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竜の落とし子 ~没落少年が最強へと至るまでの英雄譚~  作者: 矢立 まほろ
○ 第2部 -王の奪還編- 2章 『撤退戦』
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 -7 『再び立つ者』

 夜は明けようとも、悪夢は未だ醒めてくれないようだった。


 見通しの良い街道で足を止めている馬車の群れを、柔らかい朝日が眩しく照らしていた。


 ルーン軍との交戦で馬車を一台失い、乗員こそ他の馬車に移ったものの荷台はぎゅう詰めで、一度休憩と整理のために僅かばかりの休憩を挟んでいた。


 荷台の場所を確保するために、テストから積んできた糧食などは多くを投げ捨てている。乗員たちはせいぜい水と僅かながらの乾物で空腹を紛らわしていた。


「ミレンギも食べなよ」


 シェスタが干し肉を渡そうとしてくれたのを、しかしミレンギは首を振って断った。


 荷台の片隅に呆然と居座る彼の懐には、白銀の髪を血に染めて横たわる少女の姿。肩にできた傷口は血が酸化して黒ずみ、彼女の白雪の肌とはひどく対照的だった。


 ミレンギを庇って倒れた少女。

 いつも自分を励まし、隣にいてくれた少女。


「ボクのせいだ……」


 力なく呟いたミレンギの頬に、か細い手が持ち上がってそっと触れる。


「ミレンギ……私が、守るから」

「セリィ。じっとしてて」

「大丈夫。私が、ちゃんと……」


 セリィの傷は致命というほどではなかった。安静にしていれば問題ないだろうとラランも言ってくれている。


 しかし出血が多く、麻布を巻いて止血しようとしてもなお痛々しく血が滲んでくるほどだった。表情はくるしそうにしかめているというのに、セリィの気はミレンギばかりに向いている。


 その果てしない献身に、ミレンギは息苦しさを覚えた。


 さすがに体力が厳しいのか、やがてセリィは瞼を閉じて穏やかな寝息を立て始める。そんな彼女の顔を眺めながら、ミレンギはやるせなく奥歯を噛み締めた。


「どうしてボクなんかのためにそこまでするんだ……」


 全てが始まったあの夜にシドルドの町で偶然であった少女。それからどういうわけかずっと一緒にいてくれた。ミレンギも、彼女がいれば何だってできるような気がしていた。あのグランクレストすら退けられたほどに。


 けれど、セリィがそこまでして自分に献身する意味がわからなかった。


「そろそろ向き合わなきゃいけないってことだね」


 同乗していたミケットが、ふとミレンギに言った。


「え……何を」

「ミレンギ様。貴方の、運命に」

「うん、めい?」


 いったい何を言っているんだ、とミレンギが不思議そうに眉をひそめた。だが見合わせたミケットの表情は至極真面目である。


「会わせたい人がいる」

「どうしていきなり、こんな時に」

「こんな時だからだよ」


 ミケットの重々しい言い方に気圧され、ミレンギは息を呑んだ。


 いったい、これから何が待ち受けているのだろう。そう意気込むミレンギに、ミケットは調子を一転、おっちゃらけた口調で言う。


「でもその前にお姫様だねー。あれでも今はこの国の王なんだし。あのお人形さんが向こうの手に渡るといろいろまずいよねー」

「そ、そうだね」


 その温度差にミレンギは拍子抜けした顔で頷いていた。


 外で人数の確認などをしていたラランが荷台に戻ってくる。


「ここで馬車を分けるわ。テストの人たちは戦えないから、このまま北方へと走ってもらうわね。静寂の森を越えられればひとまずは大丈夫でしょう」

「ボクたちは王都だね」


 ラランは頷き、馬車に乗っていた人たちを案内していった。


 すぐに馬車は発車する。

 王都まではもうそれほどかからない。


 ハンセルクがどうなっているのか。ルーセントは無事なのか。そして、ファルドはこれからどうなっていくのか。


 不明瞭な未来を見据えるように、ミレンギは遥か遠くへ映る王都の姿を見つめた。





 数を減らした馬車に義勇兵たちを乗せて、ミレンギは一路王都へと駆け抜けた。


「ルーン軍の先行部隊が王都を制圧したみたい」


 ミケットの伝書鳩によって最悪の報告が届き、ミレンギは馬車の中で悲痛に頭を落とした。


 その報告によると、王都はもはや陥落寸前。

 在駐しているファルド軍によって町の北側の軍備貯蔵庫がある区画にて防衛線を築いてはいるものの、それ以外のおおよそ七割はルーン軍の手に落ちたらしい。


 町中の残存兵が備蓄地に集ってどうにか現状は拮抗しているようだが、物量で押されるのも時間の問題だろう。


「北門から入ろう」


 ミレンギの指示で馬車を北側に回す。


 備蓄地に最も近い北側は唯一、ファルド軍によって確保されていた。


 他にないたった一つの退路。

 守りは厳重で、やって来たミレンギ達の馬車を大勢のファルド兵が取り囲んだ。


 正規軍の鎧を纏った兵士たちから一斉に槍を向けられる。


「ちょっとー。あたしたちは味方だよー」


 ミケットが荷台から身を乗り出して言うが、今は戦時中。そうそう信じてもらえるものではないだろう。ぴりぴりといきり立つような緊張が走る兵士たちは、皆揃って疲労と不安の色を顔に浮かべているようだった。


 ミレンギも、荷台から顔を出してそんな彼らを見やる。


 正規兵の中でも所属する隊章の違う人、そもそも鎧すら着れずに槍だけを持ってる人、負傷した人に自棄になっている人。指揮官らしき人も見当たらず、統率などまるで取れていない。


 前線から遠く争い事とはかけ離れていたはずの人たちを襲った不意の襲撃は、非情に効果的だったのだろうとよくわかった。


「ミレンギ様!」


 ふと、ミレンギたちを取り囲んでいた兵の中からそう声を上げた者がいた。よく見えると、正規軍の鎧を纏ってはいるが以前はアドミルとして共闘していた一般兵だ。彼はミレンギに気付くと、泣きすがる子供のような表情で駆け寄ってきた。


「ミレンギ様、ご無事だったんですね。ルーンへの攻撃部隊も敵の策略により壊滅したという情報があり不安だったのです。本当に、ご無事で何よりで」

「ありがとう。でもテストの人たちが代わりに犠牲に……」


「この町も、駐留してる部隊はほとんどがやられてしまいました。最初はただの火事だと思われ、上からも騒ぐことではないとなだめられたのですが。そうこうしているうちに火の勢いは収まらず、気付けばルーン軍まで目と鼻の先に……」


「ノークレン様は?」


 ミレンギの問いに、元アドミル兵は怪訝に首を振った。


「それが行方知れずで。私たちもとにかく兵舎の近いこの周辺に集まることが精一杯で、何も出来ていないのです。王城も……ルーン軍に囲まれ、もはや中がどうなっているか」

「……そうなんだ」


 その兵士の証言によって味方であると信じてもらえたミレンギたちは、ファルド軍が陣取った貯蓄地へと入った。


 荷馬車や家具などで囲いを作ったそのみすぼらしい防衛陣地の中には、傷だらけで腰掛けている者、遠くで町が燃えているのを眺めているもの、王女の安否を祈る者など、様々な悲壮が漂っていた。


「いずれ押し切られる。時間の問題だ」

「ファルドはもうおしまいだ」


 声を大にせずも、卑屈な弱音がどこかから漏れてくる。


「随分とひどい有様ね」


 ラランが苦言をこぼす。

 しかしそれも仕方がない。


 ミレンギたちを陣地へ案内してくれた元アドミルの兵は苦笑を浮かべた。


「これでもみんなよくやっている方です。王城からは何の指示もなく、状況すらわからないまま篭城しているのですから。幸いにも、大火事によってルーン軍が来る前に町の外へ逃げられた住民も少なくないと聞きます」


「そっか」

「あの方がいてくださらなければ、今頃私たちはルーンの手に落ちていたことでしょう」

「あの方?」


 ミレンギが尋ね返そうとした時、


「グラッドリンド殿だ! 生きておられたぞ!」


 誰かが叫んだのを聞いて、ミレンギたちは大急ぎでそこへ駆けつけた。


 大勢の兵士が集まってきたその中心に、悠然と佇むグラッドリンドの姿があった。有事の最中というのにその表情は穏やかで、達観した風に冷静である。


「おお、よくぞご無事で」

「王女様は。ノークレン様はご無事なのですか?」


 焦燥を募らせた兵士たちぐがグラッドリンドに詰め寄ろうとするも、彼を取り巻くように立った鎧兵によって遮られた。


 ミレンギにも見たことがない出で立ちの兵だ。彼の私兵だろうか。


 グラッドリンドは沸き立つ兵士たちに手を掲げてなだめさせると、高らかに声を張って言った。


「皆のもの、よく聞け。つい今しがた、ノークレン様はルーンへと降られた!」


 そこにいた誰もが耳を疑い、騒然とざわついた。


「王女を差し出し、ルーン王ガゼフの妻とすることで、このファルドの民草の命を全て守る。そういう条件の元に決められたことである」

「それって、ファルドがルーンに乗っ取られるってことですか!」


 一端の兵士の問いにグラッドリンドは頷いて見せた。


「王女様はみなの命を優先したのだ。だからもう争う必要はない。無駄な抵抗はせず、大人しく投降するのだ」


 無慈悲な宣告に兵士たちが深く肩を落とし、落胆する。暗澹たる空気が漂い、それぞれが口々に鬱積の思いを吐き出していった。


 ファルドは終わった。

 そう、口惜しさに頭を落とす。


「すぐにでも降ろう」

「王女様の優しさを無碍にしてはいけない」


 誰かがそう口にし始め、敗戦の空気が辺りを満たす。

 しかし、その鬱蒼とした雰囲気を吹き飛ばすように、凛とした澄んだ声が飛び込んできた。


「その必要はない」


 力強く踏み込んだ靴音を鳴らし、一つの人影が群集を割って歩いてくる。


「彼の言うことはまやかしよ。まだファルドは屈してはいない」


 地に落ちた士気を鼓舞するように、ぬかるみに足を取られた者へ手を差し伸べるように、力強い声が響く。


 その人が風になびかせた赤い長髪に、ミレンギはよくよく見覚えがあった。


「……アーセナ、さん?」


 そこにいたのは、元国家騎士団の団長補佐――アーセナであった。


アルファポリス様でも連載を開始しました。

こちらは前作の『きぼうダイアリー』をまず掲載しております。

順次、他サイトでもいろいろと公開していく予定です。

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