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竜の落とし子 ~没落少年が最強へと至るまでの英雄譚~  作者: 矢立 まほろ
○ 第2部 -王の奪還編- 2章 『撤退戦』
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 -12『撤退』

 静寂の森に入ってからは、竜による追撃もなくなっていた。


 さすがに鬱蒼とした木々の中でミレンギたちを把握するのは難しいだろうし、王都からも離れすぎる。


「どうやらルーン軍も、森の中までは入ってこないみたいだねー」


 伝書鳩を片腕に乗せたミケットの言葉に、同情していた全員がほっと息をついた。


 そのまま馬車は森を抜けてシドルドへとたどり着き、ようやっとひとまずの休息を得ることができたのだった。


 アドミルがかつて拠点として使っていたシドルドの官舎に馬車をつける。現在はハーネリウス候の宛がった信の置ける官人が町を統べていて、彼の手厚い出迎えによって、食料や負傷者の手当てが迅速に行われた。


「まったく。死ぬかと思ったのだ」


 雑兵に紛れて逃げていた義勇軍隊長ギッセンは、土煙で煤黒くなった顔を拭うように角ばった顎を擦ると、ふと周囲の兵士を呼びとめ、


「おい。ノークレン様は。ノークレン様はいずこだ!」


 偉そうに呼びかけるものの、今は彼の相手をする暇のある者も少なく、適当にあしらわれてしまっていた。


「おのれ。私を誰だと思っているのだ。正規軍所属、義勇軍が第三遊撃部隊の隊長、ギッセンであるぞ」

「知りませんよ」

「ほとんど壊滅なんだ。義勇軍の隊長だからなんだよ」


「おのれ……そのような口を利いて。覚えておれよ」


 憤った声でギッセンは言うが、もはや全員が命かながら逃げることに必死で、部隊も何もあったものではない状況だ。結果的にファルドの四割の部隊が壊滅し、この町にいるのは残りの六割の半数をやや越える程度だった。


 他は王都より以西の町にも残存兵がいるが、王都を占拠された以上、実質的に分断されてしまっている状況だ。


 たった一夜での圧倒的敗北は誰の目に見ても明らかだった。


 唯一の救いは、ファルドの首であるノークレンが存命していることくらいか。疲れ果てた様子でシドルドについた兵士たちの中には、自棄になって落胆に明け暮れているものも少なくはない。


「ミレンギ様、大丈夫ですか!」


 セリィを担ぎ上げて馬車を降りたミレンギの元に、先ほどの弓兵部隊の連中と同じ格好をした人物が駆け寄ってきた。


 薄緑を基調とした軽装の服に、顔を隠す布地の口当て。目許だけを出すように深く帽子を被りこんでいてまったく顔はわからないが、さらしのように巻いた胸元の薄布がたわわに膨らんでいて、女性であるということはわかる。


 その女性がおもむろに被り物を取ると、中から煌くほど眩しい金色のまっすぐな髪と目鼻立ちの整った美人顔が現れた。そしてなにより特徴的なのは、ぴょこりと飛び出すように立った長い耳だ。


 それを見て反応したのはシェスタだった。


「フエスじゃない」


 馬車の荷台から飛び降りたシェスタが、金色の髪をなびかせる女性に駆け寄る。


 その女性――フエスは、ミレンギたちが『アドミルの光』として活動していた頃、静寂の森で出会った耳長族の一人だった。族長の孫娘であり、森の魔獣襲撃事件以降、アドミルとの交流のために使者として度々シドルドを訪れてたこともあった。


 よく見れば弓兵たちは皆フエスと同じような格好で、耳を隠すように揃って被り物をしている。


「まさか耳長族のみんなが助けてくれるなんて」

「私たちも、いつまでも森に閉じこもっているだけではいけない。そう、お爺様もやっと重い腰を上げたのです。皆、戦闘は不慣れですが、日常的な狩りのおかげもあって手先は器用なほうですよ」


「すごいじゃない。本当に助かったわ」

「私たちも助けていただきましたから。おあいこですよ」


 好戦的なその言葉もそうだが、そもそも耳長族が森の外に出ることすら珍しい。特徴のある長い耳は古くから迫害の対象として扱われてきたし、彼らも他の人間を毛嫌いしている節があった。


 それが今は、ミレンギたちを助けるために武器を持ち、助けに来てくれたという。


 しがらみのあった両者が歩み寄る。

 それは間違いなくミレンギの功績でもあった。


 しかし当の本人であるミレンギはというと、顔を俯かせ、虚ろに表情を沈ませているばかりだった。


「ミレンギ様、どうかなさいましたか」


 フエスが心配そうにミレンギへ声をかける。

 ふと彼の背に担がれたセリィに気付き、フエスは何かを察した風に押し黙った。


 セリィは変わらずも辛そう表情を歪ませているばかりだった。ミレンギがずっと介抱しているも一向に良くはならず、時折ミレンギの袖を握っては、感触を確かめるように指を動かす程度だった。


 ミケットが言ったとおり、このままでは助からないのだろうか。


 いや、そんなことはないはずだ。この町ならば治癒魔法を使える人がいるかもしれない。何でも揃う行商人の町だから万病に効く薬があるかもしれない。


 淡い幻想のような思いを心の拠り所に、ひとまずセリィを部屋へと移そうとしていた所だった。


 そんなミレンギの前に、ミケットが颯爽と立ちはだかる。


「……なに」

「だから言ってるでしょー。聞き分けが悪いなー。ミレンギ様が何をやったところで助からないんだってば」

「そんなことない!」


 必死にミレンギは否定するが、背中の少女の活力が見る見る磨り減っていることは、ミレンギ自身が一番感じていた。最初は激しく乱れていた息すらも、もはや風を切るようなか細いものになっている。


 かまわず横を通り過ぎようとしたミレンギに、ミケットは耳打ちするように囁いた。


「あたしたちなら治す方法を知ってるよ」

「……?!」

「いや、正確には治せる『かも』っていうところだけどね」


 ミレンギが顔を持ち上げ、食いつく。


「方法って? 何があるのさ!」


 あまりに勢いが強すぎて飛んだ唾をミケットがかわす。それだけミレンギは必死だった。


「ボクのせいでこうなったんだ。セリィはいっつもボクを守ってくれるのに、ボクはずっと守られてばかりで何も出来ないから。から、絶対に助けたいんだ」

「あーあー。はいはい、わかってるよー。落ち着いてー。でもそのためにはまず、あたしたちと一緒についてきてもらわなきゃいけない」


「どこに?」

「詳しい場所は秘密。けれど、貴方は必ず来なければならない」


 何か含みのある言い方。

 しかしミレンギはセリィが助かるのならばなんでもよかった。


「それは、もちろん私たちも同行して良いのだろう?」


 ノークレンをつれてやって来たアーセナが、鋭い表情を浮かべて会話に割って入った。常人ならば怯んで眼を背けそうな圧がこもっていた。


 しかしミケットはへらりとした顔で笑って頷く。


「そうだねー。大切なことを確認するためにも、来てもらうと楽かもね」

「大切なこと?」

「そう。真贋の証明、のね」


 不敵に口許を持ち上げたミケットがぱちりと指を鳴らす。

 それを見計らったように、彼女の背後から何人もの男たちが現れた。それと同時に真新しい馬車がミレンギたちの前にやって来た。


 咄嗟に警戒を持って剣に手を添えたアーセナに、ミケットは屈託のない笑顔を向ける。


「大丈夫だよー、元騎士団長補佐さん。別にあんたたちを捕まえようってわけじゃないからねー。っていうか、そんなことしたら今までの苦労が全部水の泡だし」


 ミケットがどこからともなく上質な外套を取り出し、羽織る。

 胸元には『通商連合』を示す紋章。それは背後の連中にも揃って刻まれている。


 ふと、ミケットの視線がミレンギに向けられる。


「会って欲しい人がいるって言ってたでしょ? そこに今から案内するのさ。ただそこは秘密の場所だから、あたしたちの仲間に運ばせる。ただそれだけだよ」


「そこって、どこなの……」と、アーセナに身を隠したノークレンが、胸元の竜の十字架を握り締めながら不安げに尋ねる。


 そんな彼女にミケットはしたり顔を浮かべ、言った。


「竜神様のところだよ」


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