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竜の落とし子 ~没落少年が最強へと至るまでの英雄譚~  作者: 矢立 まほろ
○ 第2部 -王の奪還編- 3章 『通商連合』
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 -8 『悲嘆の王』

 洞窟の屋敷で一夜を過ごした後も、ノークレンの心は未だぐらついたままだった。


 朝になって、ミレンギたちがアミリタを発つ馬車に荷物を載せていく。


 多くは食料と武器。ミケットたち通商連合からの土産品だ。それに加え、行きとは違ってアイネも同乗することになった。おかげで荷台は窮屈で足の踏み場も少ないと、隅に腰掛けたノークレンの隣でシェスタが不満そうに身を縮めて収まっている。


 喧しい彼女の苛々声も、不安定なノークレンにとっては悩み事を紛らわせる丁度いいものになっていた。


「ありがとう、竜神様。短い間だけどお世話になりました」


 洞窟の入り口にまで向かいに出てくれたユリアに対し、ミレンギが代表して深く頭を下げた。そのミレンギの隣にはセリィの姿もある。


「元気になったようで何よりじゃ」

「おかげさまで」


 ミレンギが今朝目覚めた時、いつの間にかセリィが布団の中に入って一緒に眠っていた。どうやら侵入してきたらしい。驚きはしたが、寝息を立てて穏やかな表情で眠る彼女に酷く安心を覚えた。


 傷の具合もすっかりいいらしく、目を覚まして目を擦りあげたセリィは、ミレンギと目が合うなり飛びついた風に抱きついてきた。まるで小動物のようだ。


 しかし傷も癒え、元気も取り戻し、完全に元通り――というわけでもないらしい。


「セリィは未成熟な子じゃ。竜としての力は補完できていても、所詮は急ごしらえの荒療治にすぎん。また無理に力を使おうものなら、今度こそ己の力に呑まれてしまうことになるであろう」

「……気をつけます」


 ユリアの言葉を胸に刻み込むようにミレンギは真剣に頷いていた。


「聞いた話によればルーンの竜も相当な力を使っておるようじゃな。長時間、竜の姿を保つことは、半端者の竜人であるわらわたちにとっては至難の業じゃ。おそらくしばらくは療養に専念するじゃろう。ある意味では好機ともいえる。時間に限りはあるがな」

「わかりました」


「竜の力は救いの力にも、破壊の力にもなる。よいな、人知を超えたそれに取り付かれぬことじゃ」

「……? はい」


 ミレンギは最後の言葉だけは掴みきれないといった風に、曖昧に頷いていた。


 竜の力。

 ノークレンにはとても手の届かない夢のような力。


 何をしてでも欲しい。

 それがあれば、みんなを導いてファルドを救えるのに。


 自分に何ができるのかなんてわからない。

 ミレンギという少年のように最初から道が敷かれていたらよかったのに。


 度重なるほどの嫉妬を思い浮かべてしまう自分が浅ましく惨めに感じて、ノークレンは荷台の中で顔を埋めた。


「さてミレンギよ。ひとまずは王都を奪還することじゃ。さすれば彼の地で詳しく話すこともできよう。おぬしの生い立ち。そして、本当の宿命とやらもな」

「王都?」


「そうじゃ。そこにある竜の聖堂に、おぬしの出生にまつわるものが置かれておる。これからのファルドのためにも、それは知っておくべきものであろう」

「それは大事なものなんですか」

「大事かどうかは……おぬし次第じゃな」


 ユリアは最後にそう言い渡し、ミレンギたちを馬車に乗せて見えなくなるまで見送っていた。


「ボクの出生……。やっぱり、ジェクニス王のことなのかな。どう思う、セリィ?」

「わからない」

「だよね」


 シドルドに戻る馬車の中、困惑と興奮がない混じったような浮ついた調子で言うミレンギを、ノークレンは冷めた目つきで眺めていた。


 しばらくの間馬車に揺られ、シドルドへと戻ったノークレンは、アーセナを護衛につれて市中を歩いてまわることとなった。アミリタから戻っても未だ心を沈みこませているノークレンを気遣ってのアーセナの提案だった。


 ミレンギやアイネたちは、アミリタで得た情報を元にさっそく軍議に取り掛かっている。しかしこの国の王位に即しているのに何の知識も持たないノークレンではただの置物にしかならず、出席する意味も見出せない彼女は、進言通りに町へと出たのだった。


「どうせ貴女も、私を無能な小娘としか見ていないのでしょう」

「そういうわけではありません。ただ、市井の様子を知っておくことも大切かと」


「私が知ったところで何になるというのかしら。貴女も、私なんかを護衛する価値なんてなにもないのに。帰っても結構なのよ」

「いいえ。お供しますよ、ノークレン様」


 王城で過ごしていたわずかの間は、自分に傅いてくる者たちを見てどこか優越感すら抱いていたというのに。今はアーセナの畏まった言葉遣いにすら居心地の悪さを感じる。


 アーセナはノークレンがただの小娘であると知っているはずなのに、どうしてこうなのか。頑なに態度を変えようとしない彼女に、ノークレンは辟易して手を挙げた。


「好きにしてちょうだい」

「ふふっ。ええ」


 どうにも調子が狂う。


 外套を羽織って、従者と二人、ノークレンは町中を歩いていった。


 通商連合の商人ばかりが住まうシドルドの表通りは、迫害されてもさすがたくましく生き延びてきたフィーミアの民らしく、戦時の今でも商魂たくましく店先を賑わせている。


 しかし奥まった路地に入ってみれば、王都から逃げ延びてきた兵や住民たちの簡易的な難民宿舎が広がり、家も財産をも失って途方にくれる者であふれ返っていた。


 国の心臓とも言える王都を奪われ、北方へと追いやられたという現実に、もはや敗戦の雰囲気を肌身に感じている者は少なくない。


 路頭では、衣服こそは立派なものの、町の商人たちよりもひどく土汚れた身なりで頭を抱え込ませている者が多く見えた。


「この国はもうおしまいだ」

「竜人様はルーンを味方し、ファルドを攻撃してきたって噂だ……」

「俺たちは神にすら見捨てられたっていうのか……」


 無用な混乱を避けるため、戦場に居合わせた者たち以外には、現時点では竜の存在は秘匿されている。しかし人の口に戸は立てられないもので、ルーンに属するユーステラの噂は狭いながらも少しずつ広まっていた。


 ファルドにもセリィという竜がいるのだが、ユーステラばかりが話題にあがるのは、より絶望感が際立って印象付けられるせいだろうか。事実、ルーンに圧倒的敗北を喫したのは明確であり、どうしても敗戦の雰囲気を拭うことはできなかった。


「俺たちはこれからどうすればいいんだ」

「政府は、騎士団はなにをやってるんだ」

「あのグラッドリンドが国を売ったって話だ。あいつら。最初からそうするつもりだったんだ。平気でファルドを裏切りやがって」


 それに悪い噂の足はとても早い物である。市中ではすでに、あることないことと様々な噂が広まっている。その中でも、グラッドリンドとノークレンのことは殊更であった。


「おまけに王女はグラッドリンドに捨てられ、ここまで逃げ落ちてきたってんだろ。ずっとどこにも顔を出さず、部屋で療養してるって話だぜ。あんな小娘には王女なんて無理だったんだ。どうせ今頃は落ち込んでるのに必死で、俺たちなんて虫ほどにも気にかけてねえだろうさ」


 ひどい暴言である。

 しかし全てが言い返せぬ事実であり、突き立てられる言葉の刃を黙って受け止め、耳を痛めながら通り過ぎていくことしかノークレンにはできなかった。


 ――だって今更私が出て行ったところで自分に何ができるというの。私はただの置物だというのに。


 開き直ったような言葉をふつふつと沸かせることしかできない惨めさに、ノークレンは耳を塞ぎたくなった。


 これのどこが気分転換か。これではまるでファルドをここまで落ちぶれさせてしまった自分への叱責を噛み締めにきただけではないか。


 グラッドリンドに騙され、ファルドを凋落させた張本人。もし彼らにその女が眼前にいると知られれば、どれほどの形相で詰め寄られることだろう。


 いや、もはやノークレンにはその程度の価値しかないのかもしれない。なればいっそ、彼らの不満の捌け口として矢面に立って捨てられるべきであろうか。


 そう思いながら歩を進ませていた矢先、前を歩いていたアーセナが立ち止まり、ぶつかりそうになった。


「ちょっと、どうしたの……」と沈めていた頭を持ち上げたノークレンは、目の前に佇むものを見て思わず目を丸くした。


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