もう帰っていいかな?
「わ、悪い、ちょっと変な電波浴びすぎて今日はもう無理……帰ってもいいかな……」
あまりにもアレすぎる話を聞きすぎた……!
隣でうんうん、とうなずいて何やら納得している二菜とは違い、普段の生活でまず浴びることのない電波をわっと浴びせられた俺は、完全に疲れ果てていた。
これまでの人生、こういう強烈なキャラはいなかったからまだ耐性ができていないんだろう。
きっと、何度か話をしていれば耐性もでき……るかなぁ。
こちらを心配そうに見る牧野さんの表情からは普通そうな……いい子そうなオーラを感じるんだけどなぁ。
「大丈夫ですかお兄様!? も、もしかして過去を知ったことであの時受けた痛みが体に……!?」
……いい子そうな気がするんだけどなぁ。
ちょっとこう、思い込みが激しいところ以外は。
思い込み? 思い込みかなこれ、思い込みだよな、うん、思い込み思い込み。
多分二菜が言うように、そういう小説を読みすぎてちょっと思考がぶっとんでるだけだ、うん。
牧野さんには悪いが、これ以上会話してると俺がどうにかなってしまう。
今日の所はもう帰らせてもらおう。
二菜に合図を送りつつ、穏便に帰ろうとしたその時。
それまで隣でうんうん、と頷きつつ静かに話を聞いていた二菜が、動き出した。
「ちなみに! 私は今の世界の先輩の婚約者ですのであしからず!」
……動き出してしまった。
まるでびしっ! と効果音が付きそうな、綺麗な指差しまでつけて……。
「いや何言ってんのお前!?」
いやいやいや何言ってんのお前、マジで。
婚約者とかいう設定、どこから生えてきた、初めて聞いたぞそんなもん。
いやまぁ、最後まで責任は取るつもりだよ? そのつもりでこいつを受け入れたよ?
でもそれを外に向かって言った事なんて……なんて……七菜可さんには言ったけど。
七菜可さん、変な事こいつに言ってないよな?
まぁ、それはともかく。
それにしたって、今火に油を注ぐような……!
「え? いやいや何言ってるんですか先輩、とっくに両親に挨拶もすませた仲なのに今更」
「このおばか! お前ちょっとは状況見ろよ、間違いなく面倒くさくなるだろ!」
「いいですか先輩、こういうことはうやむやにせず早めに言っておかないとあとからもっと面倒くさくなるんですよ! というわけで牧野さんこんにちわお世話になっております! というわけで一雪さんは私の恋人……恋人! やだどうしましょう先輩、恋人ですって! な、なんかドキドキしてきました……!」
何を言ってるんだ。
ちょっと前から疑ってたんだけどやっぱりこの1年で、余計に頭お花畑になってないかこいつ……。
隣で顔を赤くしながら何やらぶつぶつと呟いている二菜はまぁ、いい。
しばらく放っておけばそのうち現実に帰ってくるだろう、問題はこっちだ。
恐らく光の当たり具合のせいだろう、光のない目を二菜に向けた牧野さん。
ヤバイオーラをビンビン感じる……!
「なるほど、なるほど……そういうことでしたか……」
「ま、牧野さん?」
「天音先輩……あなたは前世で、汚い手で無理矢理お兄様の婚約者の座に収まった、あの毒婦……!」
「毒婦!?」
また凄い単語が出てきたんですけど。
「まさか今世でまたあなたに会うなんて思いもしませんでした……でも、今回は! 今回はあたしは、お兄様と幸せになってみせます!」
「いや待って、あのね? 急にそんな設定の洪水をわっと浴びせられてもね? 俺が耐えられないの、勘弁して?」
「ふっ、前世がどうとかはまぁ横に置いておいて」
「置くんだ……」
それもう投げ捨てようよ、ぺいっと。
「前世がどうこうおっしゃいますが! 私と先輩の真実の愛の前には些末事! この1年で築いた愛は揺るぎもしませんよ!」
「え、いつの前に築いたのそんなの、全然記憶にないんですけど?」
「なんでですか!? めっちゃ築いたじゃないですか! え、築きましたよね? 一緒に築きましたよね!?」
「記憶にございません」
「もーっ! なんでです……んん? 先輩、なんか顔赤くないですか?」
「気のせいだろ、夕日の照り返しじゃないか?」
「いやいやいや、夕日でそんな赤く痛い痛い痛い!? せ、先輩頭! 頭潰れるんですけど!? 背が! 背が縮むー!!」
「ま、牧野さんごめん、そういうことだから今日はちょっと帰らせてもらうね」
「え、お兄様!?」
ぺしぺしと腕を叩く二菜を無視しつつ、今日のところは撤退だ。
これ以上面倒なことに巻き込まれてたまるか……!
と、思っていたのに。
「お兄様! 今日はお会いできてうれしかったです、またお話しましょうね! 昔のことも、今のことも!!」
さきほどまでの電波を感じさせない牧野さんの表情に思わず。
「あ、これ絶対やばいのに関わっちゃった」と思うのだった……。
「せ、先輩縮む! ほんと身長縮むんですけど!!」
「大丈夫だ、もうそれ以上小さくはならん……多分」
「もーっ!!」