そして悪魔は舞い降りた
その日は、何てことのない日だった。
強いて言うなら、珍しく音琴が教科書を忘れるなんてポカをやらかした、くらいだろうか?
それ以外はいたって平凡、よくある一日だった。
そう、お昼までは。
* * *
「せんぱーい、そろそろお昼行きましょうよぉー」
「……いつも言ってると思うんだけど、たまにはクラスメイトと飯食えばどうだ?」
「いつも言ってると思うんですけど、私は先輩とお昼行きたいんでダメでーす」
「そうか……」
こいつ、友達本当にいるんだろうか?
実はクラスでぼっちとかないだろうか?
時々、心配になるんだよなぁ……。
「今、私のこと、ぼっちだって思いましたね!?」
「あー、うん、思った」
「ふふーん、これでも私は、ちゃんと友達づきあいもしてますから! 先輩と違って!」
「あっ、お前今、俺の事ぼっちだって言っただろ!?」
「えっ……ぼっちじゃなかったんですか……友達は香月先輩だけだと……」
まさかのお互いぼっちと思ってる展開である。
いやいや、俺は別にぼっちじゃないし? 友達もいるし?
音琴……はうん、まぁ、うん。 でもほら、宮藤さんも俺の友達だし!
と思ったら目を逸らされた。 あれ、おかしいな……宮藤さん……?
そんな時だった、教室内に、音琴が入ってきたのは。
妙に嬉しそう……というか、意地の悪そうな笑顔を浮かべている、と思った俺は、ちょっと音琴に対して色眼鏡をかけて見すぎだろうか?
「やっほー、二菜ちゃん、お昼?」
「あ、こんにちわ六花先輩! はい、これからお昼です! 六花先輩はどうしたんですか?」
「いやー、今日数Ⅱの教科書忘れちゃって、一雪に借りたのを返しにね~……ありがと、一雪」
「おお、落書きとかしてないだろうな?」
そう言って受け取ろうとした……が、音琴がなぜか教科書を手放さない。
なんだ、返してくれるんじゃなかったのか?
「ねぇ一雪? あんた最近、二菜ちゃんと随分仲がいいようねぇ?」
「あ? なんだそれ、仲いいもなにも、こいつが勝手にくるだけだ」
「くふふー! もう先輩ったら! 私たち、もう付き合ってるようなもんじゃないですか!」
「はっ」
「もー! なんですかその笑いー!!」
俺とこいつが仲がいい?
それこそ鼻で笑ってしまうくらい、ないわ。
それよりもお前、ちょっとは声抑えろよ! クラスメイトの好奇の視線が今、めっちゃ注がれてるかんな!
一部男子からは、殺意の篭った視線が、俺に飛んできてるかんな……!
「ふっふっふっ……そうよねぇ、こんなモンを撮っちゃうくらい、仲がいいのよねぇ二菜ちゃん?」
「えっ……あっ!」
「!? ね、音琴お前……それ、どこから……!」
にやぁ……と笑みを浮かべる音琴の手の中にあるもの。
そして、俺の数Ⅱの教科書の表紙に貼られているもの。
それは昨日、天音の手により生み出された、超危険物。
俺が間抜け面を晒している、あのプリントシール……!
「それにしても……制服デート、制服デートですって五百里!」
「……へぇ、これはまた……ふふっ、一雪も楽しそうにしてるじゃないか」
「おまっ、これ……なんで……!」
「なんでって、あんたから借りた数Ⅱの教科書に挟んであったわよ」
「あっ!?」
そういえば昨日、カバンに入れるときに教科書に挟み込んだんだった!
一応、そのまま突っ込んだら折れたりするよなぁと思って挟み込んだんだけど……。
しまった、飯食ったりなんやかんやして、存在自体忘れてた!
「り、六花先輩! 私それ、持ってないんです! 一枚ください!!」
「え? 二菜ちゃんとこいつのなのに、なんで持ってないの?」
「酷いんですよ!? 先輩ったら、私からそれを取り上げたんです!」
「えー、二人の貴重な思い出の品なのに、取り上げるなんて酷いわねー」
「ですよねですよね! で、ですのでここ! ここに貼ってくださいお願いします!」
そう言って天音がスマホを取り出し、音琴がぺたりと――――
「ま、待て! 待ってください、お願いします……!」
「何よ」
「そのシール、返してはいただけないでしょうか……?」
危険物なので。
いやまじで、それが出回るのは本気で不味い!
宮藤さんが興味津々でこちらをチラチラと見てるけど見なくていいです。
「えー……どうする? 二菜ちゃん、このシール、一雪に返せばいい?」
「とりあえず、まずは私に半分くれるのがいいと思います」
「了解」
「じゃない! 渡さなくていいからな! マジで!!」
えっ、これどうすればいいの?
どうすればこいつらの手から奪い取れるの??
そこまで考えて出した結論は……「無理」。
音琴の手に渡った時点で、玩具になるのは避けられないのだ。
さようなら平穏な学園生活、こんにちは引きこもり生活。
もう平穏とは程遠かった気もするけど。
「返してもいいわよ?」
「へっ?」
だから、その発言の意味が一瞬、わからなかった。
「だからこれ、返してあげてもいいわよ?」
「えっ……ほんとに? えっ、何企んでんの?」
「あんた……私のこと、なんだと思ってんのよ……」
「見た目詐欺の性悪女……?」
「よし、このシールはまず広報部に……」
「音琴さんは裏表のないステキな女性だと思ってます!」
「先輩先輩! 私も褒めてください可愛いねって褒めてなでなでしてくださいさあさあ!!」
「話がややこしくなるからちょっと黙っててくれる!?」
なんでそこで張り合おうとするんだよ! 撫でねぇよ!!
まったく、天音はちょっとは黙ってられないのか……おい五百里、肩震わせて何笑ってんだよ他人事だと思いやがって!
お前の彼女だろこいつ止めてくれよお願いしますよ……!
「で、返してやってもいいけど」
「おお、なんだ、何が食いたいんだ? 肉か肉が食いたいのか!」
「お肉もいいけど……そうねぇ……」
ちらり、と音琴の視線が天音に向いた。
なんだ?
「二菜ちゃんは、どこか行きたいとこ、ある?」
「え? えーっと……そうですねぇ……あ! そういえば、一回行ってみたい喫茶店があるんですよー!」
「喫茶店ならうちのバイト先にも来てるだろ、お前」
「ジャズが流れるお洒落な喫茶店もいいんですけど、たまには女の子ーって感じの所も行きたいんですー!」
そんなもんなのかねぇ。
喫茶店なんて美味しい珈琲が飲めるのが一番、って思うんだけど、まぁここらへんが女の子か。
「ふんふん、あーここね……よし! 一雪は二菜ちゃんを今日、ここにデートに連れて行くこと!」
「えっ! 先輩と放課後デートですか!」
「な、なんだよそれ……!」
一体それに、なんの得があるって言うんだ音琴……!
「あとで報告ちょうだいね、二菜ちゃん」
「はいっ! ありがとうございます、六花先輩!」
「いいってことよー!」
ふふふ、と二人で笑い合う姿はなかなか絵になる……が!
何を企んでいる、音琴六花……!
音琴の笑顔の裏にある「何か」に警戒しつつも、物質を取られた俺は、何も言うことが出来なかった……。





