天音二菜は面白くない
その異変は、突然やってきた。
昨日までの青空広がる空から一転、雲が広がり今にも雨が降り出しそうな……天気予報では午後からは晴れるとのことだが怪しいものだ。降るならもう降ってほしい、そんな朝。
そんなちょっと憂鬱な朝に下駄箱の中に入っていた、一通の封筒。
「なんだこれ……?」
自分には全く見覚えのないものに思わず眉をひそめてしまったのは仕方ない。
裏返してみても名前も書いておらず、封筒を止めるためにシールが一枚、貼られているだけだ。
その形は……ハート型。
うわぁ、またなんかわかりやすい意図を感じるなぁこれ、と思った俺を、誰も止められはしない。
「おはよう一雪……何持ってるの、それ?」
「いや、なんか下駄箱に入ってた……不幸の手紙かなんか?」
後ろから声をかけてきた五百里にその手紙をピラピラと見せると、露骨に五百里が眉をひそめた。
あれ、こいつがこんな表情をするのは珍しいな……常に温和な五百里とは思えない、なかなかレアな表情だ。
「中はまだ見てないけど……ま、多分いたずらとか、そういう類のもんだろ」
これがまさかラブ的な手紙だなんて、あり得るわけがない。
仮にこの中が告白的なものだとして、ほいほい誘い出されて行ったらあいつ騙されてやんのーバーカ! って話題にされるのは間違いないと、俺は確信している。俺はこの手の悪戯に詳しいんだ。
「一雪……多分その手紙は、波乱を持ち込むものだよ」
「なんだよ波乱って! そんな大層なもんじゃないだろ」
「結果的にはいい方向に進むとは思うけど、覚悟しておいた方がいいんじゃないかな?」
「その心は」
「今日はあまりいい天気じゃないから、かなぁ?」
「なんだそれ」
でも、五百里のこういうなんとなくな予感って当たるんだよなぁ。
ネタ程度に考えていた手の中にある封筒を改めて見つめ直し、俺は気を引き締めるのだった。
……うん、この手紙については、一人で処理するもんじゃない気がする。
あんまり気乗りはしないけど、あいつにも相談してみるかぁ……。
もしかすると、あいつが入れたのかもしれないしな。
*
「燃やしましょう」
「物騒だな!?」
昼を食べながら二菜に手紙について話すと、即答された。
一見笑顔を浮かべているように見えるが、目が笑っていない……こいつ、本気で言ってやがる……!
「それで、中にはなんて書かれていたんですか?」
「いや、まだ読んでないんだわ……どうせ不幸の手紙とかだと思うんだけど」
「だいたいなんですかこの手紙、もうそのハートマークのシールがあざといですよね」
封筒の中を見ようと光にかざしながら、二菜がそのような事をいいだした。
少しは去年、自分の入れた手紙の事も思い出して欲しい。確かあれにも貼ってあったぞ、あざといハートマークのシール。
「それにしても、これを見て不幸の手紙って考えちゃう先輩は流石ですね!」
「……そういや去年の今頃、下駄箱に入ってた手紙にも似たような感想を抱いたなぁ」
「それってもしかして、私の入れた手紙じゃないですよね?」
「もしかしなくてもお前のだわ」
「もーっ! なんでですかーっ!」
「だってどう考えても怪しいだろうが、五百里ならともかく誰が俺にそんなもん書こうとするんだよ」
「私、私がいますよ先輩っ!」
「レアモンスター・アマネニナはちょっと」
「モンスター!?」
ぱくり、と卵焼きを口に放り込みながら、二菜から帰ってきた手紙を見つめた。
この反応を見るに、やっぱりこいつのものではないか。
もしかするともしかして、1年目だからという謎のサプライズでも考えたのでは、と思ったのだが。
さて、どうするか……。
「それ、中見ないんですか?」
「見たほうがいいと思う?」
「うーん、本音では見て欲しくないですけど……でも本当にそういう手紙だったら、中も見ないで捨てちゃうのは相手の子が可哀想だな、って」
「さよか……まぁどうせたいしたもんでもないだろうし、開けて見るか」
「これで本当に不幸の手紙だったら笑っちゃいますねっ!」
流石に笑えんわ。
そう思ったが口にはせず、シールを剥がし封筒から手紙を取り出す。
「カッターの刃は……入ってないな」
「なんでそういう発想になるんですか」
「いや定番かなって」
「はいはい……えーっと、『放課後、屋上でまってます』ってなんですか! やっぱり女の子じゃないですかこの字!」
「いや待て落ち着け、知り合いの女の子に書かせた手紙という可能性は高い」
「ぜーったい女の子です! 間違いありません!」
何この圧力。
しかし、二菜がここまで強くいうということは、本当に女の子なのかもしれない。
女の子のこういう勘って、案外バカに出来ないしな……。
「そもそも屋上って! 屋上って! 私と先輩の愛のメモリアル屋上呼び出しって!」
「何そのメモリアル」
勝手に変なものが作られていた。
鼻息荒く興奮する二菜に、若干引いてしまう。
「で、どうするんですか先輩、これ」
「どうするって言われてもなぁ……」
正直なところを言うと、あまり興味はない。
どうせ悪戯だろうという思いはまだ3割ほど胸の内にあるが、本当にそういう手紙だったとしたら、屋上でずっと待たせる、というのも悪い気がするからだ。
「うーん……」
「ふーーん、そこで悩んじゃうんだぁ……ふーーーーん!」
「何怒ってんだよ、二菜」
「怒ってませんし! 先輩のばーか!」
「怒ってるじゃん」
何その怒り方、子供か。
口をあひる口にしながらジト目で見ながら怒ってないと言われても、全く説得力がない。
もう高校2年生なんだから、その顔はやめなさい、髪が少し伸びて見た目がちょーっとだけ大人っぽくなってきたせいで、アンバランスだから。
……うん、そのアンバランスさもまぁ、可愛い、とは思うけど。
そんな事を考えて、結論をすぐに出さなかったのが悪いのだろうか……。
「……わかりました」
「何が?」
「放課後、私も一緒に屋上に行きます!」
「……なんで?」
「なんででもです! 女の子には戦わなければいけない時があるんです……!!」
そう言いながらグッと拳を握りしめる二菜に、かける言葉が見つからなかった……。