温泉へ行こう! その6
「ゆったり温泉につかって、山の幸を楽しんで……はー、極楽だなこりゃ」
「何もしなくてもご飯が出てきて、片付けもしてもらえるなんてさいこーですよぉ……」
「なー、余裕があれば2、3泊くらいしてきたいくらいだ……」
「どーかんですぅ……」
「はぁ、お茶がうめぇ……」
「どーかんですぅ……」
夕食の山の幸に舌鼓をうち、食後はゆったりとお茶を飲み。
あとでまた風呂に入ってゆっくり体を休めた後は、ぐっすりお休みなさい。
ああ、なんていい休日。
まさかの雨で帰れないとなった時はどうするかと思ったけど、これはこれでいいものだ。
普段家事を任せている二菜も、かなりゆったり休めたようだし、逆に泊まりになってよかったのかもしれない。
時々はこうやって、ゆっくり泊りがけで休みに連れてきてやってもいいな……。
「ヤバイです先輩、なんかもう動きたくないです」
「わからんでもない……が、俺は先に風呂行ってから、部屋に帰るわ」
「えー……私もお風呂入りたいんですけどー!」
「いや、入ればいいだろ」
「くふふー! 家族風呂! 家族風呂に行きましょう先輩! そして私は、お姫様抱っこでの移動を希望します!」
二菜がだっこだっこ、とせがむ体勢になったが、なぜ俺がお姫様抱っこをせねばならんのか。
そして何よりも、なぜまたもや一緒に風呂に入らないといけないのか!
「普通に考えて嫌です、本当にありがとうございました」
「もー! なんでですかー!」
「はいはいなんでですかなんでですか、ほら風呂行くなら一緒に行くぞー」
「ほんと最近先輩が冷たい! 先輩はあれですね! 釣った魚にえさをやらないタイプですね!」
「お前、魚だったのか二菜……!」
「比喩表現! 比喩表現ですよ先輩!?」
「え、わかってるけど?」
「むーーっ! むーーーーっ!!」
「むーむー星人かお前は」
いやしかしほんと、二菜は打てば響くというかなんというか。
こういうやり取りが楽しくて、ついついおちょくるような言動をしてしまうんだよな。
「ほら、早く行かないと遅くなるぞ二菜」
「もーっ……あとでいっぱい甘やかしてくださいよね!」
「はいはい」
「今日は先輩が膝枕してくれて、よしよしって頭なでなでしてくれないと許しません!」
「それは……ちょっと欲張りすぎじゃね?」
「くふふ! 今日の私は甘えた欲張り二菜ちゃんなのです!」
「はー……はいはい、仰せのままに、お姫様」
「うむ! 苦しゅうないぞー先輩ー!」
さすがにお姫様抱っこはどうかと思うので、二菜の手を取り、椅子から立ち上がらせてやる。
嬉しそうな顔で俺を見上げる二菜の頭をなでてやると、さらに蕩けた目になっていく。
「くふふ……それじゃあこのまま家族風呂へ……」
「行きません」
「ちぇーっ」
そうして二菜と手を繋いだまま、浴場へと歩いていく。
そんな俺たちを、仲居さんたちが生暖かい目で、にこにこと見つめていることに、俺は気付かなかった。
は、恥ずかしい……!!
* * *
「で、部屋に帰ってくると布団が敷いてあるわけだが」
「ほんと、至れり尽くせりですねー! もう一泊したいです!」
「学校がなけりゃ、もう一泊くらいしたいのはやまやまなんだが……」
「じゃあ、次は冬休みに二人で旅行ですね!」
「ま、それはおいおい考えるとして」
問題は、目の前の布団である。
なぜ、まくらが二つ、すぐ隣に並んでいるのか、これがわからない。
というかこの宿の仲居さん、変に空気を読みすぎ問題である。
「とりあえず、まぁ枕はっていうか布団を離しましてっと」
ずりずりと布団を引っ張り、部屋の端と端に配置する。
よし、とりあえずこれで問題はないだろう。
そんな風に納得している俺を、愕然とした顔で見ているのはもちろん、二菜である。
「えっ!? な、なんでそんなに離すんですか!?」
「そりゃ離すだろ、何言ってんだお前」
「あっ! 私、実は抱き枕がないと寝られないんです! ですので先輩――」
「布団でも抱いて寝てろ」
「もーっ! そこは空気読んでくださいよぉ!!」
そんな空気読まないよ。
だいたい、抱き枕がないと寝れないなんて初めて知ったぞ?
「はいはい、就寝の時間ですよーそろそろ寝ましょうねー」
「むーっ! 先輩が私を子ども扱いする!」
「ていうか明日早いから、そろそろ寝ないと辛いぞ」
「はぁい……はぁ、せっかくのお泊りなんだし、もっとお話してたかったなぁ」
「帰ったらいくらでも相手してやるから」
「言いましたね!? 約束ですからねお泊りですからね先輩!」
「夜は帰れ」
「もーっ! なんでですかー!!」
ぶつぶつと文句を言い続ける二菜を無視して電気を消す……あ、豆球でないとダメなんだっけ。
全く、文句の多い奴だ。
暫くするとそんな二菜も静かになり、すぅ、すぅ、と規則正しい寝息が聞こえてきた。
はぁ、やっと眠ったか……それにしても。
すぐ隣で好きな女の子が無防備に寝てる、ってのは思ってるより緊張するものだなぁ。
信頼されてるんだと思うと悪い気はしないけど……。
「おやすみ、二菜」
そう呟いてみるも、当然、二菜からの返事はない。
疲れていたのか、瞳を閉じると、俺もすぐに夢の世界へと旅立って行ったのだった。
* * *
「おやすみ、二菜」
先輩がそうつぶやくのを、私は寝たふりをして聞いていました。
そのままじーっと待っていると、しばらくして先輩の寝息が聞こえてきて……しめしめ、ようやく眠りましたね?
先輩が寝たことを確認したら、枕を持ち、いそいそと先輩の布団へと移動します。
全く、私と先輩はもうお付き合いしてるんですから、一緒に寝るくらいいいと思うんです。
ほんと、お堅いというかなんというか……未だに、キス以上のことは何もしようとしませんし。
まぁ、その、大事にされてるんだなー……というのはひしひしと伝わってきて、とっても幸せなんですけど!
「くふふ、お邪魔しまーす……」
先輩のとなりでもぞもぞと、ベストポジションを模索し……うん、この体勢ですね。
先輩の腕を枕に、胸元に擦り寄るように! はぁ、幸せ。
せっかく持ってきましたが、枕はぽいーしちゃいましょう。
……本当は、ぎゅーっと抱きしめてもらって眠るのが一番いいなぁと思うんですけど、まぁ仕方ないですよね。
「先輩もー、もうちょっと積極的になってくれてもいいんですよー?」
まだまだ先輩の心の壁は高いと言わざるを得ませんが、まあ大丈夫。
私と先輩は、恋人同士なんですから、じっくりと取り払っていけばいいのです。
明日からもまた、頑張ろうっと。
「おやすみなさい、先輩……」