とある放課後の会話
「藤代くんって、好きな女の子っていないの?」
「え?」
宮藤さんの唐突な質問に、思わず声が出た。
日直日誌を書く手を思わず止めて顔を上げると、黒板に翌日の日直の名前を書いているところで、どんな表情をしているのかはわからなかった。
ふむ。
一体、どういう意図でそんなことを聞いてきたんだろう?
宮藤さんの意図を計りかねていると、くるりとこちらを振り返った宮藤さんと目があった。
これは……。
「からかわれてるんですねわかります」
「いえいえ、ただ藤代くんって、不思議だなーと思いまして」
「何が?」
はて、宮藤さんに不思議に思われることなど、何かしただろうか?
自分には特に思い当たるところはない。
宮藤さんとは隣の席でよく会話をする方だとは思うが、友達かと言われるとどうだろう?
自分の中で仲のいい女子ランクをつけるとすれば、音琴の下に位置するかな、といった具合だ。
ちなみにそのランキングに、他の女子はいない。
泣いてはいない。
え、天音?
圏外ですが何か?
「ほら、1年の天音さん、あんなに頑張ってるのにまだ付き合ってないんですよね?」
「うん、付き合ってないね」
「そういうところが不思議だなーと思って。あんな可愛い子なのに」
「まぁ、確かに見た目は……可愛いとは思うけど」
「ほら」
でもなぁ……。
脳内に天音の姿を思い描いてみると、やっぱり自分としては不自然、としか思えないのだ。
「だって絶対怪しいでしょ、これが相手が五百里ならわかるけど、俺だよ?」
「怪しいって……はぁ、なんで藤代くんって、そんなに疑心暗鬼なのかなぁ」
「ふっ、これも全ては人生経験の差、ってやつかな」
「お、同い年でしょ、藤代くん……」
と、思っているのかもしれないが。
「宮藤さんにはわからないさ……『電柱工事の件で』って訪ねてきた人に扉を開けたら、マンション投資の営業だったあの悲しみは……!」
他にも、宗教の勧誘や新聞の勧誘にも引っかかったことがある。
中でもマンション投資は本当に追い返すのが大変だったのだ。
いいから帰ってくれ、と言っても「こっちも時間を使ってるんだ」と逆ギレされるほどに!
つーか高校生の俺がマンション投資なんてできるわけないだろう、と!
ああ、思い出したらイライラしてきた!
「ふ、藤代くん? なんかすっごい怖い顔してるんだけど!?」
「え? あ、ああごめんごめん、ちょっと嫌な事を思い出して……で、話を戻すけど、天音と俺はそんなんじゃないから」
「ふーん? じゃあ、他に好きな女の子、とかはいないの?」
「うーん……どうだろ? 彼女がいるーってのには憧れないでもないけどねぇ」
俺だって年頃の男の子、彼女が欲しいなぁと思うこともある。
あるけどこれがなかなか。
「そうなんだ……じゃ、じゃあ――――」
「失礼しますっ、1年の天音ですお邪魔します!」
宮藤さんが何かを言おうとしたとき……教室内に声が響き渡った。
誰の声かは言わずともわかってもらえると思う、もちろん、天音二菜だ。
今日は日直の残りがあるから先に帰れ、と連絡しておいたのだが……なぜまだ校内にいるのか。
「邪魔するんやったら帰ってやー」
「そのネタ、前も聞きましたけど知ってる人絶対少ないですよ、先輩!?」
まったく、ノリの悪いやつだ。
「えっとごめん、宮藤さんさっきの話、なんだっけ?」
「え? えーっと……なんだっけ、なんか忘れちゃった、多分どうでもいい事だったんだと思うけど」
「そう? ならいいけど……おい天音、今日は日直だから先に帰れって言っといただろ」
「一緒に帰ろうと思って待ってたんです! いえ、それより何やら、ラブい気配があったので来てみたんですけど!?」
「あ? ねぇよんなもん」
ほんと、相変わらずこいつは何を言ってるのかわからん。
なんだよラブい気配って、あったとしてもそれを感じ取れるお前が怖い。
何か現生人類にはない特殊な器官でも備えているんだろうか?
「藤代くん、日誌はもう書き終わった?」
「ああ、書き終わったよ、あとは職員室に提出するだけだな」
「じゃあそれ、私が出しておくから、先に帰ってもいいよ? ……天音さんがうずうずしてるみたいだし」
「天音、ステイ」
「なんでですか!?」
「ふふっ、長々と待たせちゃってごめんね、天音さん?」
「あ、いえ、こちらこそすいません、日直の仕事の邪魔したみたいで……」
「いいのいいの、もう終わりだったし……それじゃあまた明日ね、藤代くん?」
「ああ、ごめんね宮藤さん、また明日」
そういって教室を出ていく宮藤さんを2人で見送ったが……なんか悪い事、した気がする……。
「天音、ちょい待ってろ」
「えへへ、先輩のそういうちょっと優しいところ、ポイント高いと思いますよ?」
「バーカ、言ってろ……ここで待っとけ、いいな?」
「はーい、いい子の二菜ちゃんは先輩の机で待ってます!」
「はいはい」
教室を出ると、ちょうど宮藤さんが曲がり角に差し掛かったところだった。
じつは走って職員室へ行っていた! なんてことがなくてよかった。
「宮藤さん」
「え、あれ、どうしたの藤代くん? 天音さんは?」
「あー、あいつは教室に待たせてる、それより日直の仕事、さっさと終わらそう」
「……ふふ、藤代くんって、ちょっと怖そうに見えますけど、結構優しいですよね?」
「そうかな」
「あんまりそういう優しいとこ見せると、天音さんが嫉妬しちゃうからやめた方がいいですよ?」
「うーん……?」
隣でくすくすと笑う宮藤さんの意図はやっぱり俺にはわからないなぁ……。
そう思いつつ、職員室までの間、宮藤さんと2人で歩くのだった。