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竜の落とし子 ~没落少年が最強へと至るまでの英雄譚~  作者: 矢立 まほろ
○ 第1部 -ファルド内乱編- 1章 『少年の一番長い夜』
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 -9 『初めての戦い』

「うーん、無反応。ちょっと傷つけるだけじゃあわかんねぇか。それとも、要人はこいつじゃあなかったってことかぁ? ま、いいか。一人ずつ殺していって反応を見てみるとするかねぇ」


 足首から血を流すラランを見下しながらモリッツが冷淡に言う。


「こんな美人さんを痛めつけなきゃいけないなんて、なんて心苦しいんだろうねぇ。いったい何を企んでるのか教えてくれたら、こんなことをもせずに済むんですけどねぇ」


 言いはするが、彼の表情や素振りにからは微塵も感じられない。むしろ今の状況を楽しんでいるようだった。


 それでもガーノルドは口を噤む。ラランも、シェスタやアニューも、覚悟を決めた顔で唇を噛み締めている。


 その意志の固さを感じたのか、モリッツはつまらなそうに溜め息をついた。


「お堅いねぇ。そういうの好きじゃないよぉ。もっと人間、命を大事に、素直に生きないと。ま、殺していったらいずれボロもでるかねぇ。なんだったらそこの女の子には拷問でも受けさせればいいかもねぇ」


 下卑た笑みがアニューに向けられる。


 アニューは必死に平静を保とうとしたが、額から流れる冷や汗だけは止められなかった。この男の残忍性からして容易に未来を想像してまったのだろう。


「とりあえず一人ずつ殺していくかぁ」


 痛みに耐えながら見上げるラランにモリッツが長剣を振り構える。渋ることせず躊躇なく切っ先を振り下ろそうとした時、


「うあああああああああああああっ!」


 モリッツの頭上、家屋の屋根の上から、小さな影が飛び出した。


 ミレンギである。

 家の柱を登り、茅葺の屋根を突き破ったのだ。

 曲芸で身体を鍛えていたミレンギならではの無謀だった。


 突然の奇襲。室内の壁にかけてあった鍬を片手に飛び掛る。


 しかしモリッツは動揺もせずに回避した。むしろ期待通りといった風だ。


「やっと出てきたかぁ」と素直に喜ぶモリッツに、しかしミレンギはあっさりと彼をかわし、奥へと駆け抜けた。


 その目の先は、ガーノルドのいるところ。


「元騎士団長様を頼るか。でも、させるかよぉ」


 追いかけようとするモリッツ。

 だが、その一瞬の気の逸らしが仇となった。


 機を図ったようにシェスタが彼へと詰めた。


 慣性を乗せた渾身の殴打をぶちかました。さすがのモリッツは長剣の柄で受け止めるが、勢いは殺せず、身体ごと吹き飛ばされてしまった。


「くそぅ。そいつを殺せぇ!」


 地に転がりながら、咄嗟にモリッツがガーノルドを見張る兵へ指示を飛ばす。だが、彼らの構えた剣の切っ先が動くことはなかった。


 モリッツの指示とは逆に、その身を崩れさせたのは兵士たちの方だった。気付けば、ガーノルドを取り囲む二人の兵士の胸元に音もなく氷柱が突き刺さっていたのである。


「魔法だとぉ? 術者か!」


 モリッツは瞬時に、家屋の屋根上にいるセリィに気付く。


「ガキ? その距離で正確に当てやがるか」


 腰から短刀を取り出して投げようとする。

 しかしそれを、シェスタが剣先を蹴り飛ばして弾いた。


「無警戒ね。余裕がなくなってるわよ」

「ちぃ、糞生意気な」


 シェスタが気を取っている隙に、一気に駆け寄ったミレンギがアーノルドの元にたどり着く。


 拘束具は錠がつけられて解けなかったが、ひとまず安全は確保できた。


 たまらずアーノルドを取り戻すために他の兵士たちが駆けつけてくる。だが、彼らは瞬く間にグルウによって蹴散らされた。負傷して膝をついたままのラランはアニューが介抱している。


 一瞬の攻勢。逆転。


 その状況の変わりように、さすがのモリッツにも動揺の色が見えはじめていた。しかしそれでも闘志を砕かないのが警ら隊長である彼の豪傑たるところである。


「あんたの仲間がやられて包囲されるのも時間の問題よ」

「うるせぇ、このアマぁ!」


 激昂した声でモリッツが叫ぶ。

 ふと身をかがめ、剣を抜くような仕草で鞘を力強く投げつけた。


 シェスタの眼前に飛び、「きゃあっ」と反射的に両腕で顔を庇う。

 その視界から外れた一瞬で、モリッツはシェスタの懐に詰め寄った。


 全体重を乗せた突進。


 小柄なシェスタはなす術なく横腹を地面に打って倒れこんだ。しかし、モリッツはそれを気にも留めずに走りだす。


 標的はガーノルド。

 奴だけは絶対に逃さないという執念が、鬼のように尖った形相に滲み出ていた。


 ガーノルドはモリッツ曰く元騎士団長と言われるほどの男である。それはつまり、王族の軍隊における最頂点に立っていたということを意味する。それほどの男なのだと言うが、しかし拘束されていては彼といえども戦えるはずがない。


 ――窮地。グルウは兵士の相手で手が空かず、シェスタは起き上がれずにいる。怒涛に駆けるモリッツを止められる者はいない。


 いや、一人。彼がいた。


 転がる兵士の骸から剣を抜き取り構える少年、ミレンギだ。


 恐れを忘れ、覚悟の表情で奴を迎え撃つ。


 生まれてこの方、剣など使ったことはない。

 握ったとすればせいぜい曲芸のときに使う模造刀くらいである。


 それも、誰かを笑わせるためのものだ。だが今日は違う。


「どけぇ!」

「どかない!」


 気迫は負けていない。

 あとはただ、強さの勝負。


 二人が交錯する間際、モリッツが先手で長剣を薙ぐ。横に一閃。だがミレンギは冷静だった。その切っ先を目で追い、身を屈めてかわす。


 返しの一太刀。しかしあっさりと受け止められた。


 攻防が繰り返される。

 互いに一歩も引こうとはしない。


「なんなんだよおめぇは」

「ただの曲芸人だよ」

「だったら逆立ちでもして路銀でも稼いでな!」

「ボクだってそっちのほうがいいよ。でも、そうも言ってられないんだ!」


 剣先のぶつかり合う音が絶えず響く。


 実力でいえば圧倒的にモリッツが優勢だった。しかしその評価を覆すほどにミレンギは食い下がる。予想外の苦戦に、モリッツも額に汗を流していた。


 ミレンギはもちろん実戦そのものが初めてである。


 だがその経験の不足を、揺るがぬ覚悟と、これまで曲芸で鍛え上げてきた肉体が補う。動体視力と体感は他の団員たちの中でも群を抜いていた。一日でも早く客前で芸をできるよう、毎日鍛錬を続けてきたその成果。


 自分を育ててくれた家族の光景が、今のミレンギの糧になっている。それがミレンギには嬉しくてたまらなかった。


 酒場で、目の前で斬られた家族たちのことが脳裏を過ぎった。


「守られてばかりは嫌なんだ!」


 ――この男には勝つ。


 その、確固たる決意。


「うわあああああああ!」


 全身全霊を込めて剣を振るう。


 下段の払い。

 上段の大振りをかわして中段に突き。

 受けられるが、剣を引いてもう一度。


 刃が擦れ、火花が散る。険しい視線もぶつかり合う。


 幾度の剣劇が繰り返された。


 力では圧倒的に負けている。それでも引き下がるわけにはいかない。軽い身のこなしで立ち回る。薙いでくれば後ろに下がって、突いてくれば横に飛ぶ。隙を探して場を凌ぐ。


 恐れはない。

 切っ先もちゃんと見れている。


「糞ガキがぁ! おめぇ一人で勝てると思ってんのかぁ!」

「ボクじゃあ負ける。でも、ボクは独りじゃないんだ!」


 上段で振りかぶった二人の剣がぶつかる。

 しかし力の差でミレンギは押し返されてしまった。


 柄を握った腕ごと剣が振り払われ、横腹が空く。そこにすかさずモリッツは突きを繰り出した。


 決まった。

 誰もがそう思った的確な一撃だった。


 しかし鈍色の切っ先がミレンギに届くことはなかった。


 ミレンギとの間に一人の少女が割って入っていた。涼やかな冷気を身に纏い、その目前に迫った剣先を分厚い氷の壁を作り出して受け止めた。


「私が、守る」


 その少女――セリィの魔法。

 彼女の作り出した氷の盾はモリッツの剣を深く食い込み離さない。


 モリッツが唯一ようやっと見せた、ここしかないという隙だった。


「いけぇええええええ!」


 咆哮のごとき叫びとともに、ミレンギは無我夢中に剣を突き出した。


 それは永遠に思えるような一瞬だった。

 鋭く伸びた切っ先はモリッツの胸を捉え、一直線に貫いていた。


「傾国の……犯罪人めぇ」


 モリッツは血を吐いて呟き、剣を咥えたまま力なくその場へと倒れていった。


 ――倒した。


 呆然と立ち尽くしたミレンギがそれを実感したのは、モリッツの身体から出た大量の血が自身の靴を汚した時だった。


 高揚感と、それと同時に虚無感が訪れた。

 自分の手にまで血で飛んでいることに気付いた。


 初めて、人を殺したのだと、わかった。


 そんなミレンギの手を、血で汚れることもいとわずセリィがそっと包み込む。小さいけれど、温かい手だった。


「ありがとう。セリィ」


 ミレンギの言葉にセリィは眩しいくらいの笑顔を返す。その惹かれるほどの明るさが、沈みそうなミレンギの顔をどうにか持ち上げてくれていた。


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