ぴょんぴょん跳ねるあいつは
「先輩は私をちっちゃいちっちゃい言いますけど、女の子としては平均だと思うんです!」
「いやいや、明らかにちっこいだろお前……今まで、背の順で並ぶとどこだった?」
「……一番前ですけど」
「一回でも、一番前から離れたことはあるか? いや、言わなくてもいい、どうせずっと一番前だろ」
「……ありませんけど! 確かにずっと一番前でしたけど! なんで知ってるんですかー!!」
そんなもん、言われなくてもわかるだろというか、見ればわかる。
あ、こいつはこれまで、列の先頭で腰に手をやってたな、と!
常に最後列にいた俺とは対照的だ。
「うー……でっかい先輩にはわからないんです、私たちの気持ちは!」
「まぁまぁ、天音もまだ一年生だし、これから伸びるかもしれないし諦めるなって」
「ふんだ、そうですよーだ! 来年の今頃には、超スタイルのいい美少女になってますから!」
「そうだな……そうなる可能性も小数点以下の確率であるかもな……希望はゼロじゃないよな!」
「もー! なんでですかー!!」
ぷりぷりと怒る天音を連れて公園内をブラブラと歩いている、そんなときだった。
草むらから、小さな影が急に飛び出してきたのは。
「きゃっ!」
「っと……」
その影に驚き、天音がバランスを崩してコケそうになったのを抱きとめてやる。
ほんと軽いなこいつ……ちゃんとメシ食ってんのか?
いや、毎日一緒に食ってるんだからそれは知ってるんだけど。
今度から、こいつももっと食うように進めてやった方がいいかもしれない。
そんなんだから背が伸びないんだよ、多分……肉食え、肉。
それはそうと。
「大丈夫か天音? 足とか挫いてないか?」
「あ、はい、大丈夫です、ありがとうございます……?」
「ん、どうした?」
天音がぷるぷると震えながら、足元を見ている。
やっぱり、足でも挫いたんだろうかと思っていると……。
「う、うさぎさんですよ先輩……!」
「え?」
「ほらほら! うさぎさんですうさぎさん! さっき飛び出してきた子、うさちゃんだったんですよ!」
「うわ、ほんとだ……うさぎだよ……!」
天音の目線の先をたどると、チョコレート色のうさぎが、こちらをじーっと見上げていた。
服のようなものを着ているところを見ると、誰かに飼われているんだろうか?
やせいのうさぎがあらわれた! というわけではないだろう。
ボーパルバニーだったら危なかった。
ひくひく、と鼻をうごかしながらこちらを見るそのうさぎの毛並みはよく、小学校時代、その辺の草やクズ野菜を食べていた、飼育小屋にいた連中とはえらい違いだ。
「やだ、超可愛いですよ先輩……! はぁ、なでなでしたい……」
「いやいや無理だろ、警戒心強そうじゃない? うさぎって」
「やってみなくちゃわかりませんよ! ほーらおいでー怖くないよー……」
天音がおいでおいで、とすると、跳ねるように天音に寄ってきて、背中を見せてきた。
どうやら撫でろ、と言っているようで……ずいぶん人懐っこいなこいつ。
それに気をよくした天音が背中をなでると、気持ちよさそうに体を伸ばし、「もっと撫でろ」と言わんばかりの顔を向けてくるあたり、相当性格も図太そうだ……え、うさぎってこんなもんなの?
「ふわぁ……やばいです先輩、ふわっふわです……めちゃくちゃ気持ちいいです……」
「ちょっと失敬……おお、確かにこれはふわふわだな」
「ねー! ふふ、気持ちいい? ここかー? ここがええのんかー?」
天音が額あたりをなでると、気持ちよさそうにうさぎが目を細める。
それを見て天音が喜び、またうさぎを撫でる。
なにこれ、無限ループかな?
ふむ、しかしこうやって、嬉しそうな顔でうさぎを撫でる天音……って絵は、なかなかいいな。
学校の連中に売れるんじゃないか? この写真撮っといたら。
失礼して一枚、ぱしゃり……。
「それにしても、そいつの飼い主、どこにいるんだろうな?」
「あ、そうですよね……お洋服着てますし、多分飼い主さんがいるんですよね?」
「おおかた逃げ出した、ってところなんだろうけど……困ってるんじゃないか、今頃」
「ですよねぇ……ねぇねぇ、君はどこからきたの?」
そう訪ねても、うさぎはこちらを見上げて鼻をひくひくとさせ、天音の細い指に鼻先を押しつけ、撫でろと要求するだけだ……ってこいつまだ撫でさせるつもりかよ、ほんと意外と図太いな草食動物!?
流石にこの子をここに放置していくわけには……と、二人してこの場を離れるわけにもいかず、どうしようかと考えているときだった。
「チョコー、チョコちゃーん、どこいるのー?」
その声が聞こえたとたん、ぴくっとうさぎが反応し、立ち上がったのは。
「ん、どうしたんだこいつ」
「あ……もしかしてチョコちゃん、ってこの子のことですかね?」
「あー、こいつチョコレート色だもんな……なんて安直なネーミング」
「もうっ、可愛い名前じゃないですか! ……すいませーん、チョコちゃんて、うさぎさんのことですかー! こっちにいますよー!」
そう天音が呼ぶと、こちらに女の子が駆け寄ってきた。
年齢は俺たちと同じくらいだろうか? 嬉しそうな顔で「チョコちゃん~!」と呼ぶ声は弾んでいて、本当に嬉しいんだろうなと言う事がわかる。
「すいません、ありがとうございました、急に逃げ出しちゃって……」
「いえいえー! よかったですね、無事に見つかって!」
「はい! ありがとうござい……あれ?」
「ん?」
そういいながら顔を上げた女の子を見て、絶句した。
そう、彼女は……
「あ、藤代くんだ」
「宮藤さん?」
俺の隣の席に座っている、宮藤さんだったんだから。
* * *
「まさか、こんなところで藤代くんに会うとは思いませんでした」
「こっちこそ……宮藤さんって、うさぎ飼ってんだね」
「うん、可愛いでしょ? うさぎさんって!」
そのうさぎ……チョコは今、宮藤さんの腕の中で撫でられながら、気持ちよさそうな顔をしていた。
うーん、羨ましい……俺も宮藤さんにあんなふうに抱かれたい。
「藤代くんは……天音さんとデートしてたの?」
「してません」
「デート中でした!」
おい天音、なぜお前が答える。
ていうか……!
「おい天音……デートなんてしてないだろいい加減なことを言うな!」
「なんでですか! 一緒にブラブラ歩いてたら、それはもう立派なデートですよ!」
「俺はただ散歩していただけだ、それをデート扱いされちゃ困る」
「くふふー! もー、可愛い可愛い二菜ちゃんとデートしてたってバレたら恥ずかしいからって、照れなくてもいいんですよー先輩♡」
「照れて……ねぇっ!」
「あいたー!? ほんと先輩のデコピン、痛いんですよ!?」
天音とぎゃーぎゃーと言い合っていると、隣からくすくす、と笑い声が聞こえてきた。
「ふふ、ほんと藤代くんと天音さんって、仲いいね?」
「仲良くありません」
「超仲良しです!!」
「「…………」」
「ふふっ! ほんと、仲いいねぇ……息ぴったり」
宮藤さんが目を細め、羨ましそうな目で見てくる。
え、そんなに仲よさそうに見えるの? どこが??
もしかして、ハタから見たら本当に仲がよさそうに見えるんだろうか?
わからん……俺にはわからん……!
「くふふー! これはもう、私を彼女にするしかありませんね、先輩!」
「身に余る光栄ではありますが、今回の件は辞退させていただきたく、お願い申し上げます」
「もー! なんでですかー!!」
「はいはい」
「これで付き合ってない、って言うんだからほんと、藤代くんってよくわからないです」
「ですよねー? 私も先輩がわかりません!」
「ね? 多分、付き合ってないって言っても誰も信用しないと思いますよ?」
「マジか……」
そういいながらチラっと天音を見る宮藤さんの目に、少しだけ羨望の色が混じったような気がした。
「さて! これ以上邪魔しちゃ悪いから、私は行きますね?」
「ああうん、悪かったな、なんか引き止めたみたいになって」
「ううん、こちらこそチョコちゃんのこと、ありがとうございました! また学校でね?」
「チョコちゃん、ばいばい!」
手を振り、何度かこちらを振りかえりつつ離れていく宮藤さんを見た天音が一言。
「ライバルですね……!」
「なんの?」
こいつの言うことは、よくわからん。





