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竜の落とし子 ~没落少年が最強へと至るまでの英雄譚~  作者: 矢立 まほろ
○ 第2部 -王の奪還編- 3章 『通商連合』
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 -3 『竜神』

「いやぁ、すまぬな。ちょいと一足先に交友を深めておこうかと思っただけなんじゃ」


 改めて服を着替え、この地下の屋敷でもっとも最奥にもうけられた部屋へと通されたミレンギは、介抱してくれた少女にそうおどけた風に言われた。


 洞窟の中のせいで月の具合はわからないが、もう夜も遅く、皆が寝静まろうとしていた頃合いだ。


 それにも関わらずシェスタが大きな怒鳴り声をあげたものだから、ミケットにアイネ、そしてアーセナたちまでもが部屋から飛び出して駆けつけていた。


「まったく何事かと思ったよー。侵入者でもいたのかと思っちゃったじゃんかー。まあ、ここに入ってきた賊なんてこれまで一人もいないけどねー」


 いつも片方だけにぴょりと結んでいるミケットの髪がぼさぼさに下ろされている。欠伸混じりで目尻に涙を溜めている様子から、どうやら眠っていたのを起こしてしまったらしい。


 他のノークレンやラランも、寝るまではいかずとも、気を緩めた途端に飛び起こされて拍子抜けしているようだった。


 シェスタは未だいかがわしさを疑うような目でミレンギを見ている。


「えっと……みんな、ごめん」


 なんというべきか、ミレンギは一抹の申し訳なさに身を縮こまらせた。


 しかしもう一人の原因の幼い少女はというと、一切の悪気も感じさせないといった顔で、その部屋の奥で幅広い腰掛けに座していた。


「まあよいではないか。明日の手間が省けるというものじゃ」


 毅然と落ち着いた声で少女は言う。

 どこか歳の割に口調や物腰は大人びている印象だ。


 よくよくミレンギが見てみると、ある異変に気づいた。


 その少女。

 腰掛ける椅子と背もたれの間から、ひょこりと、なにやら太い蛇のようなものが覗いている。それにまだあどけなさのある顔の上には、眉間のやや上ほどから、短い二本の角が生えていた。右側は半分ほどで折れてしまっているが、紛れもなくそれは、雄牛などにみかけるそれである。


 変わった服飾――というにはいささか奇妙だ。


 そんな疑問を抱きながら眺めていたミレンギに、アイネが咳払いを一つして口を開く。


「ミレンギ様、遅ればせながらご紹介いたします。こちら、このアミリタを納める竜神――ユリア様です」

「ええっ?!」


 突然の知らせに、ミレンギだけでなく、その場に居たシェスタたちすらも驚きの声を上げて目を丸くしていた。


 目の前の少女は見るからにただの幼子である。角や尻尾といった変わったものさえなければ誰も疑いはしないだろう。


 しかしユリアと紹介されたその少女――竜神は、妖艶にしたたかな笑みを浮かべ、ミレンギたちを見やっていた。


「本当に、竜神様、なのですか」


 恐る恐る、ノークレンが尋ねる。

 胸元に竜の十字架を離さず持つ彼女の瞳は真剣だ。


 そんなノークレンに、ユリアは落ち着き払った調子で曖昧に首を振った。


「わらわは神と言われるほど高尚なものではないのじゃ。祖国を裏切り、友を裏切り、天を追放された愚かな竜じゃよ」


 ユリアのつぶらな瞳がミレンギへと向けられる。そして、そっと微笑。


「改めて、よくぞ参ったな、ミレンギ。わらわはずっと会いたかったぞ」

「……ボクに?」

「そうじゃ。この時をどれほど待ち望んだことか」


「どうしてボクに。それに、貴女は……この町はいったいなんなんですか」

「ふふっ。そう慌てるでない。しかと順序だてて説明するのじゃ」


 ゆったりと落ち着いて話すユリアの言葉を、ミレンギたちは息を呑んで待った。


「まずは何をわらわに聞きたいのじゃ?」

「セリィは。セリィは大丈夫なんですか」


 尋ねられ、ミレンギは食い気味に返した。

 様々な疑問が頭の中を渦巻く中で、彼女の心配が多くを占めていた。


「……セリィ。ふむ、あの幼竜のことじゃな」

「はい」

「結論から言えば無事じゃ」


 よかった、とミレンギは途端に安堵に心を緩めた。


「セリィはいまどこに」

「別の部屋で眠らせておる。わらわの竜の力を分け与えたことで、どうにか肉体の消耗を防いだようじゃ。しばし安静にしていれば目も覚ますじゃろう」


「やっぱり、セリィも竜なんですね」

「そうじゃ」


 今更確認の必要すらないのかもしれないが、確かめるように言ったミレンギに、ユリアは躊躇うことなく頷いて見せた。


 ふと、ユリアが手の平を差し出してくる。その白い小さな手が淡く発光したかと思うと、そこに半透明の結晶柱が突如として精製された。


「これを見たことがあるじゃろう」


 もちろん――ミレンギはこれまで何度も見てきている。


 手の平大の小ささといえど、それはまさしくセリィが使う氷柱魔法そのものだ。そして、ユーステラという、竜の姿に変わった女性も使っていたもの。


「これはエルドラグの結晶と呼ばれるものじゃ」

「エルドラグ……古代竜言語で『竜の血』って意味、かな」

「ご名答。さすがじゃ」


 聞かされて言葉の意味こそはわかったものの、その結晶の正体はやはり掴めない。


「それは、竜と関係があるものなんですか」

「関係がある、というよりは、これこそが竜の証である、と言えるじゃろうな」

「竜の証?」


「竜は魔法を使える。人間と違い、例外はない。その竜が魔法として紡ぐ強靭な鉱石。それがエルドラグの結晶じゃ」

「じゃあそれは、石ってことですか」

「そう思えばよい。まあ、すぐに消えてしまうものじゃがな」


 ということは、セリィがこれまで使役してきた氷柱魔法だと思っていたものは、全てその結晶石だったということか。


 ユリアが手に持つそれを見ても、やはり透明度が高く、しかしやや白く濁ったようなところがあるそれは氷に見間違える。セリィの結晶がやや青みがかっているせいもあるだろう。しかしユリアの持つ結晶は、まるで砂金がうっすらと敷かれているのかと思うような、微かな黄金色に発光していた。


 ユーステラも碧色の結晶だった。

 おそらく個体差があるのだろう。


「知らなかった。そういう結晶があるなんて」

「何も不思議なことではない。エルドラグの結晶のことを知るものは少ないのじゃ。もはや竜そのものが御伽噺の存在として、世の中ではすっかり忘れ去られておるからな。まあ、現代でも未だ知っている者はおるが」


「僕も耳長族のハイネスさんが言っていたのを思い出し、興味を持ったんです」とアイネ。つまり耳長族の中でも長老である彼は知っていたということか。


 竜の存在。


 いったいどれほどの人が知っているのだろうか。

 前王ジェクニスは……ガーノルドはどこまで知っていたのだろうか。


 わからないことが多すぎる。


 知らなければならない。

 幸い、背格好がそう変わらないような幼い少女が、さも教えんとばかりに得意げな顔を浮かべている。


「それにしても、あの子は随分と竜としての力を使い果たしておったようじゃな。あやうく命を落とすところであったぞ」

「竜としての力……それは、人間とは違うんですか」


「そもそも竜という存在そのものが似て非なるものじゃ。そうじゃな、まずはそこから話をしておこうか」


 知りたい。

 この世界のこと。


 そして、ミレンギのことを。


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