西に広がる凄い山
「やってきました秋の凄い山!」
「なんだよ凄い山って」
「いえ、なんか固有名詞出しちゃだめな気がして」
「なんだそりゃ」
というわけで、二菜に倣って俺も呼ぼう、今日やってきたのはここ、凄い山である。
県内でも有数の観光スポットであり、修学旅行生から一般のお客様まで、まずこっちに旅行に来たらみんな行くよね、とまで言われるほどの凄い山がここ、凄い山だ。
「凄い有名な観光地なんですけど、実は私、来るの初めてなんですよね」
「奇遇だな、俺もだ……なんとか寺ーみたいなのも有名だけど、そのへんどれも行ったことないぞ俺」
「ふふーん、そのへんのお寺とか、私はありますよ! 小学校の時に!」
「遠足とかそんなもん、ノーカンだノーカン!」
「くふふ! 今度、私と一緒に行きましょうねー!」
「えー、そういうところって、本当に人多そうでやだなぁ……行きたくない……」
「もー! なんでですかー!!」
そんな馬鹿な話をしながら、駅から二人並んで歩いていく。
駅を出たら目の前にはすぐ、テレビでもおなじみの光景だ。
「おー! 見てください先輩! ニュースでよく見る橋ですよ!」
「おお、実在してたのかこの橋……」
「いやそりゃありますよ!? ちなみにこの橋、上空を月が橋に沿うように移動していく様から、月が渡る橋って名前がついてるんですよね!」
「ネットから拾ってきた情報ですねわかります」
「えへへ、昨日楽しみすぎて、あちこち調べ回っちゃいました」
「小学生か!」
こちらを振り返りながら、へへっと笑う二菜に、思わずどきっとする。
周囲にいた修学旅行生男子の視線が、二菜に向いているのを目の端に捉え……おいお前ら、なに人の彼女に見惚れてんだ、見るな見るな。
同じ班の女の子見てろ、ちょっとむっとした顔してんぞ?
――――それにしても、だ。
二菜と手を繋いで並んで歩いていると改めて思うのは、こいつは本当に人目をよく惹くやつだなぁ、ということだ。
ちらりと横目に見ると、目をキラキラと輝かせながら、楽しげに歩く二菜が目に入った。
普段、時々目にするお澄まし顔の二菜も可愛いなーとは思うんだけど、やっぱり今のように感情を表に出して、嬉しそうな顔をしている二菜が一番可愛いと思うし、好きだなと思う。
そして俺がそう思うってことは、周囲からもそう見られる、ということで。
「? なんですか先輩、さっきからちらちらと」
「んー、お前と歩いてると、あちこちからほんとよく見られるなって」
「そうですか? 気のせいだと思いますけど」
「見られてる当の本人って、気付かないもんなんだなぁ……」
「見られてるとすれば、先輩もだと思いますよ?」
ま、そらそうだろ。
こいつの横に並んでる男とか、値踏みされて当然だろうし、俺だって二菜みたいな可愛い子の横に並んでる男がいたら、どんな奴だろうって顔見ちゃうよ。
「はー……無自覚鈍感な彼氏を持つと、本当に苦労しますねぇ……」
「はぁ、それは……ご愁傷様?」
「もうっ! そういうところ、ほんと直さないとだめですからね、先輩!」
だからどういうところだよ。
そんな話をしながら橋を渡り、川沿いにぶらぶらと歩いて行くと、とある看板が見えてきた。
そこに書かれていた一言、それは……。
「絶景」
「絶景ですって先輩」
「よっぽど自信があって書いてんだろうな、この絶景って看板」
この何とも言えない自信に満ち溢れた看板を見ていると、なんとなく行ってやりたくなるから不思議だ。
しかもどう見ても手書きである、これは行くしかないのでは……?
「どうします先輩、行ってみますか?」
「いいんじゃないか? 距離的には1キロくらいか……歩けるか?」
「余裕ですよ! もうっ、私を一体何だと思ってるんですかー!」
「何って、俺の彼女だろ」
「えっ……あ、えへへ、そうですね……彼女、ですよねー……」
目をきゅーっと閉じて、なんか口をもごもごさせてるけど、なんだその仕草。
二菜は時々、どういう感情が込められているのかよくわからない表情をすることがあって困る……口に出して言え、口に。
「二菜、そろそろ行くぞー、置いていくぞー」
「あっ! ちょ、ちょっと待ってください! おいてかないでくださいよ!」
小走りで寄ってきた二菜の小さな手を取ると、そっと身を寄せてくる。
「先輩、ナチュラルに手を繋いでくれるようになりましたね」
「ん、そうか? 前からこんなもんじゃなかったっけ」
「違いますー! 昔は、先輩から絶対手なんて繋いでくれませんでしたよ!」
「……そうだっけ?」
そんなこと言われても、全く覚えてない……え、昔の俺ってそうだったの?
なんかこいつと出かけるときって、いっつも手を引っ張られてたような気がするんだけど、俺の気のせい?
あれ、でもそれって俺から手を取ってたんだっけ。
あれ?
「先輩先輩」
「うん?」
「手、離さないでくださいね?」
「そうだな、迷子になったりするかもしれないしな」
「もうっ、すぐそういう事言うんですからっ」
そんなことを言いながらも、うっすらと頬を染め、笑みを浮かべた二菜が、手に少しだけ力を入れてきたので、それに合わせて俺も、少しだけ手に力を込めてやる。
二菜が痛がらない程度に握り返してやると、幸せそうな顔をした二菜が、こちらを見上げてきた。
「先輩、私、すっごい幸せかもしれません」
「さよか」
「はいっ!」
こうやって何気ない会話をしながらぶらぶらと歩いているだけで幸せを感じられるんだから、天音二菜という少女は不思議なものである。
川を下る舟を眺めながら、俺たちは「絶景」の言葉を信じ、歩きだしたのだった。
「楽しみだな、絶景」
「ですねー! いったいどんな絶景ポイントが待っているのか……」
「これで絶景じゃなかったらどうしよう」
「あー……まぁ、その時はその時?」