ツッコミが足りない!
「それで、目的はなんだ? 言っておくが俺に金はないぞ、家は売っても二束三文だ」
「え? な、なんすか急に!?」
「それに付き合ってほしいというのはあれか、男女のお付き合いとかじゃなく『ちょっとそこまで付き合って』というやつだな? そしてそこには見知らぬ年上の男女なんかが待っていて、熱心な営業トークを繰り広げられるんだな!?」
「あ、あのー……?」
わかってるんだぞ、そうやってフレンドリーな態度を装って気がつけば購入契約書にサインさせるという手腕を!
びっくりするよね、絵葉書貰ったら店内に連れ込まれて、気がついたら絵を買うことになってるのとか。
なんか配ってるなーって思ってついつい手に取っちゃうと、大変な事になるんだよな……今ではポケットティッシュを受け取るのもちょっとってなっちゃうこの辛さ。
だいたいそんな絵とか買いませんから! そんな金、ありませんから! 高校生ですから!
と、俺が考えているのを察したのか、隣で二菜がはぁー……と溜息をついた。
なんですかその溜息は、失礼だぞ。
「先輩はどうして、すぐ物事をそっちに持って行こうとするんですか?」
「二菜にはわからんかもしれないけど、これは大事なことなんだぞ?」
「はぁ」
その気の無い二菜の返事に訝しいものを感じたが、すぐにああそうか、と俺の中に納得が広がった。
二菜は一人暮らしを始めてから、そろそろ1年が経過するが……日が昇ってる間は学校だし、放課後はうちに入り浸っていたから知らないんだな。つまり、俺が二菜の経験を妨げていた、とも言える。
一回食いついたら絶対離れない、営業マンのすっぽんも驚く食いつき方を……!
忘れもしない、高校1年の春。
中学を出てすぐのまだ若く、世間の悪意を知らなかった頃に起こった悲劇!
チャイムが鳴ったとほいほい玄関を開けると、にこやかに立っている新聞の勧誘!
凄いよね、洗剤とか商品券とかいっぱい出してきて、なんとか契約させようとすんの。
あれには参ったなぁ……。
「先輩、先輩」
「……はい」
「トリップしてるところ悪いんですが、私が少しお話してもいいですか?」
「…………ドウゾ」
「というわけですいませんお待たせしました、ここからは先輩に代わり、私がお話させていただきます」
「は、はぁ……?」
そう言いながら、一歩前に出た二菜がにこやかな笑顔で話し出した。
……あれ、おかしいな。
なんだこの状況?
「ええと……すいません、先にお名前伺ってもよろしいですか?」
「あ、あたしは……1年の牧野、です……牧野杏奈、です」
「牧野さん、ですね? ありがとうございます、私は先輩……こほん。一雪の妻の、二菜と申します」
「おいちょっと待て」
今、なんか変な言葉が入らなかったか? いや入ったよね!?
思わず聞き流しそうになったけど、絶対聞き流しちゃいけない奴だ今の……!
そう突っ込みを入れると、こちらを振り返った二菜にジロリと睨まれた。
全く怖くない。
「もーっ、なんですか先輩! 今、お話の途中ですよ?」
「いやいや、誰が妻だ誰が、いつお前は俺の嫁になった」
「何言ってるんですかっ! 実質嫁みたいなもんですよもう、内縁の妻、的な?」
「断じて違う!」
「両家の顔合わせもとっくに済んでるのに」
「それはそれ、これはこれだから! ていうか話がややこしくなるから!」
ほら、見てみろよ牧野さんの顔を。
あまりのペースで二菜がボケ倒すから、唖然としてるじゃないか。
うんうん、ごめんね牧野さん、やっぱりこいつに任せたのがダメだった、話が進まないわ!
「ぷう……わかりました! こほん。失礼しました、先輩の彼女! の、天音と申します、よろしくね牧野さん?」
「は、はい、よろしくお願いします……?」
「おい、お前の奇行のせいでまだ混乱してるぞ牧野さん」
「ここまではまだ基本の基本の基本情報なので、混乱してもらうと困るのですが」
基本じゃねぇわ。
「さて、それでは牧野さんは、この藤代先輩に告白しました! これは間違いありませんか?」
「は、はい……てか、え? なんで本人じゃなくて……?」
「はい、そこは気にしないでください! ……それで、牧野さんは先輩とは以前からのお知り合いですか? それともどこかで見かけて?」
「昔から、知ってましたけども……」
「と、言っておられますが?」
「いえ、初対面です」
そう言われてもな。
改めて牧野さんを正面から見てみる。
少し外ハネした髪にメガネの似合う、可愛らしい女の子だ。微かに頬を染める仕草がなかなかに可愛らし……痛い、足を踏むな、二菜。
……ごほん。
こうやってよくよく目の前の女の子を思い出そうとしても、やはり記憶に引っかかるものが出てこない。
うーん、どう考えても、この子とは初対面だと思うんだけど……。
「先輩、本当のこと言った方がいいですよ」
「声がいつもより低いぞ二菜……や、ほんとに初対面だから」
「ほんとでござるかぁ〜?」
「ほんとにござるよ……なぁ、牧野さん?」
同意を求めて牧野さんへ目を向けると、目の端にみるみる涙がたまっていった。
思わずそれを見て、二菜と2人でぎょっとする。
しかし、事はそれでは終わらず……。
「な、何言ってるんですか藤代先輩……いえ、お兄様! 兄妹ながら許されぬ恋に身を焦がし、『生まれ変わったら一緒になろう』と誓い合った前世での事を忘れたんですか!?」
「「お兄様!?」」
あ、これ絶対だめなやつだわ。