藤代一雪は逆襲する
「一雪、今日が何の日か知ってる?」
帰り際、五百里に言われた一言だ。
今日が何の日かだって? 月末だよ月末、月末31日。
31日と言えば給料日だ、今日は給料日で美味しいモノが食べれるぞ!
ちょっとお高い素材を二菜に調理してもらうのが、この春からの楽しみなんだよなー!
「そういうことじゃなくて……」
「じゃあなんだよ、10月31日……秩父事件か!?」
「普通の高校生は秩父事件なんて発想、普通しないんだよ一雪?」
「さよか……で、今日が何の日だって?」
普通に思いつかないんだけど。
祝日なら来週だし、特別な日だっけ。
「藤代くん、今日はハロウィンだよ、ハロウィン! とりっくおあとりーと!」
「ハロウィン? あー、あの渋谷で若者がドンチャン騒ぎするというあのイベントか!」
「藤代くんもその若者に入るんだよ? あれ、若者だよね!?」
「宮藤さんと同い年です」
そうか、ハロウィンか。
自分には全く関係なくてさっぱり忘れていたけど、そう言えば商店街でハロウィンの告知をしていたようなしていなかったような……店長もスルーしてたから、完全に頭から抜け落ちてたわ。
それにしてもハロウィン、ハロウィンなぁ……。
「うん、俺には全く関係ないイベントだな!」
「ほんと、そういうところだよね一雪」
「うん、藤代くんは見通しが甘いと思うな」
「宮藤さんまで!?」
見通しが甘いって言われても、俺には全く関係のないイベントにしか思えないんだけど。
一体どうしろと……
「とりあえず今日の藤代くんは、これを持っておくべきだと思うよ……はい」
そう言って宮藤さんから手渡されたのは、いちご味の飴玉だった。
これを渡されても、どうすればいいのか全く見当もつかない……え、帰りにトリックオアトリート! って誰かに襲われるの、俺?
「宮藤さんナイス、いいかい一雪、その飴はポケットに入れておくこと、いいね?」
「俺が食べちゃダメなのか」
「食べてもいいけど、その時は……覚悟したほうがいいだろうね」
なんのだよ。
まぁくれるというのであればありがたくもらいますけどね?
とりっくおあとりーとー!とクラスメイトに襲われる宮藤さんを横目に、ポケットに飴をしまいこむのだった。
*
その日は他にも、珍しい事があった。
バイトのない日はいつも二菜と一緒に帰るのがすでに春からのお約束だったのに、その日に限っては『用事があるから』と先に帰るよう促してきたのだ。
今までなら用事がすむまで待っててくれ、と当たり前のように言っていた、あの二菜がである。
春からここまでおよそ半年の間で初めての出来ごとに、さすがの俺も困惑する。
最近、また告白が増えていると聞くが……まさか。
いやいやいや、ないないない、二菜に限ってそんなことありえない!
ありえないよなぁ……うーん……。
そんな、なんとも形容しがたい思いを抱いたまま自宅に帰るもやはりそわそわして落ち着かない。
なんだこれ、二菜がいないってだけでなんでこんなにもやもやするんだよ俺!
「くっそー、それもこれも、全部あいつのせいだ……なんだってんだよ急に」
あいつが帰ってきたら、あのほっぺたを両手で挟んでむにむにしてやる。
やめてくれといっても絶対やめてやらないぞ! とその光景を想像していると、なんとなくもやもやが収まったような気がした。
はー、早く帰ってこないかなぁ、あいつ……。
とまぁ、ぐだぐだ言っていても仕方ない。
給料も入ったことだし、買い物にでも行ってお高い食材で豪遊の準備を!
そう、思っていた時だった。
ピンポーン
「? なんだこんな時間に……」
Amaz●n様以外で我が家を訪ねて来るなんて珍しい。
こう言う時って、たいていろくな理由じゃないんだよなぁ……どうせマンション投資系の詐欺か、宗教の誘いかだろう。
10分もすれば諦めて帰るだろうから、それを待って
ピンポンピンポンピンポンピンポーン!!
「ああ! うるせぇ!!」
なんだこのチャイム連打! なんか凄い懐かしい気がするのは俺の気のせいか!?
「はいどちら様ですか宗教の勧誘なら間に合ってますが!?」
「先輩私です! 開けてもらえませんかー?」
「なんだお前か……鍵持ってんだろ、開けて入ってこいよ」
「いえ、ちょーっと今、手が塞がってましてー」
「なんだそりゃ」
なんかでかいモノでも持ってきたんだろうか?
ったく、それならそうと言えば、こっちから取りに言ってやったのに、案外どんくさい奴だな……。
「わかった、開けるからちょっと待ってろ」
そう言って扉の前に立っていたのは……体にシーツを巻きつけ、頭からツノ? を生やした二菜だった。
なんだそのツノ。
「ていうか何そのかっこ……露出狂の真似でも始めたのか?」
「は、始めてませんよぉ! いいですから、中、入れて下さい!」
「はぁ、まぁ入ればいいけど……」
だが、中に入ってきた二菜はなぜか玄関から動こうとしなかった。
「? なんだよ、入ってこいよ」
「…………先輩、今日がなんの日か知っていますか?」
「今日? そういや、五百里がハロウィンとか言ってたような……」
「そうなんです! ハロウィンなんです!」
「うおっ!?」
何急にテンションあがってんのこいつ! びっくりするんだけど!
「と、というわけで!」
ばさーっ! と体に巻きつけたシーツを取り払った二菜に、思わず絶句してしまった。
人間、びっくりしすぎると、感情が抜けおちるんですね、初めて知りました。
おそらく今の俺は、二菜から無表情に見えていると思います。
いえ、びっくりしてるんですよ本当に。二菜が可愛すぎてビックリしてるんです。
そう、シーツを取り払った二菜は――――コスプレをしていた。
そうか、頭の角はこの角だったのか。
胸元は大きく開き、おへそは露出し、短いスカートでぎりぎり中が見えるか見えないかで。
なんていうか、うん、本当になんていうか……一言で言うと……そうだな、うん。
まぁ、何か言わなくても、みんな分かってもらえると思う。
そんな今の俺の気持ちを、400文字原稿5枚以内で書きだしなさい。
「何がというわけで、なのかわからん」
「ハロウィンですからね! とりっくおあとりーとです、先輩!」
やっば、可愛い。
どうしよう、俺の彼女が可愛すぎて困るんだけど、俺どうしたらいい?
この状況、どうしたらいいと思う?
と、とりあえず……。
「顔赤いぞ、お前」
「あ、赤くありません! 赤くないもん!!」
「恥ずかしいならそんな格好、しなきゃいいのに……」
「くふふ! 今日の私は小悪魔二菜ちゃんなのです! お菓子をくれなきゃいたずらしちゃうぞー!」
ああ、そういえばそんなイベントか。
悪戯か……お菓子か……ふむふむ。
これ、この格好も含めて俺の事を挑発しようとか、そういうつもりだな?
浅はかなり天音二菜……俺にその手はきかない! いやさっきまでやばかったけど。
それはそうと、このままこいつを調子に乗らせるのってあんまり面白くないよなぁ……よし。
「じゃあいたずらで」
「えっ」
「いたずらのほうで頼む」
……ふはっ、めっちゃキョドってる。
よし、二菜見てたらなんか気持ちが落ち着いてきたな……ああ、そう言えば。
ポケットを探ると、宮藤さんからもらった飴が一つ。
なるほど……こういう状況を想定して、俺に飴を渡してくれたのか……さすが宮藤さん、頼れる人だぜ!
「……って冗談だよ冗談、ほら、お菓子をやろう」
「えっ? あ、はい……」
「ほら、あーん」
「あ、あーん……」
二菜の口の中に飴玉を放りこんでやると、少し表情が和らいだ気がした。
うん、二菜はやっぱり、笑顔なほうが可愛いよね!
そこですかさず!
「ところで二菜、トリックorトリート」
「え?」
「俺も、お菓子をくれないと悪戯するぞ?」
「えっ、えっ、きゅ、急にそんなこと言われても、私お菓子なんて持ってないんですけど……!」
「お菓子がないなら、悪戯しかないよな?」
「えっ、あっ、そ、そうですね? えへへ……」
くっ……ふふふ、またキョドってるキョドってる。
視線があっちこっち行くのがまた、わかりやすいよなぁこいつ。
なんとなく誤魔化し笑いしている二菜を見ていると、悪戯してやりたい気持ちがむくむくと湧いてくる。
うーん、どうすれば二菜はビビってくれるだろう……こいつ、そうそうビビりそうにないんだよなぁ。
口の中で飴をころころと転がしながらへったくそな笑いをする二菜を見て……あ、そうだ。
そっと二菜の頬に手を添え、ぺろりと唇を舐めてやる。
「うん、いちご味」
「~~~~~~~~~~っっっ!!」
すると、二菜がただでさえ赤い顔をさらに真っ赤に染め上げ……逃げてしまった。
って! 何調子のってんだよ俺! 何ぺろりって!ぺろりって!!
何さまだよお前!!
「ああああああ死にたいぃぃぃぃぃぃ……………!」
明日からどんな顔して二菜に会えばいいんだよ!
思わず枕に顔を押し付け、うめき声をあげてしまったのだった。
*
「ってことがハロウィンの日にあったんだが」
「どうして口の中の飴を一緒に食べるという選択を取らなかったのか」
「ヘタレ」
「できるか!!」