前世語りの牧野さん
「今でもあの日の事を、昨日のことのように思い出せます……そう、あれは王国歴218年……」
「おい、なんか始まったぞ二菜」
「(こくこく)」
「あたしとお兄様は、国王アダルヘルムⅢ世の統治するシュレイド王国で生まれ育ちました」
「おい、世界観がおかしいぞ二菜、なんだよシュレイド王国って」
「しっ! ここは黙って聞きましょう……!」
えぇ……これ、聞くの?
どう考えても聞いちゃダメな類の話だと思うんだけど。
真剣な顔をしてうんうん、と頷く天音を放って帰るのは流石にどうかと思うので、俺も本腰を入れて聞きだした。
これ、座っちゃダメなやつかなぁ……珈琲でも買って来ればよかった。
「その時、国内は荒れていました……全ては国王アダルヘルムⅢ世が王太子時代に、当時の侯爵家の令嬢の婚約者を捨て、身分の低い女性を新たに婚約者とし、後に王妃としたことに端を発します」
「ふむ、いわゆる貴賤結婚というやつだな」
「シンデレラストーリーって奴ですね! 女の子なら誰しもが憧れるお話です……」
「でもあれって、周囲の力関係とか考えると後々厳しそうだよなぁって小さい頃、不思議だったなー」
お貴族様のそういうのって、各家のパワーバランス整えるためにも考えられてそうじゃない?
それがいきなり平民の子と結婚します! なんて言って納得してもらえるのかなってずっと疑問だったんだよな。
まぁ、シンデレラってそこまで詳しい設定があるわけでもないけどさ。
そもそもシンデレラの家って、お貴族様とかそういうのだったのか?
「先輩ってほんと、夢がないですよね……ほら、続きますよ!」
「そして、荒れた国内をまとめ上げるために組まれたのが、当時唯一の王子であった、クラウス様と公爵家の姫であるあたし、アンナマリーとの婚約で…………」
「おい二菜、この子自分のこと姫とか言い出したぞ」
「まぁ公爵家ともなると、基本は王族に準ずる家な事が多いですからね、姫と言って過言ではないと思いますよ」
「というか完全に自分語りの世界に没頭してるんだけど、これ帰っちゃダメかな?」
「ダメですね」
「そっかー……」
ちょっと電波入ってて凄いんだけど。
なんというか……「電波、届いた?」という言葉が頭の中をリフレインする。
そしてその後も牧野さんの電波は続き……続き……いつまで続くの? と思いながら聞き続け、気が付けば30分以上が経過し、屋上は赤く染まりだしていた。
まぁ、長々と牧野さんの話を聞いたけど、なんというか。
「要約すると、男爵令嬢と浮気した王子に濡れ衣を着せられて殺されそうだったところを、兄妹として許されない恋に落ちていた先輩に助け出され、そのまま辺境へと落ち延びようとしたって事ですね」
「……そのあと、追手に追いつかれて2人一緒に斬られて死んでるんですけど……勝手に殺さないでほしいんですけど……」
「まぁまぁ、言ったところでこれ、全部前世の話ですから」
「そもそも前世じゃねぇ」
とはいえ、いくら電波な作り話とはいえ、お前はもう死んでいる的な話をされて嬉しいわけがない。
それにしても、そのシュレイド国? 大丈夫か? 公爵家の子息子女を冤罪かけて殺しましたーとか、あとから国割れない?
内乱でも起こってそれに乗じて周辺からも攻められて、そのまま王国が滅んでないか心配になるな……いや心配してもしかたないんだけど。
それにしても、こんなシナリオを嬉々として、目を輝かせながら語る牧野さんは凄い。
普通、こういうのって照れが出るものではないだろうか?
「そして最後の時に、息も絶え絶えになりながら、私はお兄様と約束したんです……来世では、絶対に一緒になって、幸せに暮らそう、って」
「お、おう……」
そう言うと、頬を染めながら牧野さんが俺に微笑みかけた。
はっきり言って怖い。
目がね! 目が怖いの! こっち見てるのにこっち見てないの! なんかちょっとだけ後ろに目線があるんだよ!
何!? 何が見えてるのこの子!
「実は去年の文化祭、あたしこの学校の下見に来てたんです……それで、その時にお兄様を見つけて、『ようやく会えた!』って思って、ここを受験したんです!」
「なるほどなるほど、文化祭ですか〜、文化祭は色々ありましたからね〜先輩っ!」
「ニヤニヤしながら俺を見るのはやめろ、二菜」
何を思い出してニヤニヤしてるのか丸わかりなんだよ、お前は。
それにしても……この状況、どうしたもんかね?
二菜の最初の牽制にもめげずに前世語りをした牧野さんをどうすればいいのか、俺には全くわからなかった。
というかキャラクターが強烈すぎて凄い。
え、このあとどう扱うのが正解なの、この子?
いや待てよ、もしかしてこれは……いわゆる霊感商法というやつか!
前世の業が今世に影響して、悪い事が起こりますよー、この壺を買えば避けられますよーという!
危ない危ない、あまりの電波っぷりに騙されそうになったが、俺には通じないぞ、牧野さん!
「よくわかりました、つまりあれですね、牧野さんはロマンス小説大好き少女ってやつですね!」
そして二菜よ……この強烈なキャラクターを、その一言で終わらせていいの?