ラーメンが食べたい!
「らっしゃっせー! 二名様奥のカウンターどうぞーっ!」
「どもーっ、ほら天音、あっちあっち」
「わ、わかりました……!」
俺と天音が、並んでカウンターに座る。
店内には、中華鍋で炒飯を炒める音や、餃子を焼く音、店員さんの微妙に元気の良い声が響いている。
そして頭にタオルを巻き、腕を組んでじっと麺を見ている店長……どうしてラーメン屋の店長って、みんな腕組んでるんだろうな?
「俺はチャーシュー大麺硬ネギ多目背油ありにするけど、天音はどうする?」
「せ、先輩が魔法の呪文みたいな名前を唱えてるんですけど!?」
「いや、これ普通に注文商品名だから」
というわけで。
今日は天音を連れ、俺イチオシのラーメン屋、「ラーメン屋」へとやってきていた。
ふざけた名前に聞こえるかもしれないがこれがこの店の正式名称、ふざけているのは奥で腕を組んでいる店長だ、俺は悪くない。
どうも天音はラーメン屋に行くことなど今までになかったようで、一度行ってみたい、と言い出したのだ。
確かに、女の子同士でラーメン、ってのはそうそう行かないのかもしれない。
なんとなく天音はもっとおしゃれなカフェとか、そういう所のほうが似合ってる気がするし、何よりラーメン屋でラーメン食ってるってのはちょっと想像し辛いよね、っていう。
「えーっと……私はどうしようかなぁ……どれも美味しそうだなぁ……!」
「初めてなら、普通にノーマルなラーメンがいいと思うけど?」
目をキラキラと輝かせてメニュー表を見ている天音に、そうアドバイスをしてやる。
子供か。
「そうですね初めてですもんね、じゃあ私、普通のラーメンにしておきます」
「よし、すいませーん、注文おなしゃーす」
「あ、先輩、注文は私、自分で言いたいです」
子供か。
「らっしゃっせー! ご注文どうぞー!」
「俺はチャーシュー大麺硬ネギ多目背油あり」
「チャー大麺硬ネギ背脂で! そちらの綺麗なお客さんはどうしましょ!」
店員さんに声をかけられた天音が、嬉しそうな顔で……。
「ラーメンでお願いします!」
「普通のラーメンで?」
「はい、普通ので!」
「麺の硬さ、どうしましょ!」
「え、硬さ? ふ、普通? お任せ?」
出たよお任せ、言われて一番困るやつ。
全く、これだからラーメン素人は困るぜ……!
「とりあえずこいつのも麺硬めにしといてください、あと餃子一皿ね」
「あざざーっす注文はいりまーす!!」
「先輩、手慣れてますね……よく食べにくるんですか?」
「手軽だしな、ラーメン。お前が来るまでは割と食べてた方だと思うぞ?」
今では天音が毎晩のように飯を作りに来るようになったので、あまり来ることがなくなったが、一時は五百里と音琴の3人でラーメンの食べ歩きをしていたくらいだ。
美味しいラーメンが! と聞けば隣県まで足を運ぶ事もあったし、季節毎に出る県内ラーメン特集の雑誌なんかは毎回買っていた。
「へー……いいなぁ、なんか楽しそう……」
「お前はそういうの、しなかったのか? なんかオサレげなカフェとかでケーキ食ってそうなのに」
「あー……私はまぁ、はい、あんまりそういうの、なかったですねぇ」
「なるほど、ぼっちだったのか……可哀想に」
「ぼ、ぼっちじゃないもん!」
まぁ、天音に限って本当にぼっちだなんて思ってはいないが。
なんやかんやでこいつは友達が多い方だと見た、さらに友達という名の商売仲間も多いと見た。
ただ、最近はうちに来る事が多いから、ちゃんと友達付き合い出来てるのか心配な面もあるんだよな。
こいつそのうち、マジでぼっちになりそう。
「なぁ天音」
「はい、なんですか?」
「今度は五百里と音琴も誘って、4人でラーメン、食いにいくか?」
だからだろうか? こんなことを言ってしまったのは。
でもまぁ、あの2人も天音が来ることについては何も言わないだろう。
いや、むしろ音琴あたりは歓迎するんじゃないか?
そう、親心のようなものを出してやったのに。
「ありがとうございます、楽しみにしてます……くふ!」
「なんだよ、その笑い」
「いえいえー、なんでもないので気にしないでください……くふふっ!」
「逆に気になるわその笑い、言えよ」
「えー、でもこれ言うと怒られそうだからなー!」
怒られそうなことを考えているのか、というセリフはぐっと飲みこんだ。
にこにこ、どころかにやにや、と笑う天音の表情から、何やら危険なものを感じたからだ。
これ以上話を聞いていると、なんか変な事になりそうな気がする……。
そう思っていると、先ほどの店員さんが両手にラーメンを持ってきた。
「お待たせしましたー、チャーシュー大麺硬ネギ多目背油ありに普通麺硬でーす、餃子は少しお待ちくださーい」
「あ、どもでーす……ひっさしぶりだなぁ、ラーメン!」
天音の分の箸も取ってやり手渡すと、天音がボソッと呟いた。
「……くふふ! 先輩って、ツンデレなとこありますよね?」
「ん? なんか言ったか?」
「いーえ、なんでもありません! ……わ、美味しそうですね! いただきまーす!」
何か聞き逃したようだが、まぁいいか。
先ほどまでの会話もすでにどこ吹く風。
美味しそうにラーメンを食べる天音を見て、連れてきてよかったなぁと思うのだった。