ぜーったいにダメですっ!
「それじゃあ再開するか、まずはにんじんをやっつけるぞ!」
「えー……もうやめませんか? 絶対危ないですって……」
「だーいじょうぶだって、もう包丁の使い方は完璧に覚えた!」
とりあえず押さえる手さえ離さなければ問題ない、ということだろう?
さっきだって、ヘタににんじんを無理矢理切ろうとしなければ問題なかったのだ。
それを学習した俺に、もはや隙はない!
「――――なんて事を考えてるのかもしれませんけど! ダメです! 絶対に許しません!」
「えー……どうしてもダメか?」
「ダメです、先輩にはまだにんじんは早すぎました、危ないです! にんじんは私が切ります!!」
「天音がそこまで言うなら……でも、炒めるのは俺がするからな!」
「……むー……そっちももう諦めて欲しいんですけどねー……」
「お前はそろそろ、俺が諦めるのを諦めろ」
俺の意思は固い。
俺は、なんとしても料理出来るようにならないといけないんだ!
「もしかして……先輩、私の料理に何か不満でもありましたか……?」
「いや、お前の料理にはなんの問題もないというか、美味過ぎて毎日助かってますありがとうございます」
「えー、じゃあやっぱり覚える必要なんてないじゃないですか! これからもずーっと、私が作りますよー?」
いやいや、そのずっとがいつまでかわからないから、覚えようとしてるんですよこっちは!
「まぁまぁ、そういわずに……ほら天音、にんじんの正しい切り方、見せてくれよ」
「もうっ……じゃあ、見ててくださいね?」
「おう」
「まず、先輩は大きな塊のまま、切ろうとしてたのがいけませんでしたね」
そういいながら、慣れた手つきでにんじんを三分割にし、次々と薄切りにしていく。
おお、慣れたもんだな……っていうかすげぇ、俺が使ったときは全然切れなかった包丁が、次々とにんじんを仕留めていく!
これが噂に聞く、達人が使うとどんななまくらも名刀になってしまうというアレか!
一山いくらの包丁だけど!
「丸いままだところころと転がっちゃいますから、端を落して断面を作って、転がらないようにするといいですよ」
「へぇ、そんなこと全然思いつきもしなかったぞ、俺」
「くふふー! どうです? 料理上手な私に惚れそうになりましたか? お嫁さんにしたくなりましたか? 先輩、私と結婚を前提としたお付き合いをしてください!!」
「提案を慎重に審議した結果、誠に残念ではございますが、今回は採用を見合わせていただくこととなりました」
「もー! なんでですかー!」
そんな話をしながらも、見る見るうちににんじんが料理されていき、あっという間に材料が揃ってしまった。
あれっ、さっきまでの俺の努力って、マジでなんだったの……?
「さて、それでは実際に炒めていくわけですが!」
「全部ぽいぽいっとフライパンに」
「入れるなーんてわけはなく! まずはフライパンを温めましょう!」
「お、おう」
「順番は、まずは豚肉を入れて、ある程度焼いてから順番にお野菜です、なんでかわかりますか先輩?」
「そのほうが美味しく焼けるから?」
「うーん、50点! 正解は、お肉と野菜だと、火の通る時間が違うからですねー!」
なるほど確かに。
肉のほうが火の通りが悪い、といわれれば確かにその通りだ……そして、言われるまでそれに気付かない俺。
「もしかして、俺の料理に対する知識ってヤバい?」
「小学生の家庭科レベルで止まってますね」
「……そうか……」
「まぁ、最初なんてみんなそんなもんだと思いますけどね、このくらいは小学生で習いますけど」
「待ってくれ、そうすると俺の知識は小学生以下なのでは……?」
「お気づきになられましたか……」
なんとなくそうじゃないかなぁとは思っていたが、まさかマジで小学生以下だとは。
こりゃ、マジで本腰入れて勉強しないとやばいな。
天音がいる間に上達できれば程度に思っていたが、これは圧倒的に時間が足りないぞ……!
「それじゃあ、豚肉炒めるぞ……ってなんかもうタレみたいなのがついてるんだけど!?」
「くふふー! これは、二菜ちゃん秘密の味付けをした状態の豚肉になります!」
「おい天音、それをされると俺が作れないじゃないか」
「ふっふっふっ、こればっかりは教えるわけにはいきませんねぇ」
……ちっ、それを是非とも聞いておきたいところなんだが……。
今日のところは仕方ない、次は絶対に見逃さないようにしないと。
「それではまずは、中火で豚肉を炒めます」
「炒めます」
「ここで豚肉の色に気をつけてくださいねー! 色が変わってきたなって思ったらにんじん!」
「がばっと?」
「はいがばっと! あとは順番にたまねぎ、キャベツを入れていきましてー」
「どんぐらい炒めればいいんだ?」
「そうですねー、しんなりするくらいですかね? あ、にんじんには気をつけてくださいね?」
「了解」
ざっざっ、と菜箸で混ぜ合わせるように焼いていくのが、意外と面倒くさい。
こんな作業を毎回天音にさせているのかと思うと、頭が下がる思いだ……もう、コンビニ飯でもいいんじゃないかな……いやいや待て、絶対満足できないだろ、藤代一雪!
我慢だ、我慢して最後までやり遂げるんだ!
「しんなりしてきましたらー……この二菜ちゃん特製のタレをがばっと!」
「おい待て、天音」
「はい?」
「なんで、また、そんなタレが、出てくるんだ!?」
「いたっ! いたたたたっ! くふふー! 簡単に再現できないようにですっ! くふふー!!」
天音の頭をぐりぐりとしてやると、次々と出るわ出るわ、天音しか知らないタレや味付けの数々!
これじゃ、俺が習ったって全然同じもの再現できないじゃないか……!
「先輩のことですから、どーせ私がそのうちいなくなるかもーとか思ってるんでしょうけども!」
「…………よくおわかりで」
「くふふー! そんなわけないじゃないですかぁ♡」
そういいながら、天音の手により最後の仕上げをされていく、俺の初めての……野菜炒め。
「まぁそれでも、料理を覚えたいーって先輩の気持ちは、よーくわかりました」
「そうか……それは嬉しいよ……」
「なので、私の知ってるレシピとか! これからじーっくり、ながーく時間をかけて、覚えていきましょうねー!」
本来、天音がいついなくなってもいいように覚えよう、と思った料理だったが。
「老後の楽しみにもなりますよね!」 なーんて言う天音を見ていると、なんとなく。
ほんとになんとなくだが、料理を覚えよう、という気が消えていくのだった……。





