温泉に行こう! その5
「というわけで……すいません、今晩、二菜と泊まりになりました」
『あらあらご丁寧に、一雪くんと二菜なら、別に報告なんて必要ないのよ?』
「いえ、やはり大事な娘さんをお預かりするので……」
俺は二菜がお風呂に入っている間に旅館の中を歩き回り、なんとか携帯の電波を確保、七菜可さんへと、今日のことを報告していた。
しかしさすが二菜の母親、特に報告は不要ってどういうことだよ! 男と二人で泊まりなんだから、ちょっとは心配しようよ!
あと、後ろから健全なお付き合い云々という叫びが聞こえてくる。
怖い。
『後ろの人のことは気にしなくていいから、ゆっくり楽しんで来てね?』
「あ、はい、ありがとうございます」
『あ、あとこれは一雪くんにお願いなんだけど……』
「? なんでしょう?」
七菜可さんが俺にお願い?
なんだろう、全く見当がつかない。
『初めてのお泊りでハメを外すのは仕方ないけれど、出来れば二菜が高校卒業まで子供は』
「しないからな!? うちの親といいそんなんばっかか!!」
ほんっともうやだこの親ども!
どうしてそういう方向に話を持っていこうとするかな!?
そう思っていると、電話の向こうからくすくすと笑い声が聞こえて来た。
どうやら、七菜可さんにからかわれていたようだ。
うわ……それなのに本気で怒って……は、恥ずかしい……!
『うふふ、大丈夫よ? 一雪くんなら責任の取れないことはしない、って信用してますから』
「……俺も年頃の男子高校生ですよ? そんな簡単に信用してもいいんですか?」
『ええ、もし一雪くんがその気なら、とっくに二菜は傷物になってるだろうし』
言われてみればそうである。
毎日男子高校生の家に通って未だ綺麗な体のままってのは、信じがたいものがあるな……あれ、俺って物凄い鋼の精神を持っているのでは?
これも全て、座禅を組んだ修行の成果か、さすがパねぇな般若心経。
『二菜を大事にしてくれてありがとう、これからもあの子をよろしくお願いしますね?』
「いえ、こちらこそ世話になってますので……はい、それでは」
はー、緊張した……。
七菜可さんと話してると、妙に気恥ずかしくなるんだよなぁ。
将来の二菜を見てる気がするからだろうか?
二菜相手にはこんなに緊張したことないのに。
「あーダメだ、こんな状態じゃ、二菜の前に顔出せないなぁ……」
「……へぇ、今、どんな顔してるんですか?」
「いやー、ほんと七菜可さんと話してると緊張して、顔に熱が……って二菜!?」
「はーい、先輩の愛しの♡彼女の二菜ちゃんですよー?」
……うわぁ、言ってることはいつも通りちゃかすような内容なのにすげー怒ってるのがわかるわ。
だって笑顔が怖いもん、これ、いつもの能天気な二菜の笑顔じゃないもん。
二菜の後ろに鬼のオーラが見えるようだ……!
「今の電話、お母さんですか?」
「うん、まぁ……今日、泊まりになるからーって一応、説明をですね……」
「ふーんふーん、で、お母さんとお話して、先輩は嬉しくてデレデレしちゃってたんだー、ふーん」
「いやいや、デレデレとかしてないし?」
「でも、先輩ちょっと嬉しそうな顔してましたし!」
じとーっとした目で見られても……その……困るんですよ!
デレデレなんてしてませんよ、マジでしてませんよ。
「ていうか、自分の母親相手に嫉妬すんのやめようよ……」
「だってー……先輩、私のお母さん好きすぎるんですもん! 他の女の子と話してるときと、顔つきが違うんですもん!」
「いやー、なんだろうね? ほんと成長した二菜、って感じで、七菜可さんと話してるとドキドキするんだよなぁ」
あの落ち着いた話しかたとか、ほんとにヤバイ。
二菜にもあの落ち着きがあったら、恐らく俺はもっと早くこいつに陥落していたと思う。
あと身長。
あと身長。
大事なことなので、二回言いました。
「先輩のおばかー! お母さんじゃなくて私でドキドキしてくださいよぉ!!」
「二菜があと5センチ身長が伸びたら、俺も七菜可さんと同じくらい、二菜にドキドキするんじゃない?」
「もー! なんでですかー!!」
ほっぺたを膨らませて怒る二菜には、やはり落ち着きが足りないと言わざるをえない。
どうして親子で、ここまで性格がかけ離れてしまうのか……!
やはり二菜は、性格的に父親の血が強いのだろうか?
将来的に落ち着いてくれるといいなぁ……。
いやまぁ、今も今で可愛いんだけどさ。
そう思いながら、膨らんだ二菜のほっぺたを両手で潰してやる。
あー、柔らかい。
「ひゃめへくらひゃい! ほっぺふぁむぎゅってしらいれくらひゃい!!」
「お前がほっぺた膨らませると、ついついやりたくなるんだ、許してくれ」
「ふぉー! らんれれすふぁー!!」
あー、可愛い。
七菜可さんとは見た目しか似てないけど! 中身は全然違うけど!
でも、俺はやっぱり二菜が好きだなぁ。
なんか、可愛げがあるっていうか……小動物を見守る感情に近いのかもしれない。
俺が守ってやらなきゃなーと思っちゃうんだよなー。
「ほら、バカな事言ってないでメシ行こうぜ、腹減ったよ」
「むーっ! 私、絶対! お母さんには負けませんからねっ!!」
「いや、張り合う相手間違ってるだろそれ」
「私の一番のライバルはお母さんですから……!」
「嫌な母娘だな……」
そんな心配しなくても、俺の一番は、これからもお前だよ。
なーんてことは、恥ずかしいから絶対言わないんだけどな。
「目指せ身長155センチ……!」
「届くといいな」
「ふんだ! 見ててくださいよ、余裕なんですから!!」
「と言いつつ、中学生時代からほとんど変わっていない二菜なのであった……」
「の、伸びてますし! 今、絶賛成長期ですし160センチくらい余裕ですし!」
「いやぁそれは……」
絶対に無理な気がするなぁ……。