-4 『竜の話』
竜神と呼ばれた少女、ユリアと向き合うようにミレンギたちは椅子に腰掛け、彼女の話に耳を傾けた。
「竜とは、歴史書が存在する遥か昔の生き物じゃった。
同時は棲み処こそ違えど、共存し、争いあうこともなく、かつ関わりすぎずと、よき隣人として暮らしておった。
竜は身体能力に優れておった。炎や水、風といった自然現象を操り、全ての獣の上に君臨し、絶対的な力によって影響力を及ばせ続けておった。
人間は個としては非力ながらも、竜にはない繁殖力と知能によって数を増やし、縄張りを拡大していった。
竜は人間に比べ、圧倒的に数が少なかったのじゃ。竜としての生命活動に人間の何倍もの生命力を浪費する。おまけに長命ゆえか繁殖も遅い。
やがて数と知能をそなえた人間によって棲み処を追われ、何割かの竜は人間に捕らえられた。
それから竜の力を欲した人間によって無理やりな高配が行われ、そうして生まれたのがわらわたち、竜人族じゃ」
竜人。
神ではなく、人。
「つまり、貴女たちも人間ということですか」とアーセナ。
「いいや。竜人族は竜にあらず。しかし人にもなりきれぬ半端者じゃ。できることといえば、本当に短い時間だけ、本来の竜としての力を顕現できるくらいじゃった。人によって作り出されたわらわたちは、竜としてはあまりに未完成過ぎたのじゃ」
「それでセリィも竜の姿になってすぐに倒れちゃったってこと?」
ミレンギの問いに、しかしユリアは曖昧に首を横へ振ってみせた。
「あの子はそもそも以前に未熟なのじゃ」
「未熟?」
「そうじゃ」
頷いたユリアの隣で、傍観していたミケットが頭の後ろに腕を組みながら続ける。
「そういえばセリィちゃんって小さいのに、竜の姿になるとおっきいよねー。あたしもあの姿の竜を見たのは初めてだったからビックリしたよー。普段見かけてる竜神様は、こんなちんちくりんだもんねー」
「ミケットさん、不敬ですよ」
「のっほっほっ、言うようになったのじゃ、小娘が」
ミケットの暴言を諌めようとするアイネに、ユリアは愉快そうに大きく笑う。
三人とも姿形が幼いせいで微笑ましい光景に見えるのが不思議だ。しかし歳相応のミケットと神童と呼ばれるほどのアイネはともかく、竜神であるユリアすらも幼い外見であるのは何故なのか。
そんな疑問を察したようにユリアは微笑を浮かべた。
「わらわたち竜人族は皆、己の成長が頂点に達した時点で成長が止まるのじゃ。以降、その姿で何百年という時を過ごすこととなる」
「な、何百年?!」とシェスタが途方もない声で口を開けた。ラランやノークレンたちも驚きに目を見開いている。
「若くして止まる者もいれば、しわ枯れた歳になるまで成長しきれぬ者もいる。しかし総じていえるのは、成長が止まるのが若ければ若いほど、その者は才にあふれているということじゃ」
ということは、その童顔ではるか昔からこの町と共に過ごしているユリアは、それだけ優れた竜であるということだろう。
「竜は例外なく、卵の中で成長するらしいんです」
間に入って教えてくれたのはアイネだった。
「それは鳥などとは似て非なるものらしく、卵こそは小さいのですが、その中で何年何十年という長い年月をかけて成長していくらしいのです。そうして成長期を終えて大人になって始めて、卵から孵って人の姿となるそうです」
人間の常識で推し量れないのは当然だが、随分と変わった性質だ。ひよこがにわとりになるまで卵の中で成長し続けるといえば少しはわかりやすいか。
「それじゃあセリィがまだ幼いのも、それだけ凄いってことじゃ……」
ミレンギがふと思い至って口にしたが、ユリアはまた、そっと首を横に振り返した。
「いや、あの娘は違うのじゃ。強いて言うならば、まだ成長しきってすらいないのに生まれてしまった、未熟な幼子なのじゃ」
「えっ、どういうこと?」
「セリィは未だ大人にはなれていない。本来ならばもう数年は卵の中で成長しなければならなかったのじゃろう。しかしそれを待てる状況ではなかったということじゃな」
丸まるの言っている意味がミレンギには掴みかねていた。
「セリィが現れたとき、おぬしは危機に面しておらんかったか?」
「え? …………あっ!」
思い至る。
シェスタも思い出したようで、二人の目が合った。
セリィが初めてミレンギの前に現れたのは、全てが始まったシドルドのあの日――ミレンギの成人の日に起こった町の警ら隊からの逃亡劇。その最中でアーセナに捕まり、警ら隊によって殺されそうになっていたあの時だ。
ミレンギの形見にしていたブレスレットが壊されたと思った瞬間、辺りが眩しい光に満たされ、気がつくと警ら隊の兵は倒れて白銀の少女が立っていた。
あの時セリィは産まれたのだ。おそらく、ミレンギを守るべく。
「予想外の孵化じゃった。まだ未熟な体には、竜の力は相当負荷が強すぎたのじゃろう。それでも、身を削ってでもおぬしを守ろうとしたのじゃ」
それはセリィの絶えない献身だった。
ミレンギと初めて会った時から変わらない。
「でも、どうしてセリィがボクのところに?」
「刷り込み、かしら?」とラランが首を捻る。
しかしユリアはまたしても「いいや」と否定した。
「それはな、ミレンギ。おぬしだからじゃ」
「……どういうこと?」
「セリィは、この国の行く末を委ねられる者を支えるために生まれた竜じゃ。主従を見分け、一生を捧ぐように、卵に呪いをかけておった。そう生きることが自分の定めであると思わせるために。それも全ては、このファルドを救う英雄を護る為」
ユリアの視線が真っ直ぐにミレンギを捉える。
「正統なるファルドの後継者であるあぬしの盾として、な」




