあるか?」
「……先輩の愛?」
「は抜きで、ほら調理器具が欲しいーとか、そういう感じの……あ、飲める洗剤とか、怪しげな絵画とかも抜きでな!」
欲しいものって言いましたよね? とか言いつつ、怪しげな販売所に連れて行かれるのだけは勘弁だ。
それお前の欲しいものじゃないじゃん! 買わせたいものじゃんっ!!
って突っ込みで逃げられればいいけど、多分逃げられないだろうしなー。
「えー、どうしたんですか急に……なんか怪しいんですケド」
「たまには俺もそんな気分になることもあるの。 ……ほら、言ってみ」
「欲しいもの、今欲しいもの……先輩の愛以外で……うーん」
「お前って、意外と欲がないよなぁ」
音琴なんかにこれ言うと、アレも欲しいこれも欲しいってわっと言ってくるぞ。
まぁたいてい、ろくでもないどーでもいいものばっかり上げてくるんだけど。
「そうですか? 私、結構欲張りだと思いますけど」
「そうか? お前があれ欲しい! とかこれは自分の! って言うことなんて、あんまりない気がするけど」
「くふふー! 私が絶対譲れない! って思ってるのは先輩の隣だけですから!」
そういいながら、天音が俺の腕に抱きついてきた。
身長の割りにすごい柔らかいものが腕に当たりますありがとうございます……じゃない!
「離れろ天音、暑苦しい!」
「いやでーす! 欲しいものは思いつきませんでしたから、今日は代わりにこうさせておいてください!」
「……まだなんか買わされるほうがマシだった……っ!」
「くふふ! 今日はもう諦めてください、絶対離れません!」
……まぁ、腕に抱きつく、と言っても身長差があるから、子供が大人にじゃれついてる、程度にしか見えないんだけどさぁ。
「むっ!? 今、何か凄く失礼なことを考えましたね、先輩!」
「考えてません」
なんでわかったの……怖いよ……。
「ところで、なんで急に欲しいものーとか聞いてきたんですか?」
「ん? あー、なんだ、今朝、今日が一ヶ月記念ーとか言ってただろ?」
「ああ、言ってましたねぇそういえば」
「そういえば!? ……うん、まぁそれで、この1ヶ月、世話になってるし、なんかお返しでもしようかと……」
そういうと、天音がくすくすと笑い出した。
なんだ、今の会話に何かおかしいところでもあっただろうか?
「ふふっ、記念日とは言いましたけど、そんな何かしたい! ってわけではないんですよ?」
「そうなのか? 記念だっていうからてっきり……」
「そんな事いってたら、先輩は毎日何かを贈ったり、何かをしたりしないといけなくなるじゃないですかー」
「ううん……まぁ、そんなもんなのか……?」
そういえば、明日は初めてのおうちデート記念とか言ってたな、こいつ。
なんだよおうちデートって、そんなもんした覚えないぞ?
「いつも通りでいいんです、いつも通り、先輩は私に愛してるよって囁いてくれるだけでいいんです!」
「そんな事言ったこと、今まで一回もないだろ!」
「じゃあこの機会に愛してる、って言ってみましょう先輩! さぁさぁ!」
「いわねー……よっ!」
「あいたーっ!? ほんと先輩、デコピン痛いんですからやめてくださいよぉ!」
ふん、毎度デコピンされるようなことを言う、お前が悪い。
「ほら、とっとと買い物して帰るぞ」
「ぶー……はぁい……あ! 欲しいもの思いつきました!」
「なんだよ」
「パピコ、一緒に食べながら帰りましょう!」
「なんって安上がりな女……!」
二人で買い物袋をぶら下げ、パピコを食べながら家まで帰る。
そんな特別ともいえない記念日な一日が、これから何年も続く……なんて恐ろしい話、ありませんよね?





