初めての年越し
「先輩! 新年明けまして、おめでとうございます!」
「おー、おめでとー」
時刻は午前0時、日付は1月1日。
今日は珍しく、こんな時間まで二菜が俺の部屋にいるが、それも新年だから許されていることだ。
これが新年でもなければ、抱えてでも自分の部屋へと帰らせているところだ。
さすがにまだ、日常的にうちに泊まらせるようなことはしていないわけで。
「先輩、今年もよろしくお願いしますねっ!」
「こちらこそよろしく……って、よかったのか、二菜?」
「? 何がです? あ、お雑煮食べますか、お雑煮」
「お、もらおうかな……もちは1個でいいや」
「了解でーす……それで、なんでしたっけ?」
「ああそうそう、両親と正月、過ごさなくてよかったのか、って」
普段離れて暮らしている二菜の両親、優二さんと七菜可さんがこちらに帰ってきている、というのは聞いている。
たまにしか会えないのに、こんなところでのんきにお雑煮なんて作っていてもいいのだろうか?
本人は鼻歌を歌いながら、楽しそうにしてるけど……。
優二さんは、二菜と会いたかったんじゃないかなぁ、あの人二菜のこと、溺愛してるし。
今度二人に会った時、何か言われないか地味に不安だ。
「くふふー、いいんです! 先輩と初めてのお正月を優先するのは当然ですからねっ!」
「さよか」
二菜が言うなら……まぁ、いいんだろうか?
「先輩こそ、帰らなくてよかったんですか?」
「うーん、顔くらいは見せろ、と言われてはいるけど……」
ちら、と二菜の顔を見ると、きょとんとした表情でこちらを見返してきた。
「……今年帰ると、お前のことでうるさく言われそうでなぁ……」
「はぁ、大変ですねぇ」
「他人事みたいに言ってるけど、そうなって一番大変なのは絶対お前だからな?」
千華さん、絶対二菜のこと知ったら詳しく教えろって突っ込んでくるだろうしな。
あと鈴七、あいつが絶対ウザい、考えただけでもううげーってなるくらいウザい。
それを考えるだけで、今年帰るのはもういいかなぁ、となっちゃったわけで。
ただ、来年には帰らないといけないだろう、俺も高校を卒業するし。
今後、どうするつもりなのか、という報告は、藤代にも、蓮見にも必要だろうしな。
「まぁ、来年は多分……二菜も行くことになると思うし、覚悟しといてくれ」
「わかりました、来年は将来の妻として、気合を入れていきますねっ!」
「ばーか、誰が妻だ、気が早いわ」
まだまだ先の話だというのにぐっと拳を作り気合を入れた二菜に対して苦笑した所で、机の上で震えるスマホに気がついた。
どうやら、五百里や音琴から新年の挨拶が来ているようで、メッセのアイコンに数字マークが表示されていた。
二菜のほうも同様にメッセージが来ているらしく、何度かスマホが震えていた。
……俺と違って、二菜は返信、大変そうだよなぁ……。
「香月先輩ですか?」
「あとは音琴とかからのあけおめって連絡だな、いやー年賀状書かなくていいってのは楽なもんだ」
「こうやってメールでやり取りってのも、風情が足りない気がしますけどねー」
「まぁなぁ……」
「私、お正月の年賀状の束見るの、好きだったんですよねー」
わからんでもない。
「げ、鈴七からも来てる……『正月帰ってこないのは、あの女の子がお正月でお店お休みだからですねわかります』ってうるさいわ!」
あいつはあいつでどうもここ最近、彼氏ができたとかで浮かれてる……と、母さんから聞いてるけど。
あいつと付き合えるんだ、きっと恐ろしく気の長い、仏のような男に違いない。
ここぞとばかりにマウントとろうとしてくるのが本当にウザい!
何度か鈴七にメッセを送り、馬鹿にしたり煽ったりをしばらく繰り返していると、ぽす、っと膝に重みを感じた。
自分の膝を見下ろすと、そこには瞳を閉じた二菜が膝に頭を乗せており、くぅくぅと静かに寝息をたてていた。
時刻はすでに1時を回り、深夜の時間帯。
年越しのために色々と準備をしてくれていたし、思っていたよりも疲れていたんだろう。
眠気に我慢できず、俺の膝を枕にしようと考えた、ってところか。
まったく、眠いなら眠いで、自分の部屋に帰らないとダメだろ?
「二菜、起きろー、寝るなら自分の布団に行かないと、風邪引くぞー?」
軽く肩を揺すってみるもよほど深い眠りに落ちているようで、二菜が起きる気配はまったくない。
だからと言って、このままここで寝かせる、というのもなぁ……うーん……。
再度二菜の顔を見下ろすと、余りにも幸せそうに安らかに眠っており、起こすのも可哀想な気がしてしまう。
……はぁ、仕方ない、か。
「よっ、と」
眠る二菜が起きないよう、膝から頭を外しそっと抱き上げ、自分の部屋のベッドへと運んでいく。
今ほど寝室へのドアがドアノブじゃなく、横開きのドアでよかったと思ったことはない。
足でドアを開けるともうすぐそこはベッド、あとは二菜を寝かせるだけだ。
(それにしても、二菜ってほんと、いい匂いするよな……)
シャンプーの香りに二菜本人の香りが合わさり……不思議と心地いい匂いがする……。
女の子って、本当に不思議だよなぁ、なんでこんなに落ち着くんだろうな?
いつまでもこうしていたい……いやいや、何考えてんだ、落ち着け藤代一雪!
ゆっくり、丁寧に二菜が起きないように寝かせて布団をかぶせてやるが、ここまでしても二菜が起きる気配はなかった。
まったく、どれだけ疲れたんだか……。
そんな二菜の頭をそっと撫で、さらさらの髪の手触りを少しの間、楽しませてもらう。
ここまで運んでやったんだ、このくらいの役得はあってもいいだろう。
さて、今度は俺が寝るところも作らなきゃな。
……まぁ、俺はこたつでいいか、一晩くらいなら問題はないだろう。
そうして部屋を後にする前に、俺は二菜の柔らかな頬を、優しく撫でた。
「おやすみ、二菜」