方向音痴な天音さん
絶景ポイントの看板につられて登った先にあったのは、看板に偽りなし、確かに絶景だった。
遠くに見える山並みに街並み、赤く染まった山の中を流れる川に、側を走るトロッコ列車。
これは確かに……いい景色だ!
しかし……。
「うわーっ! 凄いですよ先輩!」
「はぁ、はぁ……お、おう……そう、だな……」
「もーっ! バテバテじゃないですかー!」
「おま、お前なんでそんな、平気なの!?」
「くふふ! こう見えて私、鍛えてますから!」
敬礼のような仕草をしながらそう言う二菜は、息切れ一つしておらず……ヤバい、あいつとの体力差がこんなに顕著に出るとは!
結構長くて急な階段を登ったはずなのに……こ、これからは毎日走って体力作りした方がいいかな……?
「ほらほら! 先輩も見てくださいよ!」
「……はー、あー落ち着いた……へぇ、結構いい景色だな」
「ですよねー! さすが絶景! あ、私たちのマンション、あの辺ですかねー?」
と言いつつ、全然違う方向へ指を指す二菜に思わず苦笑いを浮かべてしまう。
おいおいおい、完全に逆方向だぞー?
「お前は本当に方角のわからん奴だな……俺らの住んでるのはあっち!」
「あれっ、じゃあこっちは?」
「そっちはさらに山奥になるねぇ」
「んー……?」
「俺らが来た方角、どっちかわかるか?」
「えーっと……あっちですよね!」
そう言いながら、またもやあさっての方向を指さす二菜。
こいつ、わざとやってんじゃないのか? と思われるかもしれないが……こいつはそういう奴なのだ。
地図を見ながらでも迷う少女……それが、天音二菜なのである。
地図アプリがこれだけ発達してるのにね、不思議だね。
「お前は、一人でお出かけとか出来ないな……」
「ふんだ、いいですもんねー、先輩に連れて行ってもらいますから!」
「いつでも俺が一緒とは限らないだろうに」
「あ、写真撮っておこうっと! 思い出思い出!」
聞いてねぇ。
いやまぁいいんだけどさ、よっぽどなところ以外だったら、連れてってやれるし……。
俺がいけないところは、まぁ、あれだ、二菜の友達がなんとかしてくれるよね!
「先輩、こっちこっち! 一緒に写真撮りましょう! 思い出を残さねばー!」
「え、俺、自分の写真とか撮られるのマジで嫌いだし遠慮します……」
「もー! なんでですかー!!」
というか自分の姿を後世に残したくないというかなんというか。
なんか嫌じゃない? 自分の写真を後から見るのって……小さい頃の写真とか、見たくないんだよなー恥ずかしいし……何より、ネタにされそうなのが嫌なわけで!
あ、こいつがうちの実家に来る前に、アルバムを処理しておかないと!
そう考えつつ、絶景を背景にぷくーっとほっぺたを膨らませて怒る二菜……を写真にぱしゃり。
「よし、いい思い出が撮れた、この写真はアルバムに貼ろうな?」
「だ、ダメです! せめてもっと可愛い感じの写真にしてくださいー!」
「ははっ、この調子で増えていくと、二菜の怒り顔写真集が出来ちゃうんじゃないか?」
「もうっ! そんなのいりませんっ!」
「これもいい思い出だと思うけどなぁ……ま、それはそうと次行くか、二菜」
「はーい」
いいお返事です。
二菜が駆け寄って来たかと思うと、ぎゅーっと俺の腕にしがみついて……いてて、ちょっと力入れすぎじゃありませんか、二菜さんや。
そんなに、怒り顔コレクションは嫌だったんだろうか?
意外と嫌いじゃないんだけどなぁ、ほっぺたぷくーってしてる二菜の顔……。
行きはよいよい帰りは……帰りの方が楽な階段を下り、元の道へ戻るとそのまま対岸へと渡り、駅の方へと引き返していく。
次の目的地は、当初2人で行こうと考えていた、凄い山公園だ。
歩きながら目の前に広がるグラデーションに染まった山並みを眺めていると、秋になるとみんながここに来たがるのもなんとなくわかる気がする。
秋って、落ち葉が鬱陶しいだけじゃないんだなぁ。
「ところで、どうだった? 絶景ポイント」
「いやー綺麗でしたね! ていうか、紅葉ってあんな綺麗なんですね……びっくりしました!」
「なー、なんか赤いなーくらいにしか思ってなかったけど……看板に偽りは?」
「なしですね! ていうか意外と人が少なくてビックリしました」
「もしかして逆効果なんじゃないか、あの看板……」
絶景! とか書かれると、逆に行きたくなくなるよね。
天の邪鬼精神が現れると言うか……雑誌とかで凄い推されてるラーメン屋とかも、なんとなく行こう! って気がなくなると言うか。
わかるかな? わかって? わかれよ。
そうしていると、川上からお客さんを乗せた小舟がゆったりと降りてきて、船頭さんが俺たちに手を振ってきた。
それに対し、二菜も笑顔で手を振り返し……おいおい、ちょっとデレっとしてんじゃないよ、下心が透けて見えてるぞ船頭さんよ。
「ああいうふうに舟で川を下るのも、結構楽しそうですよね」
「あんなに人に囲まれて狭い舟に乗りたくない」
「はー……先輩ならそういうと思ってました……」
わかっているなら言わないでほしい。
嫌だよ、あんな狭い船の中にすし詰めになるなんて……絶対転覆するわ。
「あ! あっち! あれならどうですか、屋台船!」
「屋台船ってあれだろ? あの中で黄金色のお菓子のやり取りとかする……」
「どこからの知識ですかそれ」
「現代知識を持ったエリート医師が江戸時代にタイムスリップするのとか?」
「医学の破壊者!」
いやいや、あの先生結局歴史はなんにも変えられてないし、破壊者ってほどじゃないし!
ちょっと医学の歴史を60年ほど前倒しにしただけだし……60年で済んでるよね? 多分。
後世に存在しなかった病院とか出来ちゃってるけど、死ぬべき人はちゃんと死んでるし?
江戸時代に残った先生と現代に残った先生ってどういうことなんでしょうね? 今でもよくわかりません。
そんな事を考えながら歩いていると、ようやく凄い山公園が見えてきた。
絶景の看板につられてフラフラとあっちへ行ってしまったが、本来の目的はここへ来ることだったんだ。
思わぬ遠回りをしてしまったものだ……。
「はー、ちょっと休憩しましょうか、先輩」
「だな、駅からここまで結構歩いた気がするぞ」
「山、登りましたからね」
「俺はもう今後、一切山には登らないようにしようと心に決めました」
「一回富士山とか登ってみたいんですけどねー」
「その時はお友達を誘って、遊びに行ってね?」
「もうっ! すぐそういう事言うんですから、先輩はっ!」
だって富士山だぜ富士山?
3000メートルも登ったら死ぬんじゃないだろうか、俺。
唇を尖らせる二菜の顔をまた写真に収めると、2人並んでベンチに腰掛けるのだった。