-16『その裏に潜む何者か』
ミケットの用意した船は、複雑に入り組んだ岸壁の陰に隠されていた。大きさこそあるものの、主砲もなにもない民間船だ。
「端的に説明すると、ルーン軍が王都ハンセルクを制圧しようとしてる」
「ええっ?!」
帆船に全員が乗った後、ミケットから伝えられたその情報は、憔悴したミレンギたちの意識をはっきりと覚醒させた。
「どういうこと、ミケット!」
「まあまあ落ち着いて、王子くん」
落ち着いていられるはずがないことはここにいる全員がわかっていたが、騒いでもどうにもならないことも、全員が理解していた。
「まだ不確かな情報だけど、向こうの空を見ての通り、火の手が上がってる。その火元はハンセルク。王城を取り囲むように、市街に火が回っているらしいよ」
「そんな」
「おまけにルーン軍が中に入ってるみたい。それに、大量のルーン軍が王都に向かって進軍してる。それも少数じゃない」
その話を聞き、生き残りの義勇兵のうち数人が膝をついて崩れ落ちた。
「の、ノークレン様は! ご無事なのか!」とギッセンが必死の形相で尋ねると、ミケットは曖昧に表情をしかめて首を振った。
「それはまだわからない。でも、侵攻作戦の影響で王都の兵も普段より手薄だった。たとえ篭城をはかって持ち堪えていたとしても、そう長くないだろうね」
「くっ……」
ギッセンはやり場のない怒りをぶつけるように甲板の床板をたたきつけた。
そんな彼を横目に、ミレンギが疑問を投げかける。
「でも、どうやってルーン軍が?」
「どうやらファルド軍に気付かれないうちに渡河したみたい」
「それはおかしいわ」とラランが首をかしげた。
「ファルドの各港町には常駐軍がいる。王都を襲撃できるほどの軍事船が渡ってきたのならイヤでも気付くはずよ。監視網は港以外にも敷かれているはずだし。見逃すことなんてありえない」
「けれど、その報せがファルド軍にいかなかった、ってことだね」
それはつまり、気付いていながらも見逃された、ということか。
ミレンギが顔をしかめて下唇を噛み締めた。
「内通者がいた、っていうことだね」
「そうなるね。どうやら、今回のルーン侵攻作戦もけっこう前から向こうに漏れてたみたい」
だから、ルーン軍は用意周到に待ち構えていた。
なんということだ。
多くの戦力をシャンサに集結させていたその隙に、分断し、手薄となった本陣を奇襲する。情報が筒抜けだったというのならこの惨状も納得が出来た。
「ま、どんな事情であれ、船の上じゃなにもできないからね。対岸につくまではひとまず休憩だねー。みんなも休んでおくといいよー」
けろりと表情を改めさせ、ミケットは調子を一転、無邪気な子供のように声を弾ませる。その落差にミレンギは拍子抜けしそうになりながらも、いつも通りの見知ったミケットに安心すら覚えていた。
「どうして君はボクたちにこれほど協力してくれるの?」
「もちろん、お金になるからだよー。困ってる人はたくさんお金を払ってくれるからねー」
「それにしたって都合が良すぎるよ。いつも君はいるじゃないか。まるでボクたちが困っていることをしっているかのように」
実際、アドミルとして王都ハンセルクへと攻め込んだ時など、ミケットはよくミレンギたちと一緒にいた。いくら彼女が各地を売り歩く商人とはいえ、あまりに都合がよすぎではないか。
これまで気に留めてこなかったが、考え始めれば怪しいことばかり。
そもそも何故、ミケットは的確にミレンギの居場所を把握できているのか。このルーンの地で、行く先をわからず逃げ延びたミレンギたちを見つけられたのか。
ふと、ミレンギは自分が懐に入れていた小さな水晶に気付く。初めてミケットと出会った時に、おまけとしてもらった御守りだ。
「まさか、この御守り……」
にたり、とミケットの口許が笑った。
「気付くにしてはちょっと時間かかりすぎかなー。もっと早いと思ってたのに」
「やっぱり」
「でも安心して。少なくとも、今のあたしたちは敵じゃないよ。むしろ味方だ」
「あたし『たち』ね」
つまり、彼女だけではない。後ろに多くの何かがいるのだ。この状況で船を用意できるほどの力を持つ存在と言えばやはり通商連合か。
「あたし『たち』は仲良くできると思うんだけどなあ」
西方に燃え盛る赤い空を見ながら、不敵な横顔を見せてミケットは言う。
そんな不気味さを纏った少女に、ミレンギは「わかった」と頷く他なかった。




