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竜の落とし子 ~没落少年が最強へと至るまでの英雄譚~  作者: 矢立 まほろ
○ 第1部 -ファルド内乱編- 1章 『少年の一番長い夜』
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 -8 『契り』

「なぁんだ。やっぱりいるじゃぁないかぁ」


 覚悟を決めた顔で家屋から出てきた三人の姿を見て、モリッツが恍惚に笑む。


「三人かぁ、報告よりちょっと少ねぇなぁ。ま、関係ねぇか」

「仮にも正規軍に属する警ら隊ともあろう者が国民を容易く傷つけてもいいのでしょうか」


 手を頭の後ろに当てて降伏したラランが語気を強めて言う。

 しかしモリッツはまったく相手にしない風に飄々としている。


「国民じゃねぇよぉ。こいつらは国家転覆を企む連中に加担した逆賊さぁ」

「偶然出会っただけの、私たちとは関係のない人たちよ」


「出会って家にまであげたこいつらが悪いのさぁ。それと、関わったお前たちもなぁ。そう言う意味じゃあ可哀想によぉ。普通に暮らしてたらこんな悲惨な思いをしなくてよかっただろうに、なぁ」

「……くっ」


 モリッツの言葉はあながち芯を外していないせいもあって、ラランは歯がゆさに唇を噛む。


「いい教訓になるだろうよぉ。犯罪者に加担したら容赦ないとばっちりを受ける。いい勉強になって得したなぁ」

「……横暴が過ぎるわ」


「人柱みたいなもんさぁ。こうやって見せしめりゃ、真似する馬鹿もちょっとは減るだろうよぉ」


 ふひひ、と笑うモリッツはまさに凶器の化身であった。


「アニュー」


 二人の口論に周囲が気を取られているうちにシェスタが指示を出す。するとアニューは口笛を吹いた。


 途端、森林の奥から獰猛な獣が姿を現す。グルウを呼び寄せたのだ。


 グルウはその駆けつけた勢いのままモリッツへと飛び掛った。巨躯から繰り出される鋭い爪が彼を襲う。しかし、その鋭い切っ先がモリッツの身体を裂くことはなかった。


「うへぇ。恐いねぇ」


 余裕の色を見せた声でモリッツは言う。


 引き裂かれそうになる刹那、自らの長剣の柄でそれを受け止めていた。そして二の太刀ですかさず切っ先を返す。グルウも冷静に身を引くが、彼の何倍もあるはずの巨大な体躯がいとも簡単に払われた事実に、それを見た誰もが息を呑んだ。


「そいつのことも聞いてるよぉ。魔獣まで手懐けるなんて、本当に野蛮な連中だねぇ。ま、関係ねぇか」


 またも不敵にモリッツが笑う。彼が部下に合図をする。

 すると、彼らの中から引き摺られてやってくる人影があった。


「お父さん!」


 思わずシェスタが叫ぶ。

 兵士に引き摺られて現れたのは、手足を拘束されたガーノルドだった。


 ガーノルドの首元に兵士の剣が添えられる。明確な脅し。しかしその一手によって、ラランたちは迂闊に動けなくなってしまっていた。グルウも、ただ手をこまねいて見ていることしかできない。


 しかしガーノルドはラランたちを目にしても表情一つ変えずにいた。危機的反面、しかしおそらく安堵していることだろう。その三人の中にミレンギの姿がないことに。


 ミレンギを生かす。

 その不屈の意志が、彼を屈強に力付けていた。


「この状況でも余裕ですねぇ。でも、これならどうかなぁ」


 ガーノルドを案ずるあまり抵抗できなくなってしまったラランたちをモリッツが捕らえる。そしてその三人を横に並べた。


「何をするつもりだ」と問うガーノルドに、モリッツは不敵に笑んで答える。


「情報っていうのは大事だよなぁ。なにやら変な連中が大事に大事に守ってる奴がいるってぇ話でねぇ。何をそんなに大事にしてるのかわかんねぇが、愛人でもかこってるのかねぇ」


 ふざけた調子で言うが、しかし彼の目つきは鋭いままである。


 ミレンギのことを知られている。

 その事実に、ガーノルドやラランたちに緊張が走った。


「くだらない話だな」

「おや、元騎士団長殿はご存知ではなかったですかねぇ。俺はてっきり、この中にいるもんだと思ってたけどなぁ。真っ先に酒場から姿をくらませた連中だったと思ったけれどぉ」


 やはり確信を持っている。

 だが、特定はできていない様子だ。

 このままミレンギのことを隠してやり過ごせばいい。そう誰もが思った時。


 モリッツが唐突にラランの右の足首を長剣で貫いた。


 ラランが蹲る。

 ちょうど腱を切るように肉を断っていた。


 苦痛にラランの顔が歪むが、それでも気丈に堪えている。

 他の二人やガーノルドも、動揺を見せずにいることで必死だった。


 しかし何よりも気を焦らせたのは、家屋の中で息を殺していて見ていたミレンギだった。


「ララン!」と叫びたくなるが、声も出せず、歯がゆさに奥歯を噛み締める。


 底のない無力感。


 何故自分が守られるのか。

 何故自分のために彼女たちが傷つけられるのか。


 それを、こんなところでぬくぬくと守られて、籠の中の赤子のように眺め続けていていいのか。


 酒場でガーノルドは言った。


『貴方様はこの国を救ってくださる救世主でございます』と。


 本当に自分にそんな資格があるのか。本当に救国の御旗を掲げられる器なのか。


 守られるだけの、価値はあるのか。


「……ねえ、ボクはどうすればいいの」


 誰に問うでもなくミレンギは吐き捨てた。


 自分の手を見る。

 何もない。誰かを守れる力も、国を救える力も。


 そんな自分に、何が――。


 と、ミレンギの空虚な手がそっと包まれた。


 セリィだった。

 ずっとミレンギの傍に寄り添って息を潜めていた彼女が、久方ぶりに口を開く。


「力、足りない……だったら手伝う。セリィ、手伝うから。だから大丈夫」


 驚きだった。ついさっきまでまともに喋れなかった彼女が雄弁に話したこともそうだが、その実直な瞳が、驚くほどにミレンギの心を支えたことに。


「私が助ける。一緒に」

「ボクを?」


 力強くセリィが頷く。


 その献身の理由はわからない。

 けれども不思議と力が湧いた。


 心臓がこれでもかと激しく胸を叩きつけているがわかった。自分の耳にまで届いてくるほどに大きい。


 それは覚悟の音。

 勇気を湧き立つ太鼓の音。

 心を滾らせろと騒ぎ立てている。


 体は熱く、けれど心は冷静で、視界がやけに開けて見えた。


「ボクを手伝ってくれるかい、セリィ」

「うん」


 それは一つの契約のようだった。

 その一瞬の契りが、しかし少年を一歩前に進ませる。


 逃げるためではない。

 自分の道を往くための一歩。


 その確かな一踏み目を、この時、ミレンギは力強く踏み出したのだ。


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