初めてのバレンタイン
みなさんは、2月14日が何の日か、ご存知だろうか?
そう、今となっては知らない人などいないだろう。
かの有名なロックバンド、ザ・ローリング・ストーンズの初来日公演が、1990年のまさに今日から始まったのだから。
そのため、2月14日は「ザ・ローリング・ストーンズの日」と制定され、今でもロックファンから親しまれているのだ。
「何をぶつぶつ言ってるんですか、先輩?」
「いやなんでもない、今日もいい天気だなぁ、と」
「え、曇ってますけど……」
「そうだな、今日の降水確率は午後から60%らしいぞ?」
「はぁ」
不思議そうな顔できょとんとこちらを見る二菜の顔に、不審なところはない。
いつも通り、普段通りの二菜だ。
今日は2月14日だが、あまりにもいつも通りで……あれ?
……そう、2月14日だ。
色々と言っては見たものの、俺も男の子、今日が何の日か知らないわけがない。
毎年、親友の五百里がたくさんのチョコに囲まれるのを見ていたのだから。
リア充爆発しろ。
だがしかし、今年の俺は例年とは一味違う。
何と言っても、今年はこいつが! 二菜がいるのだから!!
と、思っていたのだが。
「それにしても最近は寒くなったりあったかくなったりで困りますよねー」
「ほんとな」
「今日なんて最高気温、18度らしいですよ? 春じゃないですかもー!」
「来週はまた寒いらしいけどな」
「風邪、引かないようにお互い気をつけましょうね、先輩っ」
「そうだな、また風邪ひいたって人んちに押しかけられても困るしな」
「もーっ! なんでですかー!」
そういうとほっぺたを膨らませ、子供のように怒りだした。
全くもっていつも通りのやりとりすぎてなんというか……。
き、期待なんてしてなかったんだからな!?
誰に言い訳をしているのかわからない言い訳をしながら、手の中で形を変える二菜の顔と、ほっぺたの柔らかさに癒されながらも、期待感が膨らむのを抑えることが出来なかった……。
いや、期待なんてしてないけど。
*
そうして、特に何も期待などしていないが昼、放課後と順調に時間は経過していく。
途中、二菜を見ると明らかにそわそわとする男子連中を見ると少しだけイラっとしたのは仕方がない事だと思ってほしい。
さらに言うと、「夕飯は何がいいですか?」に対して「チョコレートが欲しい」なんて言えるだろうかいや言えない。
結局、今日の二菜はバレンタインなどどこ吹く風で。
いつも通り夕飯を食べ終わった後、本当にいつも通りに予習を始めた二菜を見て、あーこれは期待できないのかもな、と思い直した。
ここまで引っ張ると、もはや自分から今日はバレンタインだな――などと言い出すことも出来ない。
少なからず落胆している自分に気付き、思わず笑ってしまう。
「どうしました、先輩?」
「いや、なんでもない。珈琲入れるけど、お前も飲むか?」
「うーん……いえ、今日はやめておきます、寝れなくなっちゃいますしね」
「そか」
「くふふー! 私が眠くなるまで一緒にいてくれるー、って言うなら喜んで飲みますよー?」
「ばーか」
「あいたっ」
ぺちっ、とおでこを叩いてやると、笑みが零れた。
うん、今日も俺の恋人は可愛い。
……1年前の俺が今の俺を見たら、頭がおかしくなったのかと思うだろうな……。
*
「さて、もういい時間ですし、今日はそろそろ帰ろうかな?」
「ん? もうそんな時間か」
読んでいた雑誌から視線をあげて時計を見ると、針は夜の22時を指していた。
いつもの二菜なら、なんやかんやと言い訳を重ねていつまでたっても帰らないパターンなのだが……。
「なんだ、今日はえらく素直に帰るんだな」
「夜更かしはお肌の天敵ですからね! 肌荒れなんてしたら先輩に嫌われちゃいます!」
「別にそれくらい気にせんけど」
「私が気にするんですー!」
ぷくっと頬を膨らませながら、ちゃくちゃくと帰宅準備を進める二菜に、少しだけ寂しさを感じてしまう。
「もうちょっといれば?」なんて言ったら、こいつはどんな顔をするだろう?
……調子にのってじゃあ泊まる! とか言いかねないな、うん。
「くふふ! それとも、『泊まっていけよ、二菜』とか言ってくれちゃったりしますかー!?」
言わなくても言うのかよ。
「ばーか、そんなこと言うかっての」
「ふふっ、先輩なら絶対そう言うだろうなという強い信頼感!」
「ちなみに、じゃあ泊まっていくかって言ったらどうする?」
「え? もちろん泊まりますけど?」
「ですよねー」
ほんとブレないやつだなぁこいつは……。
「先輩がお泊りおっけーどころか同棲おっけーしてくれるの、楽しみにしてますね!」
「後、何年先だろうね?」
「もーっ、私はいつでもいいって言ってますのにっ!」
はいはい耳タコ耳タコ。
何も変わらない、いつも通りの二菜をいつも通りに部屋まで送っていく間も、バカな事を言い続ける二菜に冷や汗が止まらない。
最近、4階のバカップルって言われてるの、知ってるかお前……。
「くふふ、私の部屋、たまには上がっていきますか、先輩?」
「またそのうちな。じゃあな、また明日」
「はーい、また明日! あっ! 明日、感想聞かせて下さいね、先輩っ!」
「感想? なんの?」
「それじゃあ、おやすみなさーい」
「おお、お休み……?」
最後に不穏な言葉を残し、二菜が部屋へと入っていく。
感想? 一体、なんのことだ。
思い当たることが全くないため、二菜が何を言いたいのかさっぱりわからない。
何の、と言い残さなかったのだから、おそらく聞いても答えてはくれないだろう。
「まぁ、明日何のことだったのか聞けばいいだろ……」
明日聞いて教えてもらえなければそれまでの事だ。
そう思い直して部屋へ帰ると……。
「うん……?」
二菜の座っていたあたりに、紙袋が置いてあった。
忘れ物だろうか? 二菜にしては珍しい。
明日、渡してやらないと……そう思い、紙袋を手に取ると、メッセージカードが貼り付けられている事に気が付いた。
宛名は……『先輩へ♡』?
「なんだこれ」
紙袋の中を覗くと、そこには丁寧にラッピングされた箱が一つ。
メッセージカードを開くと、そこには『大好きな先輩へ♡ いつもありがとうございます! チョコの感想、聞かせて下さいね!』と、少し丸っとした文字で書かれていた。
「あいつ……」
いそいそと帰ったと思ったら、こんな事を企んでいやがったのか。
ていうか、普通に渡せよ、と。
もしかすると、一日そわそわしていたのにも、気付かれていたのだろうか。
だとすると、とんでもなく恥ずかしい。
今頃、部屋の中でニヤニヤしている二菜が眼に浮かぶようだ。
二菜のことだ、このチョコレートもきっと手作りで、それはそれはとても甘いのだろう。
ラッピングをほどき中のチョコを一粒口に放り投げると、なんとも言えない甘さが口の中に広がった。
「あいつ、覚えておけよ……!」
ホワイトデーで二菜にどんな仕返……お返しをしようか。
そう考えるだけで、釈然としない気持ちが、落ち着いていくのを感じた。
*
??
「期待して挙動不審な先輩は物凄く可愛かった、正直何度抱きつこうかと思ったかわかりません、ぶっちゃけ早くチョコを渡していちゃいちゃしたかった、明日は今日の分もいちゃいちゃしたいと思います」