恐ろしい天音の罠
「先輩先輩」
「なんだ後輩よ」
「もし、私が鍵を落として部屋に入れなくなっちゃいました! ……って言ったら、どうしますか?」
「また天音が馬鹿な事を言い出した件について」
ここ最近、よく思うことだ。
思うというか、実際に口に出してしまっているがそこは気にしてはいけない。
だって、どう考えても馬鹿な発言だと、誰しもが思ってくれると、俺は確信している。
鍵を落としたからといって、なんだというのか。
何が目的だ、じゃあ仕方ないな、うちに来いよ、とでも言うと思うのか?
それこそ馬鹿めだ、お前、毎日うちに来てるじゃないか、と!
「やっぱりあれですかねー、『仕方ないなぁ……うちに泊まっていけよ天音』これですよね、先輩っ!」
「そうだなぁ……そういうときはまず、コンビニに行くだろ?」
「え、コンビニ? 何しにコンビニに行くんですか?」
「決まってるだろ?」
「き、決まってるって……ま、まさか先輩!?」
ああ、そのまさかだ。
微かに頬を染める天音が何を考えているかは知らないし知りたくもないが、コンビニには必要なものがある。
時間帯によってはあまり使いたくない手段だが……まぁ仕方ない。
そう。
「コンビニ備え付けのATMで……」
「あれ、ATM?」
「そうだ、そこで金を引き出してこう告げる。『ほら天音、これでビジネスホテルにでも泊まれよ』、とな!」
「な、なんでですかーっ!!」
鍵の交換にどれだけ時間がかかるかはわからないが、これで一晩は凌げる。
あとは天音家の両親がなんとかしてくれるだろう、貸したものが帰って来ない、という危険性はあるが致し方ない。
これは必要経費だと割り切ろう。
「まず鍵を落とす、って前提がおかしい、普通落とさないだろあんなもん」
「いやいやわかりませんよ? カバンの中に入れていて、たまたま落とすことがあるかもしれません」
「落としたとしても落とし先は間違いなく学園の中だ、探すのも容易だな」
「いえいえ、もしかしたら帰りのスーパーで落としたのかもしれません、これなら落としてもわかりませんよね?」
「そもそもカバンの中に入れずに、ポケットの中に入れればいいんじゃないの?」
ちなみに、俺はいつもポケットの中だ。
帰宅したら下駄箱の上に鍵を置き、出るときに鍵を閉めたらポケットの中にイン。
これまで鍵をなくしたことなど一度もない。
……一回だけ。
夜にごみを捨てに行こうと出た時にうっかり鍵を忘れて出てしまい、オートロックを外せず途方に暮れた経験があるだけだ。
あの時はお隣さんに入り口のドア、開けてもらったんだよなぁ……懐かしい話だ。
「ポケットの中に色々入れてる子っていますけど、私あんまり好きじゃないんですよね、そこに入れるの……」
そもそも一つしかポケットありませんし、とプリーツの内側に手を突っ込んだ。
スカートにもポケットはあるだろう、と思って言ってはみたが、本当にあったのか、ポケット。
ズボンと違って、ぱっと見だとどこにあるのかわからない作りになっているのが凄い。
「どしたんですか先輩? そんなじーっと見て」
「いや、スカートのポケットって、男からしたらあるのかないのかもよくわからんもんだからさ、凄いなと思って」
「あー、ぱっと見わかんないかもしれませんね、プリーツに隠れてますし……触ってみますか?」
はい、とポケット部分を広げた天音に手を出そうとして、ふと思った。
あれ、これ言われるがままに手を出したら、セクハラとかにならない?
ここで天音が声を上げたら、絶対に俺が悪い扱いになるよね?
そうなったらどうなる? これはもう、流れるように怖いお兄さんがたが出てきて、気が付いたら幸せになれる壺を購入しているパターンでは?
「どうしました先輩、触らないんですか?」
「……触らない」
「あ、もしかして遠慮してますか? いいですよ先輩だったら、気にしませんし」
「俺が気にするんだっつーの」
危ない危ない、危うく天音に騙されるところだった。
どこか不満げな表情をする天音を見下ろしながら、内心ほっと息をつくのだった。
というか、女の子のスカートのポケットに手を突っ込むとか、普通に変態の所業ですよね……?