初めての…
「はー……息、真っ白です」
「もう年末も近いからねぇ」
「はー……その前にあれがありますよ、あれ」
「あれ? あれってなんだっけ、なんかあったか?」
あれとはなんだろう。
白い息を吐きながら、期待するような視線をチラチラとこちらに向けて来る二菜に、首を傾げて対応してみると、ほっぺたがぷくっと膨らんできた。
わかりやすいやつだ。
「ほら、その顔やめなさい」
「らっれ、へんぱいがわふいんれすぅー!(だって、先輩が悪いんですぅー!)」
「わかってる、わかってるって、クリスマスがあるって言いたいんだろ?」
そう、クリスマスだ。
カレンダーもすでに12月の半ばを越え、年末までもが近づいてきていた。
なんともまあ、1年というのは本当に早いものである。
「そ、そうですそうです! くふふー♡なんですか先輩! わかってるじゃないですかーもー♡」
「なお、今年のクリスマスはサンタクロースの腰痛が悪化した為、中止となりました」
「なんでですかー! ていうかそんなんで中止になりませんよっ!」
「まぁ、それはいいとして」
「よくないんですよねぇ……」
そう、クリスマスだ。
クリスマスといえば、やはりイルミネーションの綺麗なところで出かけたりするもんなんだろう。
だがしかし。
だがしかしっ!
「くふふー! 先輩っ、クリスマスはどこに行きましょうかっ」
「えっ、どこにも行かないけど?」
「えぇっ!?」
「むしろ、なぜクリスマスだからといって出かけねばならんのだ」
そう、あれは去年の事だ。
何をトチ狂ったのか、テレビで見た近所のクリスマスのイルミネーションがとてもきれいに見えて、なんとなく実物が見たくなったのだ。
そこが、この家からも数駅先の中心部で、1時間もあれば余裕で往復できる距離だったのもいけなかった。
時刻は夕方、意気揚々と出かけて……何も考えていなかった自分に怒りを感じ、そして絶望した。
クリスマスなんだから、カップルだらけなのは当たり前だろうと!
イルミネーションを見上げ、楽しそうに語らうカップルたち。
1人、わーキレイだなーと死んだ目で見上げる俺。
「嫌な……事件だったね……」
ふっ、と思わず遠い目をしてしまう俺。
ここまで言えば、俺がなぜ外に出たくないか、二菜にもわかってもらえるだろう。
そう、俺はもう去年のような想いを絶対にしたくないのだ!
「というわけなんだが、わかってもらえたか?」
「つまり、今年は私がいるから問題ないってことがよくわかりました」
「へっ?」
「へっ? じゃないですよ! 今年はこ、恋人の、私がいるんですからっ!」
「……そうだった、忘れてた……!」
なんでだろうね?
自分でもよくわからないけど、そうだよ、今年は俺、1人じゃないじゃん!
つまり、クリスマスのイルミネーションを見に行ったって、「はー、この場に隕石でも落ちてこないかなぁ」とか思わなくてもいいんじゃんっ!
まぁ、それはそうと。
「しかも! し・か・も! 初めてのクリスマス! これはもう盛大なイベントになる気しかしませんよねっ!」
「わかりました、今年のクリスマスは家で祝おうと思います」
「あれっ!? 私がいるから、じゃあクリスマスデート♡になるんじゃないんですかっ!?」
「それはそれ、これはこれかなって」
「もー! なんでですかー!!」
ほっぺたを膨らませて怒る二菜は可愛いが、本当にそれはそれ、これはこれ。
これだけ寒い中、人が多い所に行きたくはない。
二菜には悪いと思う……思うが!
「それよりも、俺は家で二菜の作った料理を食べて、ゆっくり過ごしたいんだ」
「えっ?」
「綺麗なイルミネーションを見るのもいいけど、二菜と2人でゆっくり過ごすクリスマス、ってのもいいと思わないか?」
「も、もうっ! そんなのに私、騙されないんですからっ! ……で、でも、まぁ、私と2人で過ごしたい、ってのは、くふふ、なかなか魅力的な……!」
どうやら、すでに二菜の頭の中はすでにクリスマスへと飛んでいるようだ。
何を想像しているのかは知らないが、にやにやしつつ、時々変な笑いがこぼれているのが怖い。
あれ、もしかして俺、言っちゃいけない事言った?
素直にクリスマスだからって、外に出かけてたほうが安全だった?
いやいや、でもなぁ……。
「先輩っ!」
「お、おう」
「クリスマス、いっぱい美味しい料理作りますから! 楽しみにしててくださいねー!」
「おう……楽しみにしてる……」
胸の前でぐっと拳を握り、やる気満々で見上げる二菜を見て、そこはかとない不安を感じるのだった……。