にゃんにゃんですよ、先輩!
「天音、俺も料理をしようと思うんだ」
「どうしたんです先輩、急に料理をしようなんて……」
「いや、ちょっと思うところがあって」
そう、俺は思ったのだ。
ここ最近、昼も夜も天音に頼りっきりなわけだが。
このままいくと、マジでこいつがいなくなったら生活できなくなるんじゃないか、と。
ハッキリ言って、俺は天音がいつまでもここに通うとは微塵も思っていないわけで。
何らかの目的を果たしたら、すっと離れて、近づきもしなくなるだろう、と考えているわけで。
だが、そうなったときに、果たして俺は、以前のような生活に戻れるだろうか? ということだ。
もちろん、答えは否、である。
え、またコンビニ飯とか、もう面倒だから今日はカップメンでいいや……って生活に戻るの?
って言われると、ほんともうあの頃には戻れない。
暖かいお米と美味しいおかずがない生活なんて、マジで無理ありえない!
……そうなるともう、自分で覚えるしかないわけで。
「うーん、教えてもいいですけど、先輩が料理することなんてありますか?」
「そりゃそんな機会もあるだろ、ずっとお前がいるわけじゃあるまいし」
「了解しました! 先輩、私と結婚してずっと一緒にいてください!!」
「I'm sorry, but I can't accept your proposal.」
「もー! なんでですかー!!」
ふむ、さっと理解して答えられるとは……さすが天音、できる奴だ。
それはそうと、結婚だと? はは、ないない。
ていうか結婚詐欺でも考えてたか? 愚かなやつめ天音二菜……引っかかるわけがないだろう!
「まぁ、わかりました……必要ないと思いますけどねぇ」
「悪いけど頼むわ」
「先輩はこれまでに料理の経験……は、ないですよね?」
はぁ、と溜息をついてくれるが、バカにしないでほしい。
俺にだって、料理経験くらい、ある。
「小学生の頃、家庭科の授業で何回かやったぞ、後は……課外授業でカレー作ったりとか」
「ちなみに、その時に担当したのは?」
「米を研いだな」
「はぁ……よーくわかりました、先輩が全然! 料理したことないってことが!」
へへ、照れるぜ。
ちなみに、その時に同じ班だった女子に「藤代くんは絶対に料理しちゃだめだよ?」って言われてたなんて、今言う必要はないよな、うん。
「さてさて、となると、先輩には何からしてもらえばいいか……」
「おう、なんでもいいぞ! なんだ、俺は何を作ればいいんだ?」
「うーん、最初ですから……もやしでも茹でますか?」
「おい」
もやして。
そんなもん、教えてもらわなくても誰でもできるわ!
「くふふ、冗談ですよぉ冗談!」
「まったく……頼むぞ、天音」
「最初ですし、野菜炒めとか簡単でいいと思うんですけどー……うーん」
「なんだよ」
「いやー、なんか先輩、フライパン焦がしそうだなぁって」
「バカにすんなよ……いいじゃないか野菜炒め、俺が作ってやるよ!」
「えー……やめておきませんか? 最初はほら、ほうれんそう茹でておひたしにするとか」
もやしとやってること変わってねぇよそれ!
畜生、天音めバカにしやがって……俺だってできるって所を見せてやるよ!
「野菜炒めなんてあれだろばって切ってばって炒めるだけだろ? 余裕だって」
「……まぁ、先輩がそこまで言うなら、止めませんがー」
「よし、材料は豚肉と、キャベツとたまねぎ、あとにんじんだな?」
「はい、調味料はわかりますか?」
「塩と胡椒だな!」
「だけだとちょっと足りませんので、こっちで用意しますね」
えっ、野菜炒めって塩胡椒だけじゃないの!?
他に一体なんの調味料を使うっていうんだ……深いぜ料理!
「で、キャベツ、たまねぎはいいとして……問題はにんじんだな」
「先輩、ちゃんと皮、むいてくださいね?」
「天音……お前、やっぱ俺のことちょっとバカにしてるだろ」
「えへへ、お約束かな、と思いまして」
ったく、皮つきのままになんてするわけないだろ。
ちゃんとピーラーで剥くよ……つーか前に、お前にりんご剥いてやったことあったよな?
あの時どうやったと思ってたんだこいつ!
「にんじんの皮を剥いたら、薄く切ってくださいね、火が通り辛くなりますから」
「了解」
「あ! 切る時はねこちゃんの手ですよ! にゃんにゃん、ですよ!」
真剣な顔でにゃんにゃん、と言いながら猫の手をする天音は……なんていうか、その……
クソあざとい
としか言いようがなかった。
なにその仕草、出るとこ出てやったら、大変なことになるぞお前。
「わかってるって、大丈夫大丈夫、まぁ見てろって」
「ああ、にゃんにゃん、にゃんにゃんして……」
「む、にんじんって思ってたより固いな……全然切れないんだけど……あっ、そうか両手でやれば!」
「あっ!? だ、ダメですよ先輩手を離しちゃ……ああっ!?」
「あっ」
なかなか切れないにんじんにイライラとし、添えていた猫の手を包丁の真上に添えて、力を加えようとした時だった。
手の支えを失ったにんじんがまな板の上をすべり、俺に襲い掛かってきたのだ!
さらに、持っていた包丁もにんじんという支えを失い、まな板の上を滑る!
「うおっ、あぶねぇ!」
「きゃっ!?」
こわっ! マジで怖いんだけど! さすがに包丁が滑るのは想定外だ、ひやっとしたぞ!?
て言うか、料理ってこんなに危険なものだったの!?
俺は毎日、こんな危険なことを、母さんや天音にしてもらっていたの!?
「な、なんでにゃんにゃんの手を離しちゃうんですか先輩ー!?」
「いや、にんじんが固くて切れなくて……この包丁、もしかして全然切れないんじゃないか?」
「き、切れますよ、めちゃくちゃ切れますよその包丁! え、手とか怪我してないですか?」
「んー……あ、指先ちょっと切ってるかも」
刃先でも当たっちゃったか?
切り傷、ともいえないような小さな傷だけど。
「だ、大丈夫なんですか先輩!? ちょっと見せてください!」
「大げさすぎんだろいくらなんでも……ちょっと切っただけだし、舐めときゃ治るよ」
天音に手を無理矢理取られ、傷をまじまじと見られるのは自分の失敗をまじまじと見られているようで、ちょっと恥ずかしい。
いやほんと、ちょっと切っただけなんだし、大げさにしなくてもいいんだぞ?
ほんとに、こんなもん舐めとけば明日にはかさぶたになってふさがってるだろ。
「な、舐めておけば……ごくり……。」
「なぁ天音、もういいか? 俺はにんじんとの戦いに戻りたいんだけど」
「ふー……よし、わかりました! 先輩、失礼します!」
「え、何がわかっ……わかっ!?」
一瞬、何をされたのか、わからなかった。
指先が生暖かい何かに包まれたなーと思ったら、天音が俺の指をくわえて……ってくわえてる!?
なんで!? 天音さんなんで!?
「おま……何やって……!」
「らにっれ、ほうふれふぁ、なおるんれふよね?」
「く、くわえながら喋るな! 口を離せ天音!」
「んー……ぷぁっ……なんでですかー? 舐めてれば治るんですよね?」
「お前にされたら、治るもんも治らんわ……! ってもう一度くわえようとするな、あほう!!」
そのとろんとした目はやめなさい!
あと口を拭きなさい口を! 俺の指と天音の口の間に糸が……ああ、もう!
無理矢理天音の手から指をひっこぬくと、タオルで無理矢理、天音の口元をぬぐってやった。
むぐー、だの、もっと優しく、だの言っていたが知るか、急に変な事をしたお前が悪い!
「はぁ……ほんと、冗談でもこういうことはやめてくれ、心臓に悪い」
「くふふ、ちょっとドキドキしちゃいましたか?」
「しねーよバーカ」
「くふふー! あ、その指、先輩も舐めてもいいですよ? 今なら私との間接ちゅーが楽しめますし♡」
もちろんめちゃくちゃ石鹸で洗った。
後悔はない。
「もー! なんでですかー!!」





