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竜の落とし子 ~没落少年が最強へと至るまでの英雄譚~  作者: 矢立 まほろ
○ 第2部 -王の奪還編- 2章 『撤退戦』
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 -3 『再来の地』

 ミレンギがファルド上陸の足がかりとして選んだのは、彼の因縁の町、テストだった。


 ガーノルドを失うことになった遠因の町。

 できることなら、彼を思い出すこの町のことを遠ざけたいことだろう。


 だがそれでもこの町を選んだのは、テストの住人たちならファルドを裏切ることはないだろうと思ったからだ。


 盲目的なほどの絶対の信心。

 ファルドへ捧げられたその忠誠心の厚さは、ミレンギたちアドミルの人間ならよく知っている。


「ま、確かにあそこの連中なら買収はされないだろうけどさ」

「問題は、また思いこみで騙されてないかっことかしら」


 半ば呆れ顔で言うシェスタに、ラランも少しの困り顔を浮かべて続けた。


 反論できず、ミレンギも苦笑を浮かべる他なかった。

 しかし迷い、決めあぐねていては時間を失うだけだ。


「確かにそれは困るね。でも、いま一番可能性があるのはここだけなんだ」


 ミケットの情報によれば、ファルドに上陸したルーン軍はますます侵攻の手を緩めずに前進しているという。王都では原因不明の大火事。そこをルーン軍本隊に攻め入られるのも時間の問題だ。


「わかった。王子くんを信じるよー」


 ミケットの指示によって、船は一途、テストへと向かった。


 ほどなくしてたどり着いたテストの町は、まだ夜更けにも関わらず、外灯の明かりが点っていた。


 港には松明を持った男達の姿が見え、ミレンギ達の船に気付くと、鍬や鋤などを持った住民達が警戒する様に立ち並んだ。攻撃用の砲台まで向けられているのがわかる。


「旗を」とミレンギが言うのにあわせて、船頭にファルドの旗を掲げられた。それのおかげか、船は無事に入港することが出来た。


 錨を下ろして、まずはミレンギとミケット、そしてラランの三人で下船した。テストの住民達は手に農具を構え、威圧するようにミレンギたちを取り囲む。


「お前たちは何だ!」

「お前もルーンの連中か!」

「この町に何のようだ!」


 口々に荒げた声が飛んでくる。


 至極当然の疑問。

 この国に何か起こっているということは彼らも理解しているようだ。


「言え! お前たちの目的は何だ!」

「ボクたちはファルドの義勇軍です。アイム攻略のためにシャンサから進軍しましたが、ルーンの計略にはめられ、命からがらここにたどり着いたんです」

「そんなことを言って。お前たち、ルーンの連中なんじゃないのか」


 ミレンギの返事も、勝気な強い言葉によって払われてしまう。


 テストの人たちならばミレンギのことを知っているはずだ。

 しかし闇夜の暗がりというせいもあってかミレンギにはまったく気付いていない。


「そうだ。チョトス候に会わせてください。彼ならばボクたちの身元を保証してくれます」

「チョトス様はお忙しいんだ!」

「そう言ってチョトス様の命を狙おうとしてるんじゃないだろうな、ルーン軍め!」


 住民たちは随分といきり立っている様子で、明らかに冷静さを欠いていた。


 どうやら不審者か、はたまたルーン軍ではないかと疑われているようだ。正規軍のファルドの紋章が入った鎧でもあれば疑いは晴れるだろうが、あいにく義勇兵は雑多な装備しか持ち合わせていない。


 どうすればその疑いを晴らせるだろう。

 ミレンギがそう考えていた矢先、取り囲んだ人混みを掻き分けて一人の男が現れた。


 長髭のように波立つ髪が特徴的な、この町の領主――チョトス候だ。


 彼は落ち着いた足取りでミレンギの前までやって来ると、長身な体躯でじっとミレンギを見下ろした。


 まるで何かを選定するようにいかつい眼差しを向けてくる。初対面の時のこびへつらうような猫を被った態度ではなく、いかめしく、険しい表情だ。


 しばらくして、チョトス候は手近な近衛兵を招き寄せる。


「彼らをわたくしの屋敷までつれてくるのよ」


 そう言って踵を返したチョトス候は、最後まで厳粛な顔つきを浮かべたままだった。


 テストの駐在兵によって船荷の確認などが行われた後、ミレンギは二度目となるチョトス候の屋敷へと案内された。


 夜中だというのに道中のどの家屋にも明かりがついていて、表通りには真昼かと思うほど大勢の人で溢れていた。大人や子供、兵士服の者からずた布の平民まで。この町にいる全ての人がいるのではないかと思うほどだ。


 少し前に、彼らに命を狙われたことをミレンギは思い出す。今の彼らにはその時の殺気のようなものは感じられないが、血が滾って落ち着かないような荒々しさがあった。


 チョトス候の屋敷へとたどり着く。荘厳な思い扉が開かれて広々とした玄関に入ると、さっそくチョトス候が待ち受けていた。


 なおも険しい顔つきのまま、無言でミレンギの前に歩み寄る。

 それに不気味さを感じたミレンギだが、すぐにその気持ちは驚きへと変わった。


 直後、チョトス候が深く頭を下げ、傅いたのだ。


 これにはどう同行ていたラランやシェスタ、ギッセンまでもが驚きを隠せないでいた。


「ミレンギ様、よくお越しくださったのよ」

「ちょ、チョトスさん?!」

「これまでの非礼。とても許していただきたいなどとは言えないのよ」


 どこか高圧的態度だったこれまでとの落差。

 また何か企んでいるのではと考えてもおかしくないほど不自然だが、深く沈みこんだ頭を軽薄さのない声から、その真剣さが伝わってきた。


「クレストにまんまと利用され、ジェニクス様の片腕でもあるガーノルド様を失わせてしまった。これはとても罪深きこと。あの時のわたくしはジェニクス王の袈裟を着たクレストの言葉を一切疑えなかったのよ」


「それは……」


「わたくしはその罪を償わなければならない。けれど、わたくしの民衆たちはどうか許していただきたいのよ。彼らは真っ向に、無垢に、己のジェニクス王への信心によって動いただけ。その行動こそ罪深くとも、彼らに悪意はなかったのよ。だから、罰を受けるのはこのわたくしだけにしていただきたいのよ」


 ふと、ミレンギの頭にあの時のことが過ぎり、一瞬だけ眉をひそめる。


 ガーノルドを失った時のことは、ミレンギ――いや、アドミルのみんなが思い出したくはないことだ。誰もが後悔を抱いた。彼を救えなかったのか、と。


 しかし、それを悔いて後ろを向いてばかりではいけないと、今のミレンギは気付かされている。だからその諸悪の根源であるチョトスに対しても、ミレンギはなるたけの笑顔を浮かべて手を差し伸べた。


「顔を上げてください、チョトスさん」

「ミレンギ様……」

「チョトスさんも、町のみんなも、それが良かれと思ってやったことなんですよね。だったら、ボクには何も言えません」


「けれど罪を犯したことは事実なのよ」

「大丈夫です。ガーノルドの遺志はボクの中に残っています。だから、彼はまだ死んでいません」

「……なんとお強い言葉なのよ」


 ようやく頭を持ち上げたチョトス候の瞳には、薄っすらと涙が浮かべられていた。


 そんな彼の手をミレンギが取る。

 その強く重ねられた互いの手の交わりを見て、後ろで眺めていたシェスタも、おそらく無意識に握り締めていたのだろう握り拳をそっと緩めていたのだった。


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