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竜の落とし子 ~没落少年が最強へと至るまでの英雄譚~  作者: 矢立 まほろ
○ 第2部 -王の奪還編- 2章 『撤退戦』
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 -8 『敵軍の女』

 突然現れた少女、アーセナは、ミレンギに一瞥もくれることなくグラッドリンドへと向かい合った。


「お前は……元騎士団の」

「私が誰かは問題ではない。グラッドリンド殿。先ほどの話はどういうつもりか」


 一切の揺らぎがないアーセナの凛々しい目つきに、グラッドリンドの口角が僅かに下がった。


「どうもこうもない。そのままの話である。城は包囲されルーンの手に落ちた。このままお前たちが立て篭もっていても意味がないということだ。姫様は即刻、ルーンへと降るよう願っておられる」


 アーセナはふと口許を不敵に持ち上げる。


「なるほど。それは本当ですか?」


 彼女が発した言葉は、しかしグラッドリンドではなく、アーセナの傍らに追従して寄り添っていた人物へと向けれていた。深く顔を隠すように被りこんでいたその外套が外される。


 露になったその顔を見て、一同が、グラッドリンドすらも表情を驚きに一変させた。反射的に周囲のファルド兵たちが膝をつく。


 群衆の中、突如として現れたのは、ファルドの現国王ノークレンその人だった。


 ぼろぼろに煤けた寝間着は王としての威厳もなにもないが、それはまさしく本人である。金色の髪をふわりと揺らした彼女の瞳は、戴冠式で出会った時のような自身が感じられず、弱々しく見える。


 ノークレンとグラッドリンドは、互いに互いを疑うような目で見詰め合っていた。


「何故……お前がここに……」


「夜中に起こった火事の最中、不自然に立ち去るような馬車を見つけて放火犯かとでも思いきや、乗っていたのが王女様だったとは」


 そう説明したアーセナの袖に手をかけながらノークレンが続ける。


「グラッドリンドは私を無理やり城から連れ出し、攫おうとしたのです」


 ノークレンの言葉に、周囲の兵たちは一斉にざわつき始めていた。


 国の重臣として、前王クレスト失脚後のファルドを導く立場であった男、グラッドリンド。政に疎いノークレンを思えば、実質彼の忠言一つで全てが決まっていたようなものである。


 そんな心臓核であるはずの男の反逆の疑いに、取り囲んだファルド兵たちは困惑の色を隠せないでいた。


 ミレンギも痛いほどに思い至る。


 ファルドの侵攻作戦を読まれていたようなルーンの待ち伏せ。そして機を計ったような迅速なファルド上陸。加えての王都までの進軍は、そう簡単にできるものではないはずだ。


 だが、元々今日のために道が敷かれていたとしら。

 大締めである国の頂点がルーン側についていたのだとしたら。


「な、何をいきなり申されますか。私はただ、王女様を非難させるために――」

「私が見たときは手足まで縛って随分と厳重だったが。王女様は寝相が悪かったとでも?」

「うぐ……」


 グラッドリンドの明らかな同様。

 もはや彼の不信は揺るぎないものだった。


「お義父様。これはいったいどういうことですか。説明してください」


 震えた声で王女は問う。


「孤児の私を引き取ってくれて、生きることに困らない生活を与えてくれて、王の位まで――。本当に、感謝してもし足りないくらい大好きだったのに……。全ては私をルーンに売るためだったの?」


 涙の混じったくぐもった声だった。

 その悲痛さに、聞いているミレンギも耳を塞ぎたくなるほどに。


 しかしグラッドリンドは少しもおくびれる様子もなく、開き直ったように不敵に笑んで見せた。


「感謝しているというのなら、そのまま大人しく恩を返し続けていればよいものを」

「……っ?!」


「まったく。私の長年の計画が台無しではないか。せっかく無知な娘を担ぎ上げたというのに。王都の守りを薄くするためにルーン侵攻を計画した結果、まさか指揮外の女一人に狂わされるとは……」


「やけにあっさり吐露するのね」とシェスタが訝しげに睨む。


 事実、もしアーセナがいなかったら、今頃ノークレンはグラッドリンドの策略によってルーンの手に落ちていただろう。


 国の中枢というる人物の静かな反旗。いや、最初から翻す旗も掲げていなかったのだろう。ルーンにファルドを売るために今の地位を得たのだ。彼の思惑は、遥か前から水面下で動いていたに違いない。


 そしてその成果は、王女誘拐の失敗を除けば余りあるほどの大成功であった。


「やいグラッドリンド! 俺たちを謀ったのか!」


 ハロンドが怒りに任せて強く叫ぶと、同じように周囲の兵士たちも非難の声を上げ始める。


 しかしグラッドリンドは失望に塗れたファルド兵に囲まれているにも関わらず、その余裕の表情を一片すら崩さずにいた。それがひどく不気味で、ミレンギは身の毛がよだつような悪寒を全身に走らせた。


 にたり、とグラッドリンドの口許が歪む。


「あの御方はそう気が長くはない。最後の忠告だぞ、ノークレン。私と共に来い」

「……ひっ」


 睨み付けられたノークレンが気弱に後ずさる。もはや彼女の震えた瞳は、彼を家族としてではなく、畏怖そのものとして捉えているようであった。


「ふざけんじゃねえ!」


 たまらず、近くの兵士が声を荒げる。


「こいつをとっ捕まえちまえ!」

「そうだ! この逆賊め!」

「王女様をルーンにつれていかせるか!」


 兵士たちの声は反響するように大きくなり、やがて堪えきれなくなった一人が取っ組みかかろうと突出した。


 それが皮切りであった。

 同じく鬱憤を募らせた兵士たちが雪崩れ込むようにグラッドリンドへと押しかける。しかしその悉くを、彼を守るように立っていた大柄の鎧兵たちに食い止められてしまっていた。


「やれやれ。父親を悲しませるものではないぞ、ノークレン」


 わざとらしく首を振ったグラッドリンドが指を鳴らす。それを機に、彼の後ろに控えていた鎧兵が前に出た。他の鎧兵に比べて小柄かと思いきや、その鎧兵がおもむろに鎧を取り外し始める。


 黒色の兜を取り外した中から現れたのは、まるで人形かと思うほどに整った顔立ちをした女性だった。


 雪のような白い肌と、宝石のような明るさを持った翠玉色の長い髪。くびれのある凹凸激しい女性的な背格好が鎧姿とはひどく不似合いで、無骨な中から現れた一輪の華に、怒り立っていたファルド兵たちもつい見惚れてしまうほどだった。


 その女性の透明感のある赤い瞳を見て、ミレンギはふと既視感を覚えた。そして同時に、悪寒が確かなものへと変わる。


「ユーステラ殿。よろしく頼みますぞ」


 そうグラッドリンドが口にしたと思った瞬間、ユーステラと呼ばれた女性の体が青白く光を帯びる。それを見てミレンギは、


「みんな、下がって!」と思わず声を大にして叫んだ。


 しかし遅かった。


 途端、ユーステラを中心として、太く鋭い棘のような何かが突き出した。石灰岩のように表面が粗く、柱状の結晶のようにまっすぐ筋を伸ばしたそれは、瞬く間に近くへ集まっていたファルド兵たちの体だけを的確に貫いていった。


 それは菊の花のように綺麗に広がっていた。


「ま……ほう……」


 ミレンギはそれにひどく見覚えがあった。


 目の前に花開いたそれは色こそ、黒に近い深緑のようなものであったが、綺麗な結晶のような造形はまさしく、セリィが使う氷柱魔法のようであった。


 そしてそのユーステラという女性もまた、セリィと同じく、マナを制御する媒体も持たずに魔法を使役していたのだった。


 やがてユーステラを覆う結晶魔法が崩れ落ち、粉々になった結晶と、臓物ごとくり貫かれた兵士たちの死体が足元に転がる。


 その一瞬の殺戮に、怒気に溢れていた他のファルド兵たちの勢いも削がれていた。皆一同に、何が起こったのかと、目の前の事実を未だ理解できずにいるようだ。


 しかしユーステラは状況を把握する時間も与えず、今度は遠巻きにいた集団へ指をかざす。するとそこへ、今度は深緑の結晶が頭上から現れ、ファルド兵たちへと容赦なく降り注いだのだった。


 石よりも固いそれは兵士たちの頭蓋を優に砕き、捻り潰すように後からもなく地面を穿つ。


 この僅か数瞬で、十数人が殺されていた。


「……ば、化け物だ」


 ファルド兵たちに圧倒的畏怖の視線を向けられた女性――ユーステラは、その表情を一切も動かさず、寡黙な人形のように佇んでいた。


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